数分後。
香ばしい小麦粉の匂いに誘われて辿り着いたのは、間口の狭い、けれど活気のあるたい焼き屋だった。
「はい、お待たせ。熱いから気をつけてね」
店のおじさんから受け取った紙袋は、指先に伝わるほど熱々だった。
僕たちは近くの古ぼけたベンチに、少しだけ間を空けて並んで座った。
すぐ横を仕事帰りの大人たちが通り過ぎていく。
学校の誰かに見られるかもしれないこの場所で、クラスメイトの女子と隣同士で座っていることが、なんだか少しだけくすぐったい。
「んー、美味しい! 秋月くんも、早く食べなよ」
羽白さんは、ふーふーと息を吹きかけながら、幸せそうにたい焼きを頬張っている。
僕は自分の分を割り、溢れそうなあんこを覗き見る。
「……これも、名前があるのか?」
「もちろん。あずき色よりもずっと深い、この艶のある色は『濃紫』に近いかな。……でも、今は名前なんてどうでもいい。ただ、最高に美味しい色!」
口の端に少しだけあんこをつけて笑う彼女は、学校で見せる「凪のような微笑み」よりも、ずっと幼くて、ずっと眩しかった。
「秋月くん、学校にいるときと、今、全然違うね」
たい焼きを半分ほど食べたところで、彼女が不意に言った。
「……何がだよ」
「学校だと、ずっと石膏みたいに固まって、透明人間になろうとしてるでしょ。……でも今は、ちゃんと『美味しい』って顔をしてくれる。私は今の、人間らしい秋月くんの方が好きかな」
唐突な「好き」という言葉。
もちろん、深い意味なんてないはずだ。
それなのに、喉の奥にたい焼きが詰まったような感覚になり、僕はわざとらしく視線を逸らして、ペットボトルのお茶を口にした。
「……勝手なこと言うなよ」
「ふふ、照れてる」
「羽白さんこそ、教室での笑顔と全然違うだろ」
お返しとばかりに僕が言うと、彼女は「えー、そうかな?」と首を傾げた。
「今のほうがなんか、」
“楽しそう”
そこまで言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。
だって、これを言ってしまったら、なんだか自分が彼女を特別に楽しませている自惚れ屋みたいだ。
「なんか、何?」
「……なんでもない。さっさと食べなよ」
「えー、気になる! 教えてよ秋月くん!」
彼女が僕の顔を覗き込もうと、距離を詰めてくる。
そのとき、商店街の街灯が一つ、また一つと瞬き、僕たちの足元を淡いオレンジ色で照らし出した。
