遊戯玉、バグモンカード、マジックザキャサリンズ、仮免ライダーカード、プロ野球チップスカード、W杯カード、美少女アニメカードetc
貧乏学生御用達を絵に描いたような六畳一間。
その古びた畳を隠さんとばかりに、様々な種類のトレーディングカードが散乱している。
なんという節操がないラインナップ…
「萌花はヒクって言ったじゃん、だから呼びたくなかったんだよ」
玄関で靴も脱がず立ち尽くしていると、家主からクレームが入った。
「いやヒイてなんかないよ」
ちょっとしか、と付け加えながら靴を脱いで入室した。
トレカを踏まないよう抜き足、差し足。
文字通り、足の踏み場がない。
私の名前は鈴木萌花。
いまはこのトレカ小屋の住人である松田翔平のアパートに来ている。
翔平とは大学の映画サークルで出会って、まぁ一応付き合っている。
映画サークルといっても全然高尚な活動などはなく、だいたいは部室のパソコンに誰かがサブスクで選んだ映画が垂れ流されていて、それを見たり見なかったり、その映画について感想を語ったり語らなかったり。
私はその緩さが気に入って入部したといっても過言ではない。
だがそんな横着サークルも、この日は珍しく総出で映画館まで足を延ばし『重要文化財』という映画を鑑賞することになった。
さすがに映画サークルを名乗っていて、いまや歴史的大ヒット記録更新中のこの映画を観ていないのはマズイんじゃないか、という雰囲気に負けたのだ。
かくいう私も友人と顔を合わせるたびに「重要文化財って観た方がいい?」「どんな話?」「面白い?」という映画サークルの人間なら観ていて当たり前だろという前提の質問を投げつけられ、私が未視聴だということを告げると、相手は動揺やら失望やら軽蔑やら、色々入り混じった表情で「あッ…そう…」と口にし、私の心を散々に打ち砕いていた。
今日からその心配が無くなった、それだけでも心は軽い。
映画は世間の評判通りに大変素晴らしく、美麗な映像、重厚なストーリーで3時間という上映時間を感じさせない名作だった。
90分以上の映画は、大体どこかで退屈してしまう私が飽きずに見たのだ、間違いない。
サークル全員が、このまま帰るのは惜しいという雰囲気で一致団結して、そのまま近くの居酒屋へ駆け込んだ。
映画の感想を互いにぶつけ合ううちに、白熱した部長などはビールのピッチャーを片手に「我々も卒業までに必ず、一作品は自主製作映画をこの世に生み出そうではないか!」と演説をぶつと、見事な一気飲みを披露した。
感化されたメンバーは「オーッ!!」と賛同の声を高らかに、各々のグラスを天へと突きあげた。
興奮した感情にまかせてそんな宣言をしているが、実際には撮り始めることすら無いと思う。
その飲み会は二次会、三次会と続き、ついに終電を逃した私は歩いて帰れる距離にあるという翔平のアパートに泊まることにした。
松田翔平は一応彼氏ではあるのだが、私はまだそのアパートへは行ったことが無い。
「散らかっているから嫌だ」と頑なに拒否する彼を説得して、今回は押し掛けたのだが…まさかここまでとは。
ボサッ!
湿って中身の綿が偏った座布団が私の足元に放り投げられた、そこに座れということらしい。
あの~、何枚かトレカが巻き込まれて下敷きになっていたけど…?
トレカの上に座るのも不憫なので、心優しい私はそれらを救出することにした。
その中にはキラキラに光って、金色の箔押しがされた豪華なイラストのモンスターカードが含まれている。
「これってレアカードなんじゃない?」
カードを人差し指と中指に挟むと、思いっきり腕を伸ばし、翔平の鼻先に突きつけてやった。
「ん?あぁ、派手に光ってるな、レアなのかもな」
「高値で売れるレアカードもあるんじゃないの?」
「まぁあるかもな、でも俺は高いか安いかで集めてる訳でもないし、そんなことに興味はないよ」
この惨状の部屋に住んでいる人間のセリフでなければ、カッコよく聞こえたかもしれない。
高値であるか、レアカードであるかにこだわって集めている人種は、真の収集家からすると邪道で忌み嫌われる場合はあるだろう。
しかし翔平がカードゲームで誰かと対戦しているところなんて見たことが無いし、純粋に収集そのものが好きだとしても、この保管方法は愛好家からドロップキックを喰らって倒れたところを関節を決められ、そのままヘシ折られたところで文句は言えないであろう。
「じゃあ、なんでこんなに集めてんの」
そんな当たり前のことがわからないのか?と眉をひそめてから翔平は口を開いた。
「カードにさ、絵や写真が載ってるだろ、それに関する説明文が書いてあって、それを眺めながら色々想像するのが最高なんだよ」
私は指に挟んでいたモンスターカードを顔の前に持って来て、印刷された文字を読んでみた。
モンスターNo.038【イッヌマン】
体長3m・体重250kg・必殺技トオボエクラッシャーアギドビーム
『名犬イッヌが地獄の手術で蘇った!!その姿こそ改造サイボーグ犬!!イッヌマンなのだ!!』
「図鑑とかじゃダメなの?」
プロ野球やW杯ならもっと詳細で公式情報を網羅した書籍があるだろうし、空想上のキャラクターでも、例えばバグモンなんかいくらでも図鑑や大百科が出版されている。
「それじゃあ、面白味がない」
翔平はやれやれ、といった顔で説明を続ける。
「カードの形で手のひらに収まっているとさ、それ自体を所有したような満足感があるだろ?それに図鑑だとそれ単体で完結しているじゃないか。その続きや、まだ知らない情報が隠されている可能性への期待感がない」
…わかるような、わからないような。
ホラ、こういうのとか最高だろ、と翔平はいやに地味で安っぽいカードの束を差し出した。
それは地方ごとに役所が発行しているダムやお城のカードだった。
それぞれ写真の下に建造物がある場所や、大きさ、歴史等が記されている
その中に、人の顔写真があることに気づいた。

「なんで人の写真が…?」
偉人やタレントの写真では無いことは一目でわかる。
普通のオジサンが記念撮影で撮ったような簡素な写真だ。
「きんさい!村おこし村民トレカ…?」
「たしか、それはネットフリマでまとめ売りされてた中に入ってたカードだ、珍しくて面白いだろ?」
