放課後を告げるチャイムは、いつもより低く、湿った音で校舎内に響いた。
窓の外は、朝からの予報通りどんよりとした低い雲が垂れ込め、細かな雨が世界を白く煙らせている。
雨の日は嫌いではなかった。
空も、街も、人々の傘も。
すべてが濃淡の違うグレーに塗り潰され、僕の「色のない世界」が正当化されるような気がするから。
僕はカバンの中に教科書を詰めながら、ふと思い出した。
指先に残っているのは、昨日食べたたい焼きの、あの熱々だった紙袋の感触だ。
もちろん、袋はとっくに捨てて手元にはない。
けれど、目を閉じれば指先に残る微かな温もりや、彼女がこぼした「好きかな」という言葉が、さっきに出来事かのように鮮明に蘇る。
(……一晩経てば、全部夢みたいに消えてると思ってたのに。)
僕は視界の端で斜め前の席を追った。
羽白さんは、まだ席に座っていた。
騒がしく教室を出ていくクラスメイトたちに背を向け、肘をついて窓の外の雨脚を眺めている。
彼女の黒髪が、雨の日の淡い光を吸って、しっとりと重たげに肩に流れていた。
昨日の放課後は、あんなに楽しそうに笑っていたのに。
今の彼女は、まるで周囲に見えない壁を立てているみたいに、ひどく静かで、遠くに見える。
「湊、今日美術部休みだろ? ゲーセン寄って行かね?」
健太がひょいと僕の机に手をついた。
いつも通りの、遠慮のない声。
「……悪い。今日はちょっと、用事があるんだ」
「ふーん、用事ねぇ」
健太の視線が僕の視線を追い、羽白さんの背中に止まったのがわかった。
その口角が、怪訝そうに上がる。
僕の顔と羽白さんの背中を交互に見やるその瞳に、少しだけ鋭い色が混じる。
「なんか怪しいな、お前」
「何がだよ」
「別に〜? まあいいや、じゃあな」
健太はニヤリと意味深な笑みを浮かべ、僕の肩を軽く叩いて風のように去っていった。
あいつの勘の良さは、時々すごく心臓に悪い。
残されたのは、窓を叩く雨音と、静まり返った教室の空気。
僕は意を決して、彼女の背中に声をかけようと口を開きかけた。
その瞬間、羽白さんがふいに、弾かれたように僕の方を振り返った。
目が合う。
彼女は驚いたような顔を一瞬見せたあと、クラスに残っている数人の誰にも見えないような小さな動きで、口の形だけを動かした。
『行こう?』
その瞬間、僕の胸の奥で、何かが震えた。
自分でも気づかないくらい深く、そして重く。
彼女に呼ばれるだけで、僕の世界を覆っていた灰色が、またひとつ、音を立てて崩れていくのがわかった。
窓の外は、朝からの予報通りどんよりとした低い雲が垂れ込め、細かな雨が世界を白く煙らせている。
雨の日は嫌いではなかった。
空も、街も、人々の傘も。
すべてが濃淡の違うグレーに塗り潰され、僕の「色のない世界」が正当化されるような気がするから。
僕はカバンの中に教科書を詰めながら、ふと思い出した。
指先に残っているのは、昨日食べたたい焼きの、あの熱々だった紙袋の感触だ。
もちろん、袋はとっくに捨てて手元にはない。
けれど、目を閉じれば指先に残る微かな温もりや、彼女がこぼした「好きかな」という言葉が、さっきに出来事かのように鮮明に蘇る。
(……一晩経てば、全部夢みたいに消えてると思ってたのに。)
僕は視界の端で斜め前の席を追った。
羽白さんは、まだ席に座っていた。
騒がしく教室を出ていくクラスメイトたちに背を向け、肘をついて窓の外の雨脚を眺めている。
彼女の黒髪が、雨の日の淡い光を吸って、しっとりと重たげに肩に流れていた。
昨日の放課後は、あんなに楽しそうに笑っていたのに。
今の彼女は、まるで周囲に見えない壁を立てているみたいに、ひどく静かで、遠くに見える。
「湊、今日美術部休みだろ? ゲーセン寄って行かね?」
健太がひょいと僕の机に手をついた。
いつも通りの、遠慮のない声。
「……悪い。今日はちょっと、用事があるんだ」
「ふーん、用事ねぇ」
健太の視線が僕の視線を追い、羽白さんの背中に止まったのがわかった。
その口角が、怪訝そうに上がる。
僕の顔と羽白さんの背中を交互に見やるその瞳に、少しだけ鋭い色が混じる。
「なんか怪しいな、お前」
「何がだよ」
「別に〜? まあいいや、じゃあな」
健太はニヤリと意味深な笑みを浮かべ、僕の肩を軽く叩いて風のように去っていった。
あいつの勘の良さは、時々すごく心臓に悪い。
残されたのは、窓を叩く雨音と、静まり返った教室の空気。
僕は意を決して、彼女の背中に声をかけようと口を開きかけた。
その瞬間、羽白さんがふいに、弾かれたように僕の方を振り返った。
目が合う。
彼女は驚いたような顔を一瞬見せたあと、クラスに残っている数人の誰にも見えないような小さな動きで、口の形だけを動かした。
『行こう?』
その瞬間、僕の胸の奥で、何かが震えた。
自分でも気づかないくらい深く、そして重く。
彼女に呼ばれるだけで、僕の世界を覆っていた灰色が、またひとつ、音を立てて崩れていくのがわかった。
