きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

呼吸が整ってきた僕は、震える膝を叱咤(しった)してゆっくりと立ち上がった。
まだ足元は頼りないけれど、羽白さんが教えてくれた『月白』の光を、暗闇に灯る道標のようにして。
僕は少しずつ、青く染まった書架の森へと歩みを進める。

羽白さんは僕の歩幅に合わせるように、何も言わず、静かに隣を歩いてくれた。

ステンドグラスの複雑な模様が、僕たちの肌に代わる代わる新しい色の名前を刻んでいく。

本棚の影に落ちた、沈殿するような深い紺色の溜まりを見つめながら、僕はポツリと、せきを切ったように話し始めた。


「五つも下の……僕とは正反対の、騒がしい子だった。じっとしてるのが苦手で、いつも夏の太陽の匂いをさせて走り回ってて。……僕が描く絵を横から覗き込んでは、『お兄ちゃんの青は、海より綺麗だね』なんて、無邪気に笑ってたんだ」


羽白さんは何も言わない。
ただ、僕の口からこぼれ落ちる言葉の断片を、壊れ物を扱うように一つ一つ丁寧に拾い集めてくれているようだった。
その沈黙が、今の僕にはどんな慰めよりも心地よかった。


「あの日、僕はあいつを連れて海へ行った。……水平線の、空と海が溶け合うあの『究極の青』が、どうしても描きたかったんだ。パレットの上で、ウルトラマリンにわずかな緑と白を混ぜて……。あと少しで、理想の色ができる。そればかり考えて、キャンバスにかじりついていた」


目の前のステンドグラスが、雲の切れ間から差した陽光を受けて、ふいに眩しく発火した。
あの日、僕の網膜を焼き、すべてを白く飛ばした太陽の色と同じ光が、一瞬だけ視界をかすめる。


「気づいたら、あいつがいなかった。……喉が潰れるまで、何度も名前を呼んだよ。でも、返ってくるのは冷酷な波の音だけで。……僕が夢中になって塗りたくっていたあの青い絵具が、あの子を飲み込んだ残酷な海そのものに見えて……。あいつが最後に見た景色が、僕の独りよがりな『青』だったんだと思うと……もう、二度と筆を握れなくなった」


語り終えると、図書館を支配する静寂が、より一層深く、重く感じられた。
かつて弟が愛してくれた僕の「青」は、あの日、僕自身の手で解けない呪いに変えてしまったのだ。