一般オジサンのカードを覗き込んで困惑顔の私に、翔平はそう説明した。
「そういえば、村おこしでこんなのやってる自治体があるってニュースで見たことあるような」
「そのカードけっこう気に入っててさ、今度その村にコンプリート目指してカード集めに行こうと思うんだよ」
松田は目をキラキラと輝かせていた。
こういう人間が実際に現れるのだから、村おこしとしては成功しているのかもしれない。
「そうだ、萌花も興味があるなら一緒に行こうぜ」
物珍しさで少し長くカードを眺めてしまった、私がこういうカードに興味があると勘違いしたらしい。
旅行自体はかまわないが、その旅行先が『村民トレカを配布しているどこかの村』では御免こうむる。
こんな企画で客寄せをしているということは、実際には観光名所もほぼ皆無に決まっている。
「あ~、私はいいや、集まったらまた見せてよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それからしばらく私は、そのカードのことなんか忘れて、いつもとかわらぬ自堕落な大学生活を満喫していた。
映画サークルのほうはというと『重要文化財』の余韻もあり重厚な名作映画を選んで流されていたが、一週間も経つとそのモニターは『忍まる乱治郎』を映し出していた、最後のプライドで劇場版。
しかし舐めてはいけない、コレが大変面白い。
真剣なまなざしで忍者のたまご達と、その先生たちの交流に目頭を熱くさせていると突如、声をかけられた。
「最近さぁ松田のやつサークル来ないけど、なにしてんの?」
声の主はビールのピッチャー部長だった。
そういえば私が部屋を訪れたあの日以来、翔平はサークルはおろか大学の講義にも出ていない。
「あ~多分アイツ旅行に行ってますね…思いついたら行動力だけはバカみたいにあるんで…」
「旅行?どこに?」
ことの経緯を説明すると、思いのほか部長はその話に食いついた。
「なにそれ!?メッチャ面白そう!!鈴木くん、その村民トレカを探しに村を訪れて、様子を動画に収めてきてよ」
「えぇ!なんでそんなことしなきゃいけないんですか!?」
急すぎる意外な提案に私は大きな拒否の声を上げた、イヤだ、めんどくさい、そもそもそんなお金はない。
「その様子をさ、編集すればドキュメンタリー映画みたいになりそうじゃん、編集とかはこっちでやるし、交通費と宿泊代くらいはサークルから出すからさ」
飲み会で高らかに宣言していた自主製作映画というのは、あながち勢いの出まかせでもなかったらしい。
「う~ん…」
「ホラ、松田くんも探して連れ戻さないと、そろそろヤバイでしょ」
私が少しでも思案する隙を見せると、部長はダメ押しとばかりに畳みかけてきた。
交通費と宿泊代がサークル活動費で負担されるならまぁいいか。
部長の言う通り、翔平は講義にも出席していないから、このままだと単位を落とすかもしれない、まぁ別に私はかまわないけど。
今から私も村まで行くから、場所と行き方教えてよ。
そう言おうと翔平のスマホに電話をかけるが「現在この番号は通話ができません」のアナウンスが流れるだけだった。
まさかスマホの電波すら届いてないのか、そんな場所が日本に存在するなんて。
『きんさい!村おこし村民トレカ』
ネットで検索してもほとんど情報は無かったが、インスタやXで個人が発信していたわずかな情報を集めて、なんとか配布をしている村の場所だけは判明した。
H県F市T村。
私の住んでいる場所から新幹線で三時間、そこから在来線に乗換えてまた二時間もかかる。合計五時間!?
経路と所要時間をネットで調べた段階で私の心は完全に萎えていたが、サークル初の映画制作事業という響きに、テンションの上がったメンバー達から万歳三唱で送り出されて今に至る。
やっとのことで降り立った目的の駅で、ちょうどこちらに歩いてくる第一村人を発見し、村民トレカのことを尋ねた。
「はぁ?村に行くんだったらバスじゃないと、ホレそっから出とるわ」
…まだここは村ですらなかった。ゴメン、第一町人。
バス停の時刻表を見ると『T村入り口行き』というバスは14:10発だった、スマホを見ると現在時刻は13:35だから、到着まであと三十分以上もある。
「うぁ~マジかぁ~」
すでに乗り物疲れしていた私は、さらなるバスの待ち時間を知ってゲンナリしてしまった。
しかし改めて時刻表を確認するとその運行スケジュールはスカスカで、日に三回しか時刻が書かれていない。
コレならば三十分後というのはマシなほうらしいが、私は別の不安に駆られた。
土日の休みを利用して来たのに…はたして月曜の講義に間に合うように帰れるだろうか?
バスは予定時刻から、さらに五分遅れて停留所に到着した。
もう運行はしていなくて、バスなんて来はしないんじゃないかと思った。
なんならこのまま来ないでくれれば、サークルメンバーも納得して諦めてくれるんじゃないかと、一抹の期待を抱いた矢先であった。
「どこまで行くの?」
発車からしばらくして、ボーッしている私の耳に声が届いた。
一瞬なんの声だろうと思ったが、車内に乗客は自分しか居ないので、運転手から私に向けられた言葉だと理解した。
「あ、えっと、T村入り口まで」
私の返事に対しては運転手の応えはない、なんという失礼な態度。
乗客が私一人しか居ないから、運転する分には停車場所がわかっていたほうが楽なんだろう。
それにしたってもう少し愛想よくしてもいいんじゃないか。
バスから見える景色はすぐに建物が疎らになり、山道へと入った。
細かくカーブして身体が右に左にと揺られた。
ドキュメンタリーの映像に必要かもと考えてスマホを窓の外に向けて撮影を始めた、緑をどんどん濃くしながら流れる景色を画面越しに眺めつつ『きんさい!村おこし村民トレカ』について考えてみた。
「きんさい!」という言葉が「金祭」という五穀豊穣や土地の幸運を願ったお祭り、もしくは「勤祭」のような日頃の勤めを労って英気を養うためのお祭りを指していた場合、そのお祭り期間中で限定配布の可能性がある。
訪れたタイミングで都合よく手に入るとは限らない。
その場合、はたして部長はちゃんと旅費を出してくれるだろうか…
ギイィィィユィイィィィ…ッ!!
