*
翌朝、僕は登校中ずっと、カバンに忍ばせた色鉛筆の存在に意識を奪われていた。
早く見せたい。
昨日、あの店で見つけた色彩を。
誰かに教わったわけでもなく、僕が自分の意志で選んだ「一歩」を、彼女にだけは真っ先に伝えたかった。
「羽白さん、おはよう」
自分の席で本を読んでいた彼女が、僕の声にゆっくりと顔を上げた。
「あ、秋月くん。おはよう。今日はなんだか……声が弾んでるね?」
「……分かるか?」
「ふふ、なんとなくね。何かいいことあったのかな」
僕は少し照れくささを感じながら、昨日買ったばかりの真っ白なスケッチブックと、自分で選んだ一本の色鉛筆を机の上に並べた。
彼女の瞳が、ぱっと明るく輝く。
「これ……昨日、画材店に行って自分で選んできたんだ。今の僕が惹かれた色を、一本だけ。
パレットを広げるのは、青色を手にするのは、まだ少し時間がかかりそうだけど……でも、少しずつ、また始めてみたいと思って」
彼女は驚いたように目を見開いたあと、机の上の色鉛筆を愛おしそうに見つめた。
「自分で行ったんだね。……すごいよ、秋月くん。本当に一歩、踏み出したんだね」
彼女は細い指先を伸ばし、その紫色の軸をそっとなぞっていく。
まるでその鉛筆に命が宿っているかのように、丁寧に、繊細に。
「この色はね、『藤鼠』って言うんだよ」
彼女の唇から、新しい魔法の名前がこぼれ落ちる。
「藤の華やかさを少しだけ抑えて、雨上がりの空みたいな灰色を混ぜた色。……秋月くん、こんなに渋くて、でも心の底を落ち着かせてくれる色を選ぶなんて。もう立派な『色の魔法使い』の弟子みたい」
彼女は本当に嬉しそうに、花がほころぶような笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間、僕の胸の奥にあった緊張が、ふわりと解けていくのを感じた。
僕が直感で「いいな」と思った色を、彼女が一番美しい名前で肯定してくれる。
それだけで、モノクロだった僕の世界に、本物の温もりが宿っていく気がした。
「……羽白さんが教えてくれたからだ。名前を知るだけで、こんなに色が違って見えるなんて思わなかった。この色は、昨日店を出た時の空の色と同じだったんだ」
「私の方こそ、嬉しい。秋月くんがまた、自分の色を見つけようとしてくれて。このページが、いつか秋月くんの心の色で埋まっていくんだね」
彼女はそう言って、僕のスケッチブックの表紙を優しく撫でた。
「楽しみだな。いつか、秋月くんが見ている世界を、私にも見せてね」
彼女の混じりけのない言葉が、僕の心に深く染み渡る。
支えたい、と思っていたはずなのに。
結局、今日も僕は彼女の言葉に救われて、前を向かせてもらっている。
窓から差し込む朝の光が、彼女の髪と、机の上の藤鼠色の鉛筆を優しく照らしていた。
この穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
この藤鼠色の静寂が、永遠に僕たちを守ってくれればいい。
翌朝、僕は登校中ずっと、カバンに忍ばせた色鉛筆の存在に意識を奪われていた。
早く見せたい。
昨日、あの店で見つけた色彩を。
誰かに教わったわけでもなく、僕が自分の意志で選んだ「一歩」を、彼女にだけは真っ先に伝えたかった。
「羽白さん、おはよう」
自分の席で本を読んでいた彼女が、僕の声にゆっくりと顔を上げた。
「あ、秋月くん。おはよう。今日はなんだか……声が弾んでるね?」
「……分かるか?」
「ふふ、なんとなくね。何かいいことあったのかな」
僕は少し照れくささを感じながら、昨日買ったばかりの真っ白なスケッチブックと、自分で選んだ一本の色鉛筆を机の上に並べた。
彼女の瞳が、ぱっと明るく輝く。
「これ……昨日、画材店に行って自分で選んできたんだ。今の僕が惹かれた色を、一本だけ。
パレットを広げるのは、青色を手にするのは、まだ少し時間がかかりそうだけど……でも、少しずつ、また始めてみたいと思って」
彼女は驚いたように目を見開いたあと、机の上の色鉛筆を愛おしそうに見つめた。
「自分で行ったんだね。……すごいよ、秋月くん。本当に一歩、踏み出したんだね」
彼女は細い指先を伸ばし、その紫色の軸をそっとなぞっていく。
まるでその鉛筆に命が宿っているかのように、丁寧に、繊細に。
「この色はね、『藤鼠』って言うんだよ」
彼女の唇から、新しい魔法の名前がこぼれ落ちる。
「藤の華やかさを少しだけ抑えて、雨上がりの空みたいな灰色を混ぜた色。……秋月くん、こんなに渋くて、でも心の底を落ち着かせてくれる色を選ぶなんて。もう立派な『色の魔法使い』の弟子みたい」
彼女は本当に嬉しそうに、花がほころぶような笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間、僕の胸の奥にあった緊張が、ふわりと解けていくのを感じた。
僕が直感で「いいな」と思った色を、彼女が一番美しい名前で肯定してくれる。
それだけで、モノクロだった僕の世界に、本物の温もりが宿っていく気がした。
「……羽白さんが教えてくれたからだ。名前を知るだけで、こんなに色が違って見えるなんて思わなかった。この色は、昨日店を出た時の空の色と同じだったんだ」
「私の方こそ、嬉しい。秋月くんがまた、自分の色を見つけようとしてくれて。このページが、いつか秋月くんの心の色で埋まっていくんだね」
彼女はそう言って、僕のスケッチブックの表紙を優しく撫でた。
「楽しみだな。いつか、秋月くんが見ている世界を、私にも見せてね」
彼女の混じりけのない言葉が、僕の心に深く染み渡る。
支えたい、と思っていたはずなのに。
結局、今日も僕は彼女の言葉に救われて、前を向かせてもらっている。
窓から差し込む朝の光が、彼女の髪と、机の上の藤鼠色の鉛筆を優しく照らしていた。
この穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
この藤鼠色の静寂が、永遠に僕たちを守ってくれればいい。
