きみが教えてくれた、世界で一番優しい青



土曜日の午前十時。
駅の改札前は、休日を謳歌する家族連れや、浮き足立った学生たちの賑やかな声で溢れかえっていた。

人混みの喧騒から逃れるように、僕は少し離れた柱の陰に身を寄せて、腕時計の針を何度も確認していた。
昨日届いた羽白さんからのメッセージ——『もっと特別な場所に、探しに行かない?』という、短くも切実な誘いの言葉が、昨夜からずっと僕の思考の大部分を支配し続けていたからだ。


「秋月くん、お待たせ!」


聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはいつもの制服ではない、柔らかな白いワンピースを纏った羽白さんが立っていた。

六月の風を孕んでふわりと揺れる裾。
肩にかけた小さなポシェットからは、あの日から僕の世界に「色」を突きつけてくるあの和色見本帳が、相棒のような顔をして覗いている。


「……おはよう」

「私服で会うのって、なんだか不思議な感じだね。……似合ってる?」


屈託のない笑顔。
僕は努めて平静を装いながら、「普通だ」と短く答えた。

目的地がどこであれ、以前までの僕なら「どこでもいい」と興味なさげに答えただろう。
けれど、今の僕は彼女の見つける「色」に対して、得体の知れない恐怖を感じながらも、心のどこかでそれを渇望してしまっていた。


「今日はね、『優しい青』を探しに行きたいの」


——青を探す。

その言葉が鼓膜を叩いた瞬間、肺の奥に冷たい水が入り込んだような、不快な息苦しさに襲われた。
ドクン、と心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
一瞬だけ、網膜の裏に暴力的なまでの波飛沫が過ぎり、意識が遠のきそうになる。


「……青、って。海にでも行くのか?」


絞り出した声が、微かに震えていた。

羽白さんは僕の瞳を真っ直ぐに見つめた。
探るような、けれどすべてを見透かし、慈しむような一瞬の沈黙。
彼女は僕の動揺の正体を知ってか知らずか、静かに、そしてゆっくりと首を振った。


「ううん。今日は山の上。古い洋館を改装した『青の図書館』だよ」

「図書館……?」

「うん。百年前のステンドグラスが残っている、すごく静かな場所。……そこにはね、海みたいに深く、冷たくなくて。もっと、柔らかな光の青が溜まっているんだって」


羽白さんは切符を二枚買うと、一枚を僕に差し出した。


「行こう、秋月くん。……今の君にぴったりの青を、一緒に探しに行こう」


差し出された切符を受け取る時、僕の指先が彼女の手に触れた。
驚くほど、冷たかった。
初夏の気配を感じさせる陽気の中で、彼女の指先だけが冬の気配が残っているような、不自然なほどの温度の欠落。
けれど、その痛いほどの冷たさが、今の僕には何よりも確かな現実として感じられた。

僕は彼女の白い背中を追うようにして、境界線のような改札へと、ゆっくりと足を踏み入れた。