軋んだブレーキ音が耳をつんざいて、私は身体をビクッと震わせた。
古い車体がゆっくりと停車する。
窓の外を撮影していたはずのスマホは、いつのまにか座席にほおり投げており、不自然に曲げていた首が痛い。
「お客さん、着いたよ」
どうやら寝てしまっていたらしい。
降ろされた場所は山中の道路にポツンと『T村入り口』と書かれた錆びた停留所の看板が置かれているだけ。
…狐か狸に化かされてるんじゃなかろうか。
注意深く周囲を観察すると停留所の横に、舗装もされていない細い道が伸びていた。
その道が進む方向を、さらに先へ先へと視界を移動させると、森のなかに突如として人工的な区間があることがわかる。
村というから茅葺き屋根の民家でお隣同士のあいだは離れていて、自然に溶け込んだ風景を想像していたのだが、実際には年季は入っているがコンクリート製や瓦屋根の家が密集して建っている。
周囲の森がそこだけポツンと切り取られ、人の生活がギュッとまとめられて存在しているという印象を受けた。
…まさか、あそこまで歩けと?
まだ幻でも見せられているような気分だったが、このまま野宿する訳にもいかないので凸凹で未舗装の道を歩く。
夕方にもならない時刻だというのに空は絡み合った山の木々に覆われ、太陽の光を容赦なく遮断している。
薄暗くギャアギャアと姿の見えない獣の鳴き声だけがこだまする山道を歩いていると前後不覚に陥り、自分は前へ進んでいるのか、そもそも先ほど遠目に見た集落は存在するのかすら不安になってきた。
いつしか足は棒のようで靴は土埃まみれにはなったが、集落の姿は蜃気楼でも妖怪変化でもなく、私はそこまでたどり着くことが出来た。
やはり遠目から見た印象通り、田舎の村というより寂れた温泉街の縮小版といった感じだった。
これは平成レトロどころか昭和だな、昭和時代に撮影された映画で見た覚えがあるような光景だ。
まずは荷物を降ろしたい、私は取り急ぎ今夜の宿を探すことにした。
しかしホテルのような建物は見つからず、誰かに聞こうにも人通りもない。
よく考えれば、こんな観光地でもない集落にホテルなんて無いのでは…途方に暮れかけているところで【民宿】の文字が目に入った。
外観は普通の個人宅のようだが…宿と書いてあるからには泊まれるのだろう。
恐る恐る、玄関ですいませんと声をかける。
「どうぞ」という声が聞こえたので引き戸を開けると、中からお爺さんが現れた。
お爺さんはメモ紙とボールペンを手に持っていて
「宿泊台帳代わりなんで、ここにお名前を」
と言われたので、それに素直に応じる。
鈴木萌花
「鈴木さんですか、良いお名前ですね」
どこかだ、思わず脳内でツッッコミを入れた。
萌花のほうならまだしも、鈴木は平凡にもほどがあるだろ。
「いや~、ホテルは見つからないし、ここで断られたらどうしようと思いましたよ」
この村に宿はこの民宿だけですから、と主人は言った。
「ということは村で唯一の宿泊施設のご主人なんですね、もしかして村民カードになってたりします?」
「はぁ…?」
一瞬なんのことかと思案した主人だったがすぐに思い当ったようだ。
「あぁ、カード。それなら『きんさい!村おこし村民トレカ』ですからねぇ」
もちろん、唯一の宿泊施設の主人ですから参加してますよ。
私はそういう意味に受け取った。
「あ!では一枚いただいてもよろしいですか?せっかくなので滞在中に出来るだけ集めようと思っていて」
「いえいえ、私はもう生まれた時からこの民宿に住むジジイですので、カードなんてそんな」
…どうも話が噛み合っていなかったようだ。
そういうことは若いモンにまかせてますから、ということだろうか?
こういうことはむしろ代々の土地の人や、年寄りが協力してやらないと上手くいかないのではないかと思う。
町おこし青年団や、地域活性協力隊のような比較的若い世代の人が、頑張って企画や魅力アピールをしているのに、他所から来たお客さんに対して地元の年寄衆がイビッて追い出してしまうというニュースや動画を見たことがある。
田舎には田舎の決まりがある。とか
代々住んでるワシらの方が偉い。とか
地方問題の現実を少しだけ垣間見てしまった気分だ。
「そうだ、カードならここにあったな…ちょっと待ってくださいね」
オジイサンは玄関脇に設置された机の引き出しを開けてゴソゴソしはじめた。
「はい、コレを差し上げますよ」

知らない民宿のお爺さんから、知らない美容室のオバサンのカードをいただいた。
記念すべき一枚目としては、なんという達成感のなさ。
そのカードを見ながら、もうひとつの目的を思い出した私は松田翔平という大学生が宿泊しなかったか聞いてみた。
「大学生の松田さん…さぁ?そういう人は知らないですねぇ」
松田が村で唯一の民宿に泊まっていないとなると、失踪したのはこの村を訪れるためという私の予想は外れだったのかもしれない。
最悪だ、無駄足にもほどがある。
明日は大き目の駅にホテルを取って、ちゃんとした観光をしてから帰ろうと決意した。
客室へ通される途中の廊下には子供用のオモチャが転がっていて、ビニールひもでまとめられた雑誌の類が隅へと寄せられている、大人二人の重みでギシギシと音を立てるその建物の生活臭に、私は戸惑いながら老主人の後ろをついて行く
「こちらの部屋になります」
老主人は廊下の突き当りに位置する襖の取っ手に手をかけた。
まさかこの襖が開くと、そこには見ず知らずの団らん中の家庭があり、私は今夜その家族と食卓を囲みながらテレビを見て、川の字に敷いた布団で寝かされるのではあるまいか?
