きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

ピピピピッ……——。

六時三十分。
無機質なアラームの電子音が、重い泥の底に沈んでいた僕の意識を無理やり引きずり出した。

枕元に手を伸ばし、指先の感覚だけでスマホの画面を叩く。
音は止まったが、代わりにカーテンの隙間から差し込む太陽の光が、容赦なく網膜を刺激した。
でもその光は、僕の目には意味を持たない白にしか映らない。

あの日から、僕の瞳は色彩という熱を失った。

自分の部屋に貼ったままの風景ポスターも、お気に入りだったはずの深い緑のマグカップも、昨日食べたコンビニ菓子のラベルも。
網膜を通り過ぎるすべての情報は、ただ「明るいか、暗いか」という無機質で単純なものへと変換され、僕の心に触れることなく通り過ぎていく。

……世界は、こんなにも静かで、冷たかっただろうか。

僕は大きく息を吐き出し、色のない天井をしばらく見つめてから、のろのろと身体を起こした。

学校への道のりは、苦痛でしかない。
駅までの道を歩けば、嫌でも「情報の欠落した世界」を突きつけられるからだ。

すれ違う女子高生たちの賑やかな笑い声や、規則正しく響く踏切の警報音。
世界はこれほどまでに騒がしく、熱量を持って動いているのに、僕の視界だけが古いモノクロ映画のひとコマのように、どこか遠くへ取り残されている。

騒がしい廊下を抜け、教室の重い扉を開ける。

湿ったチョークの粉の匂いと、誰かの制汗剤の香りが混じり合った独特の空気。

僕は俯き加減に歩を進め、窓際の自分の席にカバンを置いた。
そこが、僕が日常をやり過ごすための定位置だった。


「おはよ、(みなと)。また今日も、死んだ魚みたいな目をしてんな」


不意に、明るい声が飛んできた。
親友の健太(けんた)だ。

彼は上靴を鳴らしながら僕の机のほうへやって来る。
その肩には、派手なキーホルダーがジャラジャラと付いたスクールバッグがかかっている。
バッグの取っ手には、蛍光色の、確か「鮮やかな赤」をしたリストバンドが巻き付けられていたはずだ。
けれど、今の僕の目には、それが周囲よりも少しだけ「濃いグレー」の布切れにしか見えない。


「別に。寝不足なだけだ」

「嘘つけ。お前、また朝飯食ってねーだろ。ほら、これやるよ。新作の炭酸」

「朝から炭酸飲めるかよ」


健太が差し出してきたペットボトル。
ラベルには「刺激的なブルー」を売りにしたロゴが踊っているはずだが、僕にはそれもまた、濁った水のような色にしか映らなかった。


「ったく。せっかく夏が近いんだから、もっとシャキッとせーよ」


健太は呆れたように笑って、自分の席へと戻っていった。
適当に受け流して、僕は机に深く顔を伏せた。

窓から差し込む太陽の熱が、後頭部をじりじりと焼く。
けれど、瞼の裏側に広がる完全な暗闇の方が、今の僕にはずっと落ち着く場所だった。
 
僕はそのまま、深く、深く。
色の溢れる世界から逃げ出すようにして、静かに視界を遮断した。