一人残された僕も、どこか浮ついた足取りを無理やり整えて片付けを済ませ、校舎に入った。
薄暗い昇降口には、先に道具を戻した健太が、手持ち無沙汰に壁に寄りかかって待っていた。
「……なんだよ、待ってたのか」
「まあな。一人で帰るのも味気ねーし」
二人並んで、自然と教室へ向かう階段を上がる。
西日に傾きかけた午後の陽光が、校舎の長い廊下に差し込み、僕たちの影を歪なほど長く引き伸ばしていた。
誰もいない廊下に、僕たちの上靴が床を擦る音だけが不規則に響く。
「……にしてもさ。羽白さんって、あんな感じなんだな。もっとこう、教室に座ってる時みたいに、儚くて大人しい感じかと思ってたわ」
「……そうか?」
「おう。なんか、お前と喋ってる時の方が『人間っぽい』っていうかさ。いつの間にあんな仲良くなったんだよ。お前、石膏像みたいに女に興味ないのかと思ってたのに」
健太の言葉に、僕は答えに詰まった。
仲良くなった、という自覚は今も乏しい。
ただ、彼女が土足で——でも、ひどく柔らかな足取りで、僕の守ってきたモノクロの世界に踏み込んできて、勝手に色の名前をつけて回っているだけだ。
「……別に、仲良くなったわけじゃない。ただ、羽白さんが、色を探すのを手伝えってうるさいから。放課後、少しだけ付き合ってるだけだ」
「はあ? 何だよそれ。色探し?」
「……ああ。なんか、この世にある色の名前を、全部覚えておきたいんだと」
「なんだそりゃ。不思議なやつ……。まあ、お前がそれで辛くないなら、俺はいいけどさ」
健太はそれ以上、僕を追い詰めるようなことは言わなかった。
ただ、一瞬だけ案じるような視線を僕に向けた後、上靴の先で廊下の端に転がっていた小さなゴミを器用に蹴り飛ばした。
けれど、彼が口にした「教室にいる時より人間っぽい」という言葉が、妙に胸の奥に引っかかって消えない。
あんなに必死に、不器用な筆を震わせて「あの色にしたい」と縋るような目をしていた羽白さん。
僕の前で見せるあの、今にも壊れそうで、けれど激しい熱を帯びた切実な表情こそが、彼女の本当の姿なのだろうか。
それとも、教室で穏やかに、凪のような微笑みを浮かべている姿が彼女の本心なのだろうか。
どちらも彼女で、どちらも本当の姿なのかもしれない。
けれど僕は、後者の彼女しか知らないクラスメイトたちに対して、言いようのない優越感と、それ以上の危うさを感じていた。
「……あ、そうだ湊。明日、土曜だろ? お前、なんか用事あんの?」
「いや、特にはないけど」
「じゃあさ、久々に駅前にできた——」
健太の誘いを遮るように、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
短い通知音。
画面を点灯させると、そこには羽白さんからのメッセージが表示されていた。
『秋月くん。明日、もっと特別な場所に、色を探しに行かない?』
健太の声が、遠い背景音のように遠のいていく。
僕は立ち止まり、液晶から放たれる淡い光をじっと見つめた。
特別な場所。
そこで彼女が次にどんな「杖」を見つけようとしているのか。
そして、その「杖」を拾う瞬間に、自分も立ち会いたいと願っている。
モノクロの世界の住人だったはずの僕は、もう元の居場所には戻れないのかもしれない。
薄暗い昇降口には、先に道具を戻した健太が、手持ち無沙汰に壁に寄りかかって待っていた。
「……なんだよ、待ってたのか」
「まあな。一人で帰るのも味気ねーし」
二人並んで、自然と教室へ向かう階段を上がる。
西日に傾きかけた午後の陽光が、校舎の長い廊下に差し込み、僕たちの影を歪なほど長く引き伸ばしていた。
誰もいない廊下に、僕たちの上靴が床を擦る音だけが不規則に響く。
「……にしてもさ。羽白さんって、あんな感じなんだな。もっとこう、教室に座ってる時みたいに、儚くて大人しい感じかと思ってたわ」
「……そうか?」
「おう。なんか、お前と喋ってる時の方が『人間っぽい』っていうかさ。いつの間にあんな仲良くなったんだよ。お前、石膏像みたいに女に興味ないのかと思ってたのに」
健太の言葉に、僕は答えに詰まった。
仲良くなった、という自覚は今も乏しい。
ただ、彼女が土足で——でも、ひどく柔らかな足取りで、僕の守ってきたモノクロの世界に踏み込んできて、勝手に色の名前をつけて回っているだけだ。
「……別に、仲良くなったわけじゃない。ただ、羽白さんが、色を探すのを手伝えってうるさいから。放課後、少しだけ付き合ってるだけだ」
「はあ? 何だよそれ。色探し?」
「……ああ。なんか、この世にある色の名前を、全部覚えておきたいんだと」
「なんだそりゃ。不思議なやつ……。まあ、お前がそれで辛くないなら、俺はいいけどさ」
健太はそれ以上、僕を追い詰めるようなことは言わなかった。
ただ、一瞬だけ案じるような視線を僕に向けた後、上靴の先で廊下の端に転がっていた小さなゴミを器用に蹴り飛ばした。
けれど、彼が口にした「教室にいる時より人間っぽい」という言葉が、妙に胸の奥に引っかかって消えない。
あんなに必死に、不器用な筆を震わせて「あの色にしたい」と縋るような目をしていた羽白さん。
僕の前で見せるあの、今にも壊れそうで、けれど激しい熱を帯びた切実な表情こそが、彼女の本当の姿なのだろうか。
それとも、教室で穏やかに、凪のような微笑みを浮かべている姿が彼女の本心なのだろうか。
どちらも彼女で、どちらも本当の姿なのかもしれない。
けれど僕は、後者の彼女しか知らないクラスメイトたちに対して、言いようのない優越感と、それ以上の危うさを感じていた。
「……あ、そうだ湊。明日、土曜だろ? お前、なんか用事あんの?」
「いや、特にはないけど」
「じゃあさ、久々に駅前にできた——」
健太の誘いを遮るように、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
短い通知音。
画面を点灯させると、そこには羽白さんからのメッセージが表示されていた。
『秋月くん。明日、もっと特別な場所に、色を探しに行かない?』
健太の声が、遠い背景音のように遠のいていく。
僕は立ち止まり、液晶から放たれる淡い光をじっと見つめた。
特別な場所。
そこで彼女が次にどんな「杖」を見つけようとしているのか。
そして、その「杖」を拾う瞬間に、自分も立ち会いたいと願っている。
モノクロの世界の住人だったはずの僕は、もう元の居場所には戻れないのかもしれない。