そんな私の予想に反して、開け放たれた部屋はいたって普通の旅館のような作りだったので安心した。
荷物を放り投げて足を伸ばした、足裏からじんわりと疲労が抜けていく感覚がして気持ちいい。
これからの行動予定を頭のなかに思い浮かべてため息をつく。
「撮影はしないとなぁ」
そうしないとこの苦行の旅が、自腹という地獄になりかねない。
それならば、こんな村に長居などはしたくない、必要な撮影は今日中に終わらせてしまいたい。
ほどよく疲労の抜けた両足をもう一度奮い立たせる、幸い私は若さの恩恵によりやる気はないが、体力はまだまだ残っているのだ。
民宿を出た私はスマホのカメラを起動したまま、賑わっていそうな場所を探して商店が集まっている様子の通りを歩いた。
一応、ポスターや宣伝の旗をかかげた建物が並んでいるので商店だとわかるが、活気などは皆無で風景全体にモヤがかかったように燻っている。
「あっ、このお店…」
そこには白いペンキで塗りつぶして上から『電気屋・山田』と書かれた看板があった、以前は別のお店だったのだろう。
入口のドアにビニール製のポケット状の袋がぶら下がり、その中に例の村民トレカが入っていた。
いまのところ個人経営の電気屋に入っても買い物の用事はないから、申し訳ないがカードだけ1枚いただいておこう。

うん、やはり翔平の部屋で見た物と同じカードだ。
「そのカード集めてんの!?」
突然、背後から声をかけられて私はワッと悲鳴を上げそうになったのを、寸前のところで飲み込んだ。
振り返ると声の主は男の子だった。
五歳くらいだろうか?赤く膨らんだ頬は子供らしいが、細く釣り上がった目が少し生意気そうな印象を与える。
「そのカード!!集めてんのッ!?」
男の子は口調を強めて、もう一度おなじセリフを繰り返した。
「集めてるっていうか…うん、多分…集めてる?」
店外に放置された配布用カードとはいえ、黙って取っているところを子供に見られて少し動揺してしまった。
ここは冷静な対応で大人の尊厳を取り戻さねばなるまい。
「キミこれ知ってるの?お姉さん取材してるんだけどインタビューしていい?」
そう問われてスマホを向けられた子供は、得意げに胸を張って言った。
「山田はノーマルカードだから、俺なんて36枚持ってるモンねぇー!」
それはドア前の袋からゴッソリ抜いただけだろう…
「そうなんだ、山田さんは昔からこの村で電気屋をしてるの?」
「?…これは『きんさい!村おこし村民トレカ』だよ?」
「それはわかってるよ」
「…?」
なにを言ってるんだこの大人は?という顔でキョトンとしている
「まぁいいや、このカードがもらえる他のお店ってあるの?」
怪訝そうな顔のまま、通りの先にある『喫茶こばやし』の看板を指さすと子供は走り去ってしまった。
急に不審者扱いか…子供はよくわからない。
カランカラン
喫茶店のドアを開けると小気味いい音がして、続けて店主の声が店内に響いた。
「いらっしゃいませ~」
そこは若い夫婦がやっているお店だった。
建物の外観は古く、昔ながらの地元喫茶店という風貌だったので、てっきり渋めのマスターでも出てくるのかと思った。
なにも頼まずにカードだけ欲しいなどと図々しいことは言えないので、案内されるがまま椅子に座り、アイスコーヒーを頼むついでに村民トレカを所望してみた。
「あぁ、アレですね」
注文を聞いた奥さんは、すぐにカウンターまでカードを取りに行ってくれた。

あれ?立花夫婦?…表の看板は『喫茶こばやし』だったような…
『喫茶たちばな』のように本名じゃないにしても『喫茶木漏れ日』とか、それっぽい単語ならわかる。
『こばやし』になにか意味があるのだろうか?変わった店名を付ける夫婦だ。
アイスコーヒーとストローがテーブルに置かれる。
普段なら自然とついてくるアレは、あとから持って来てくれるのだろうとしばらく待つが、音沙汰がないのでコチラから聞いてみた。
「すいません、ガムシロップとミルクありますか?」
喫茶店では何気ない、当たり前の要望だと思って口にした私の言葉に、夫婦はにわかにバタバタとし始めた。
「あっ…ガムシロとコーヒー用のミルクってどこにあるんだっけ…?」
「え~と、そこの引き出しは?」
「ないよ…え?もう使い切ったのかも…」
なにやら二人揃って手慣れていない様子だ。
「あ、大丈夫です。ブラックで飲むんで、スイマセン」
お詫びにと持って来てくれた豆菓子を会釈で受け取りながら、私は気になったことを聞いてみた。
「あの~、お二人はいつからここでお店を?以前はどちらに住まわれていたんですか?」
「そう聞かれても…私たちは『喫茶店の立花夫婦』ですから」
またもや受け答えが噛み合わない。
この村に来てから何度も味わっている違和感だった。
私は手元にある村民カードを見る、喫茶店の立花夫婦…
「じゃあ、このお店のオススメってなんですか?」
「はい!この村はじめての喫茶店のパンケーキです!」
この質問には即座にハッキリとした答えが返ってきた。
「えっと、この村の良いところって…?」
「はい!みなさん親切で自然が近いところです!」
もしかして…カードの説明文に書かれているから…?
不審に感じた私は夫婦に見られないように、そっと村民カードの顔部分をスマホの画像検索で調べてみた。


この人も、この人も、行方不明の届けが出ている…。
若い夫婦は行方不明の記事こそなかったものの、隣の県でアクセサリー屋をやっていたらしく夫婦の顔写真入りで店内を紹介したインスタグラムが見つかった。
そのインスタは5日前から更新が途絶え、店も開けられていないと常連らしいアカウントが心配のコメントを寄せていた。
私は【きんさい】という言葉が気になって、意味をスマホで調べてみた。
:【きんさい】来なさい→きんさい。そこから「いらっしゃい」の意味へと変化した方言。:
このカードはいらっしゃい…いや、【来なさい!村おこし村民トレカ】という意味ということ…
つまりコレは『現地住民を紹介するトレカ』ではなく『村に来て村民にされた人間のトレカ』だったのだ…
ザワッと胸騒ぎがした。
アイスコーヒーも豆菓子もほとんど残して、夫婦の喫茶店をあとにした。
駅までのバスがまだあるなら、荷物を回収してもう帰ろう。
無ければ民宿の部屋でジッとして、明日は一番のバスに飛び乗ろう。
そう考えながら早足で民宿への道を戻っていると、過ぎていく景色のなか、視界の端に捉えた人影に違和感があった。
そこは一軒の店舗、ガラス越しに見えた人影。
パステルカラーの店舗用テントは薄汚れていて、可愛らしいはずの色合いとのミスマッチが哀愁を醸し出している。
そこに書かれている文字は【ファンシーショップ】
…聞き覚えはあるが、いまだにそんな名称で営業しているお店は初めて見た。
ガラス窓越しに店内を察するに、要は文房具屋らしいが。
そしてソコに見えたのは…
「翔平!」
私が叫びながら店のドアを開けると、翔平は不思議そうにこっちを見たあと、店内をグルッと見まわして
「えっと…いらっしゃいませ?」と言った。
「なにしてるの翔平!?この村変だよ!はやく一緒に帰ろう!」
捲くし立ててから改めて翔平の恰好に気付いた、似合わないエプロンをブラ下げている。
明らかに客ではなく、店員としてここに立っている風だ。
「すいません、お客さんなにを言ってるんです?」
冗談を言っているような顔ではない。
私を知らない目、初対面の愛想笑い。
私は身体が震えて後ずさる、さっきから手に持ったままだった村民カードがハラリと落ちた。
「あぁ、なんだお客さん、それ目的ね」
「良いですよねこういうカード。俺も好きですよ」
「じゃあコレ、うちのカード」

早く!!
