僕たちは、図書館の最奥、最も高い円窓の下に辿り着いた。
そこには、今まで見たどんな色よりも鮮やかで、それでいて不思議と凪のように穏やかな、深い海よりも深い青が降り注いでいた。
羽白さんが、その光の海の中へ、迷いのない足取りでそっと踏み入る。
「ねえ、秋月くん。……この色はね、『縹色』って言うんだよ」
彼女は光の柱の中でくるりと振り返り、僕を見つめた。
「藍染めの中でも、特に清らかな水で染められた、濁りのない誠実な青。……君の弟さんはね、君が描く青が『冷たかったから』好きだったんじゃないと思うよ。……君がその色を、誰よりも一生懸命に見つめていたから。その『愛している姿』が好きだったんだよ」
「……一生懸命に?」
「うん。……色を愛することは、世界を愛することだもん。……あの日、君が必死に探していた青は、決してあの子を苦しめるための色じゃなかった。……ほら、見て」
羽白さんが、細い指で天井を指差す。
そこには、ステンドグラスから漏れた『縹色』の光が、まるで弟が笑いながら跳ね回っているかのように、キラキラと空気中で乱反射していた。
「君の弟さんが『海より綺麗だ』って言ってくれた青を、もう一度だけ、信じてみてあげて。……この図書館にある青たちは、みんな、君に名前を呼ばれるのをずっと待っていたんだよ」
僕は、彼女の背後で揺れる縹色の光に、吸い寄せられるようにそっと手を伸ばした。
「……縹、色」
初めて自分から、その名前を口にする。
あの日以来、僕の喉に石のように詰まっていた「青」という塊が、その名前を呼んだ瞬間、すうっと透明な水になって溶け出していくような気がした。
羽白さんは、自分のことのように嬉しそうに目を細めた。
けれど、その直後。
彼女は眩しさに耐えかねるように、強く、何度も瞼を閉じた。
「……羽白さん?」
「……大丈夫。……ちょっとだけ、この『縹色』が綺麗すぎて、目に焼き付いちゃっただけだから」
彼女はそう笑ったけれど、その伏せられた睫毛の震えが、僕の目にはどうしようもなく「迷子」のそれに見えた。
何かを必死に堪えるような、あるいは、指の間からこぼれ落ちる砂を必死に握りしめているような、そんな痛々しいほどの懸命さ。
その横顔は、満ち足りているはずなのに、どこか空っぽで。
図書館に溜まった青い光の中に、彼女という存在だけがゆっくりと溶け、輪郭を失っていくような——そんな正体不明の薄ら寒さが、僕の背筋をかすめていった。
(……この人を、失いたくない)
自分のことだけで精一杯だった僕の中に、初めて「他者のために祈る」という、色鮮やかな感情が芽生え始めていた。
そこには、今まで見たどんな色よりも鮮やかで、それでいて不思議と凪のように穏やかな、深い海よりも深い青が降り注いでいた。
羽白さんが、その光の海の中へ、迷いのない足取りでそっと踏み入る。
「ねえ、秋月くん。……この色はね、『縹色』って言うんだよ」
彼女は光の柱の中でくるりと振り返り、僕を見つめた。
「藍染めの中でも、特に清らかな水で染められた、濁りのない誠実な青。……君の弟さんはね、君が描く青が『冷たかったから』好きだったんじゃないと思うよ。……君がその色を、誰よりも一生懸命に見つめていたから。その『愛している姿』が好きだったんだよ」
「……一生懸命に?」
「うん。……色を愛することは、世界を愛することだもん。……あの日、君が必死に探していた青は、決してあの子を苦しめるための色じゃなかった。……ほら、見て」
羽白さんが、細い指で天井を指差す。
そこには、ステンドグラスから漏れた『縹色』の光が、まるで弟が笑いながら跳ね回っているかのように、キラキラと空気中で乱反射していた。
「君の弟さんが『海より綺麗だ』って言ってくれた青を、もう一度だけ、信じてみてあげて。……この図書館にある青たちは、みんな、君に名前を呼ばれるのをずっと待っていたんだよ」
僕は、彼女の背後で揺れる縹色の光に、吸い寄せられるようにそっと手を伸ばした。
「……縹、色」
初めて自分から、その名前を口にする。
あの日以来、僕の喉に石のように詰まっていた「青」という塊が、その名前を呼んだ瞬間、すうっと透明な水になって溶け出していくような気がした。
羽白さんは、自分のことのように嬉しそうに目を細めた。
けれど、その直後。
彼女は眩しさに耐えかねるように、強く、何度も瞼を閉じた。
「……羽白さん?」
「……大丈夫。……ちょっとだけ、この『縹色』が綺麗すぎて、目に焼き付いちゃっただけだから」
彼女はそう笑ったけれど、その伏せられた睫毛の震えが、僕の目にはどうしようもなく「迷子」のそれに見えた。
何かを必死に堪えるような、あるいは、指の間からこぼれ落ちる砂を必死に握りしめているような、そんな痛々しいほどの懸命さ。
その横顔は、満ち足りているはずなのに、どこか空っぽで。
図書館に溜まった青い光の中に、彼女という存在だけがゆっくりと溶け、輪郭を失っていくような——そんな正体不明の薄ら寒さが、僕の背筋をかすめていった。
(……この人を、失いたくない)
自分のことだけで精一杯だった僕の中に、初めて「他者のために祈る」という、色鮮やかな感情が芽生え始めていた。
