きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

坂を登り切った先、鬱蒼(うっそう)とした木立の合間に、その建物は異彩を放って佇んでいた。

(つた)に覆われた古い石造りの洋館。
山の上ということもあって周囲に人の気配はなく、ただ風が木の葉を揺らす音だけが、遠い波音のようにザワザワと聞こえてくる。

(……この中に、青がある)

正面にそびえ立つ重厚な木製の扉。
そのわずかな隙間から、森の湿気とは質の違う、ひんやりとした空気が漏れ出していた。

僕は思わず足を止めた。
心臓の鼓動が、早鐘のように肋骨の裏を叩く。
逃げ出したい衝動と、見てみたいという渇望が、僕の足に重い枷をはめていた。

羽白さんは扉の取っ手に手をかけたまま、僕の方を振り返った。
その微笑みは優しく、けれど逃げることを許さない絶対的な強さを秘めていた。


「大丈夫だよ、秋月くん。……扉の向こうにあるのは、きっと君が知ってる色じゃないから」


彼女が静かに扉を押し開ける。
蝶番の軋む音が、静かな山の中に不似合いなほど大きく響いた。

——次の瞬間、世界が反転した。


「っ……、あ……」


目に飛び込んできたのは、静寂などではなかった。
それは、網膜を焼き切らんばかりの、圧倒的な「青の暴力」。

高い天井から床一面に至るまで、巨大なステンドグラスを透過した光が、濃淡の異なる無数の青い斑紋となって空間を埋め尽くしている。

瑠璃、群青、紺青、水浅葱。

何万、何億という青の粒子が、埃と共に光の柱となって立ち上り、僕の視界を侵食していく。

(……逃げなきゃ。飲み込まれる)

あの日の冷酷な青い壁が、巨大な質量となって目の前から迫ってくる錯覚に陥った。
急激に喉の奥がせり上がり、酸素が肺に届かなくなる。


「はっ……、っ、げほっ……!」


僕はたまらず膝をつき、冷たい床を掻きむしった。
視界がぐらぐらと歪み、世界の輪郭が溶けていく。
冷や汗が吹き出し、指先は氷のように痺れ始めていた。
脳裏に、パレットの上で混ざり合う青い絵具と、泡を吹いて消えた弟の小さな影がフラッシュバックする。

情報が多すぎる。色が、うるさすぎる。
 
うるさい。

苦しい。

怖い。

——助けて。