早くこの村から出よう!!
バスが無くてもかまわない、駅のある町まで夜通し歩いてもかまわない。
とにかく、ここを、離れたい。
私が必死で走る前方に、ランドセルを背負った小学生たちの姿があった。
ワイワイとお喋りしながら家路に着いている。
「ユウくんスッゲー!!それ新しい奴じゃん!!」
「へへー!ついさっき追加されたんだ!!」
空はすでに夕日で真っ赤になり、楽しそうに帰宅する子供たちのシルエットを浮き上がらせている。
誇らしげにを手を掲げた子供の影が、夕日を浴びてひときわ長く私の足元まで伸びていた。
さてと、そろそろ私も自分の書店に戻るとするか。
貧乏学生御用達を絵に描いたような六畳一間。
その古びた畳を隠さんとばかりに、様々な種類のトレーディングカードが散乱している。
なんという節操がないラインナップ…
「萌花はヒクって言ったじゃん、だから呼びたくなかったんだよ」
玄関で靴も脱がず立ち尽くしていると、家主からクレームが入った。
「いやヒイてなんかないよ」
ちょっとしか、と付け加えながら靴を脱いで入室した。
トレカを踏まないよう抜き足、差し足。
文字通り、足の踏み場がない。
私の名前は鈴木萌花。
いまはこのトレカ小屋の住人である松田翔平のアパートに来ている。
翔平とは大学の映画サークルで出会って、まぁ一応付き合っている。
映画サークルといっても全然高尚な活動などはなく、だいたいは部室のパソコンに誰かがサブスクで選んだ映画が垂れ流されていて、それを見たり見なかったり、その映画について感想を語ったり語らなかったり。
私はその緩さが気に入って入部したといっても過言ではない。
だがそんな横着サークルも、この日は珍しく総出で映画館まで足を延ばし『重要文化財』という映画を鑑賞することになった。
さすがに映画サークルを名乗っていて、いまや歴史的大ヒット記録更新中のこの映画を観ていないのはマズイんじゃないか、という雰囲気に負けたのだ。
かくいう私も友人と顔を合わせるたびに「重要文化財って観た方がいい?」「どんな話?」「面白い?」という映画サークルの人間なら観ていて当たり前だろという前提の質問を投げつけられ、私が未視聴だということを告げると、相手は動揺やら失望やら軽蔑やら、色々入り混じった表情で「あッ…そう…」と口にし、私の心を散々に打ち砕いていた。
今日からその心配が無くなった、それだけでも心は軽い。
映画は世間の評判通りに大変素晴らしく、美麗な映像、重厚なストーリーで3時間という上映時間を感じさせない名作だった。
90分以上の映画は、大体どこかで退屈してしまう私が飽きずに見たのだ、間違いない。
サークル全員が、このまま帰るのは惜しいという雰囲気で一致団結して、そのまま近くの居酒屋へ駆け込んだ。
映画の感想を互いにぶつけ合ううちに、白熱した部長などはビールのピッチャーを片手に「我々も卒業までに必ず、一作品は自主製作映画をこの世に生み出そうではないか!」と演説をぶつと、見事な一気飲みを披露した。
感化されたメンバーは「オーッ!!」と賛同の声を高らかに、各々のグラスを天へと突きあげた。
興奮した感情にまかせてそんな宣言をしているが、実際には撮り始めることすら無いと思う。
その飲み会は二次会、三次会と続き、ついに終電を逃した私は歩いて帰れる距離にあるという翔平のアパートに泊まることにした。
松田翔平は一応彼氏ではあるのだが、私はまだそのアパートへは行ったことが無い。
「散らかっているから嫌だ」と頑なに拒否する彼を説得して、今回は押し掛けたのだが…まさかここまでとは。
ボサッ!
湿って中身の綿が偏った座布団が私の足元に放り投げられた、そこに座れということらしい。
あの~、何枚かトレカが巻き込まれて下敷きになっていたけど…?
トレカの上に座るのも不憫なので、心優しい私はそれらを救出することにした。
その中にはキラキラに光って、金色の箔押しがされた豪華なイラストのモンスターカードが含まれている。
「これってレアカードなんじゃない?」
カードを人差し指と中指に挟むと、思いっきり腕を伸ばし、翔平の鼻先に突きつけてやった。
「ん?あぁ、派手に光ってるな、レアなのかもな」
「高値で売れるレアカードもあるんじゃないの?」
「まぁあるかもな、でも俺は高いか安いかで集めてる訳でもないし、そんなことに興味はないよ」
この惨状の部屋に住んでいる人間のセリフでなければ、カッコよく聞こえたかもしれない。
高値であるか、レアカードであるかにこだわって集めている人種は、真の収集家からすると邪道で忌み嫌われる場合はあるだろう。
しかし翔平がカードゲームで誰かと対戦しているところなんて見たことが無いし、純粋に収集そのものが好きだとしても、この保管方法は愛好家からドロップキックを喰らって倒れたところを関節を決められ、そのままヘシ折られたところで文句は言えないであろう。
「じゃあ、なんでこんなに集めてんの」
そんな当たり前のことがわからないのか?と眉をひそめてから翔平は口を開いた。
「カードにさ、絵や写真が載ってるだろ、それに関する説明文が書いてあって、それを眺めながら色々想像するのが最高なんだよ」
私は指に挟んでいたモンスターカードを顔の前に持って来て、印刷された文字を読んでみた。
モンスターNo.038【イッヌマン】
体長3m・体重250kg・必殺技トオボエクラッシャーアギドビーム
『名犬イッヌが地獄の手術で蘇った!!その姿こそ改造サイボーグ犬!!イッヌマンなのだ!!』
「図鑑とかじゃダメなの?」
プロ野球やW杯ならもっと詳細で公式情報を網羅した書籍があるだろうし、空想上のキャラクターでも、例えばバグモンなんかいくらでも図鑑や大百科が出版されている。
「それじゃあ、面白味がない」
翔平はやれやれ、といった顔で説明を続ける。
「カードの形で手のひらに収まっているとさ、それ自体を所有したような満足感があるだろ?それに図鑑だとそれ単体で完結しているじゃないか。その続きや、まだ知らない情報が隠されている可能性への期待感がない」
…わかるような、わからないような。
ホラ、こういうのとか最高だろ、と翔平はいやに地味で安っぽいカードの束を差し出した。
それは地方ごとに役所が発行しているダムやお城のカードだった。
それぞれ写真の下に建造物がある場所や、大きさ、歴史等が記されている
その中に、人の顔写真があることに気づいた。

「なんで人の写真が…?」
偉人やタレントの写真では無いことは一目でわかる。
普通のオジサンが記念撮影で撮ったような簡素な写真だ。
「きんさい!村おこし村民トレカ…?」
「たしか、それはネットフリマでまとめ売りされてた中に入ってたカードだ、珍しくて面白いだろ?」
一般オジサンのカードを覗き込んで困惑顔の私に、翔平はそう説明した。
「そういえば、村おこしでこんなのやってる自治体があるってニュースで見たことあるような」
「そのカードけっこう気に入っててさ、今度その村にコンプリート目指してカード集めに行こうと思うんだよ」
松田は目をキラキラと輝かせていた。
こういう人間が実際に現れるのだから、村おこしとしては成功しているのかもしれない。
「そうだ、萌花も興味があるなら一緒に行こうぜ」
物珍しさで少し長くカードを眺めてしまった、私がこういうカードに興味があると勘違いしたらしい。
旅行自体はかまわないが、その旅行先が『村民トレカを配布しているどこかの村』では御免こうむる。
こんな企画で客寄せをしているということは、実際には観光名所もほぼ皆無に決まっている。
「あ~、私はいいや、集まったらまた見せてよ」
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それからしばらく私は、そのカードのことなんか忘れて、いつもとかわらぬ自堕落な大学生活を満喫していた。
映画サークルのほうはというと『重要文化財』の余韻もあり重厚な名作映画を選んで流されていたが、一週間も経つとそのモニターは『忍まる乱治郎』を映し出していた、最後のプライドで劇場版。
しかし舐めてはいけない、コレが大変面白い。
真剣なまなざしで忍者のたまご達と、その先生たちの交流に目頭を熱くさせていると突如、声をかけられた。
「最近さぁ松田のやつサークル来ないけど、なにしてんの?」
声の主はビールのピッチャー部長だった。
そういえば私が部屋を訪れたあの日以来、翔平はサークルはおろか大学の講義にも出ていない。
「あ~多分アイツ旅行に行ってますね…思いついたら行動力だけはバカみたいにあるんで…」
「旅行?どこに?」
ことの経緯を説明すると、思いのほか部長はその話に食いついた。
「なにそれ!?メッチャ面白そう!!鈴木くん、その村民トレカを探しに村を訪れて、様子を動画に収めてきてよ」
「えぇ!なんでそんなことしなきゃいけないんですか!?」
急すぎる意外な提案に私は大きな拒否の声を上げた、イヤだ、めんどくさい、そもそもそんなお金はない。
「その様子をさ、編集すればドキュメンタリー映画みたいになりそうじゃん、編集とかはこっちでやるし、交通費と宿泊代くらいはサークルから出すからさ」
飲み会で高らかに宣言していた自主製作映画というのは、あながち勢いの出まかせでもなかったらしい。
「う~ん…」
「ホラ、松田くんも探して連れ戻さないと、そろそろヤバイでしょ」
私が少しでも思案する隙を見せると、部長はダメ押しとばかりに畳みかけてきた。
交通費と宿泊代がサークル活動費で負担されるならまぁいいか。
部長の言う通り、翔平は講義にも出席していないから、このままだと単位を落とすかもしれない、まぁ別に私はかまわないけど。
今から私も村まで行くから、場所と行き方教えてよ。
そう言おうと翔平のスマホに電話をかけるが「現在この番号は通話ができません」のアナウンスが流れるだけだった。
まさかスマホの電波すら届いてないのか、そんな場所が日本に存在するなんて。
『きんさい!村おこし村民トレカ』
ネットで検索してもほとんど情報は無かったが、インスタやXで個人が発信していたわずかな情報を集めて、なんとか配布をしている村の場所だけは判明した。
H県F市T村。
私の住んでいる場所から新幹線で三時間、そこから在来線に乗換えてまた二時間もかかる。合計五時間!?
経路と所要時間をネットで調べた段階で私の心は完全に萎えていたが、サークル初の映画制作事業という響きに、テンションの上がったメンバー達から万歳三唱で送り出されて今に至る。
やっとのことで降り立った目的の駅で、ちょうどこちらに歩いてくる第一村人を発見し、村民トレカのことを尋ねた。
「はぁ?村に行くんだったらバスじゃないと、ホレそっから出とるわ」
…まだここは村ですらなかった。ゴメン、第一町人。
バス停の時刻表を見ると『T村入り口行き』というバスは14:10発だった、スマホを見ると現在時刻は13:35だから、到着まであと三十分以上もある。
「うぁ~マジかぁ~」
すでに乗り物疲れしていた私は、さらなるバスの待ち時間を知ってゲンナリしてしまった。
しかし改めて時刻表を確認するとその運行スケジュールはスカスカで、日に三回しか時刻が書かれていない。
コレならば三十分後というのはマシなほうらしいが、私は別の不安に駆られた。
土日の休みを利用して来たのに…はたして月曜の講義に間に合うように帰れるだろうか?
バスは予定時刻から、さらに五分遅れて停留所に到着した。
もう運行はしていなくて、バスなんて来はしないんじゃないかと思った。
なんならこのまま来ないでくれれば、サークルメンバーも納得して諦めてくれるんじゃないかと、一抹の期待を抱いた矢先であった。
「どこまで行くの?」
発車からしばらくして、ボーッしている私の耳に声が届いた。
一瞬なんの声だろうと思ったが、車内に乗客は自分しか居ないので、運転手から私に向けられた言葉だと理解した。
「あ、えっと、T村入り口まで」
私の返事に対しては運転手の応えはない、なんという失礼な態度。
乗客が私一人しか居ないから、運転する分には停車場所がわかっていたほうが楽なんだろう。
それにしたってもう少し愛想よくしてもいいんじゃないか。
バスから見える景色はすぐに建物が疎らになり、山道へと入った。
細かくカーブして身体が右に左にと揺られた。
ドキュメンタリーの映像に必要かもと考えてスマホを窓の外に向けて撮影を始めた、緑をどんどん濃くしながら流れる景色を画面越しに眺めつつ『きんさい!村おこし村民トレカ』について考えてみた。
「きんさい!」という言葉が「金祭」という五穀豊穣や土地の幸運を願ったお祭り、もしくは「勤祭」のような日頃の勤めを労って英気を養うためのお祭りを指していた場合、そのお祭り期間中で限定配布の可能性がある。
訪れたタイミングで都合よく手に入るとは限らない。
その場合、はたして部長はちゃんと旅費を出してくれるだろうか…
ギイィィィユィイィィィ…ッ!!
軋んだブレーキ音が耳をつんざいて、私は身体をビクッと震わせた。
古い車体がゆっくりと停車する。
窓の外を撮影していたはずのスマホは、いつのまにか座席にほおり投げており、不自然に曲げていた首が痛い。
「お客さん、着いたよ」
どうやら寝てしまっていたらしい。
降ろされた場所は山中の道路にポツンと『T村入り口』と書かれた錆びた停留所の看板が置かれているだけ。
…狐か狸に化かされてるんじゃなかろうか。
注意深く周囲を観察すると停留所の横に、舗装もされていない細い道が伸びていた。
その道が進む方向を、さらに先へ先へと視界を移動させると、森のなかに突如として人工的な区間があることがわかる。
村というから茅葺き屋根の民家でお隣同士のあいだは離れていて、自然に溶け込んだ風景を想像していたのだが、実際には年季は入っているがコンクリート製や瓦屋根の家が密集して建っている。
周囲の森がそこだけポツンと切り取られ、人の生活がギュッとまとめられて存在しているという印象を受けた。
…まさか、あそこまで歩けと?
まだ幻でも見せられているような気分だったが、このまま野宿する訳にもいかないので凸凹で未舗装の道を歩く。
夕方にもならない時刻だというのに空は絡み合った山の木々に覆われ、太陽の光を容赦なく遮断している。
薄暗くギャアギャアと姿の見えない獣の鳴き声だけがこだまする山道を歩いていると前後不覚に陥り、自分は前へ進んでいるのか、そもそも先ほど遠目に見た集落は存在するのかすら不安になってきた。
いつしか足は棒のようで靴は土埃まみれにはなったが、集落の姿は蜃気楼でも妖怪変化でもなく、私はそこまでたどり着くことが出来た。
やはり遠目から見た印象通り、田舎の村というより寂れた温泉街の縮小版といった感じだった。
これは平成レトロどころか昭和だな、昭和時代に撮影された映画で見た覚えがあるような光景だ。
まずは荷物を降ろしたい、私は取り急ぎ今夜の宿を探すことにした。
しかしホテルのような建物は見つからず、誰かに聞こうにも人通りもない。
よく考えれば、こんな観光地でもない集落にホテルなんて無いのでは…途方に暮れかけているところで【民宿】の文字が目に入った。
外観は普通の個人宅のようだが…宿と書いてあるからには泊まれるのだろう。
恐る恐る、玄関ですいませんと声をかける。
「どうぞ」という声が聞こえたので引き戸を開けると、中からお爺さんが現れた。
お爺さんはメモ紙とボールペンを手に持っていて
「宿泊台帳代わりなんで、ここにお名前を」
と言われたので、それに素直に応じる。
鈴木萌花
「鈴木さんですか、良いお名前ですね」
どこかだ、思わず脳内でツッッコミを入れた。
萌花のほうならまだしも、鈴木は平凡にもほどがあるだろ。
「いや~、ホテルは見つからないし、ここで断られたらどうしようと思いましたよ」
この村に宿はこの民宿だけですから、と主人は言った。
「ということは村で唯一の宿泊施設のご主人なんですね、もしかして村民カードになってたりします?」
「はぁ…?」
一瞬なんのことかと思案した主人だったがすぐに思い当ったようだ。
「あぁ、カード。それなら『きんさい!村おこし村民トレカ』ですからねぇ」
もちろん、唯一の宿泊施設の主人ですから参加してますよ。
私はそういう意味に受け取った。
「あ!では一枚いただいてもよろしいですか?せっかくなので滞在中に出来るだけ集めようと思っていて」
「いえいえ、私はもう生まれた時からこの民宿に住むジジイですので、カードなんてそんな」
…どうも話が噛み合っていなかったようだ。
そういうことは若いモンにまかせてますから、ということだろうか?
こういうことはむしろ代々の土地の人や、年寄りが協力してやらないと上手くいかないのではないかと思う。
町おこし青年団や、地域活性協力隊のような比較的若い世代の人が、頑張って企画や魅力アピールをしているのに、他所から来たお客さんに対して地元の年寄衆がイビッて追い出してしまうというニュースや動画を見たことがある。
田舎には田舎の決まりがある。とか
代々住んでるワシらの方が偉い。とか
地方問題の現実を少しだけ垣間見てしまった気分だ。
「そうだ、カードならここにあったな…ちょっと待ってくださいね」
オジイサンは玄関脇に設置された机の引き出しを開けてゴソゴソしはじめた。
「はい、コレを差し上げますよ」

知らない民宿のお爺さんから、知らない美容室のオバサンのカードをいただいた。
記念すべき一枚目としては、なんという達成感のなさ。
そのカードを見ながら、もうひとつの目的を思い出した私は松田翔平という大学生が宿泊しなかったか聞いてみた。
「大学生の松田さん…さぁ?そういう人は知らないですねぇ」
松田が村で唯一の民宿に泊まっていないとなると、失踪したのはこの村を訪れるためという私の予想は外れだったのかもしれない。
最悪だ、無駄足にもほどがある。
明日は大き目の駅にホテルを取って、ちゃんとした観光をしてから帰ろうと決意した。
客室へ通される途中の廊下には子供用のオモチャが転がっていて、ビニールひもでまとめられた雑誌の類が隅へと寄せられている、大人二人の重みでギシギシと音を立てるその建物の生活臭に、私は戸惑いながら老主人の後ろをついて行く
「こちらの部屋になります」
老主人は廊下の突き当りに位置する襖の取っ手に手をかけた。
まさかこの襖が開くと、そこには見ず知らずの団らん中の家庭があり、私は今夜その家族と食卓を囲みながらテレビを見て、川の字に敷いた布団で寝かされるのではあるまいか?
そんな私の予想に反して、開け放たれた部屋はいたって普通の旅館のような作りだったので安心した。
荷物を放り投げて足を伸ばした、足裏からじんわりと疲労が抜けていく感覚がして気持ちいい。
これからの行動予定を頭のなかに思い浮かべてため息をつく。
「撮影はしないとなぁ」
そうしないとこの苦行の旅が、自腹という地獄になりかねない。
それならば、こんな村に長居などはしたくない、必要な撮影は今日中に終わらせてしまいたい。
ほどよく疲労の抜けた両足をもう一度奮い立たせる、幸い私は若さの恩恵によりやる気はないが、体力はまだまだ残っているのだ。
民宿を出た私はスマホのカメラを起動したまま、賑わっていそうな場所を探して商店が集まっている様子の通りを歩いた。
一応、ポスターや宣伝の旗をかかげた建物が並んでいるので商店だとわかるが、活気などは皆無で風景全体にモヤがかかったように燻っている。
「あっ、このお店…」
そこには白いペンキで塗りつぶして上から『電気屋・山田』と書かれた看板があった、以前は別のお店だったのだろう。
入口のドアにビニール製のポケット状の袋がぶら下がり、その中に例の村民トレカが入っていた。
いまのところ個人経営の電気屋に入っても買い物の用事はないから、申し訳ないがカードだけ1枚いただいておこう。

うん、やはり翔平の部屋で見た物と同じカードだ。
「そのカード集めてんの!?」
突然、背後から声をかけられて私はワッと悲鳴を上げそうになったのを、寸前のところで飲み込んだ。
振り返ると声の主は男の子だった。
五歳くらいだろうか?赤く膨らんだ頬は子供らしいが、細く釣り上がった目が少し生意気そうな印象を与える。
「そのカード!!集めてんのッ!?」
男の子は口調を強めて、もう一度おなじセリフを繰り返した。
「集めてるっていうか…うん、多分…集めてる?」
店外に放置された配布用カードとはいえ、黙って取っているところを子供に見られて少し動揺してしまった。
ここは冷静な対応で大人の尊厳を取り戻さねばなるまい。
「キミこれ知ってるの?お姉さん取材してるんだけどインタビューしていい?」
そう問われてスマホを向けられた子供は、得意げに胸を張って言った。
「山田はノーマルカードだから、俺なんて36枚持ってるモンねぇー!」
それはドア前の袋からゴッソリ抜いただけだろう…
「そうなんだ、山田さんは昔からこの村で電気屋をしてるの?」
「?…これは『きんさい!村おこし村民トレカ』だよ?」
「それはわかってるよ」
「…?」
なにを言ってるんだこの大人は?という顔でキョトンとしている
「まぁいいや、このカードがもらえる他のお店ってあるの?」
怪訝そうな顔のまま、通りの先にある『喫茶こばやし』の看板を指さすと子供は走り去ってしまった。
急に不審者扱いか…子供はよくわからない。
カランカラン
喫茶店のドアを開けると小気味いい音がして、続けて店主の声が店内に響いた。
「いらっしゃいませ~」
そこは若い夫婦がやっているお店だった。
建物の外観は古く、昔ながらの地元喫茶店という風貌だったので、てっきり渋めのマスターでも出てくるのかと思った。
なにも頼まずにカードだけ欲しいなどと図々しいことは言えないので、案内されるがまま椅子に座り、アイスコーヒーを頼むついでに村民トレカを所望してみた。
「あぁ、アレですね」
注文を聞いた奥さんは、すぐにカウンターまでカードを取りに行ってくれた。

あれ?立花夫婦?…表の看板は『喫茶こばやし』だったような…
『喫茶たちばな』のように本名じゃないにしても『喫茶木漏れ日』とか、それっぽい単語ならわかる。
『こばやし』になにか意味があるのだろうか?変わった店名を付ける夫婦だ。
アイスコーヒーとストローがテーブルに置かれる。
普段なら自然とついてくるアレは、あとから持って来てくれるのだろうとしばらく待つが、音沙汰がないのでコチラから聞いてみた。
「すいません、ガムシロップとミルクありますか?」
喫茶店では何気ない、当たり前の要望だと思って口にした私の言葉に、夫婦はにわかにバタバタとし始めた。
「あっ…ガムシロとコーヒー用のミルクってどこにあるんだっけ…?」
「え~と、そこの引き出しは?」
「ないよ…え?もう使い切ったのかも…」
なにやら二人揃って手慣れていない様子だ。
「あ、大丈夫です。ブラックで飲むんで、スイマセン」
お詫びにと持って来てくれた豆菓子を会釈で受け取りながら、私は気になったことを聞いてみた。
「あの~、お二人はいつからここでお店を?以前はどちらに住まわれていたんですか?」
「そう聞かれても…私たちは『喫茶店の立花夫婦』ですから」
またもや受け答えが噛み合わない。
この村に来てから何度も味わっている違和感だった。
私は手元にある村民カードを見る、喫茶店の立花夫婦…
「じゃあ、このお店のオススメってなんですか?」
「はい!この村はじめての喫茶店のパンケーキです!」
この質問には即座にハッキリとした答えが返ってきた。
「えっと、この村の良いところって…?」
「はい!みなさん親切で自然が近いところです!」
もしかして…カードの説明文に書かれているから…?
不審に感じた私は夫婦に見られないように、そっと村民カードの顔部分をスマホの画像検索で調べてみた。


この人も、この人も、行方不明の届けが出ている…。
若い夫婦は行方不明の記事こそなかったものの、隣の県でアクセサリー屋をやっていたらしく夫婦の顔写真入りで店内を紹介したインスタグラムが見つかった。
そのインスタは5日前から更新が途絶え、店も開けられていないと常連らしいアカウントが心配のコメントを寄せていた。
私は【きんさい】という言葉が気になって、意味をスマホで調べてみた。
:【きんさい】来なさい→きんさい。そこから「いらっしゃい」の意味へと変化した方言。:
このカードはいらっしゃい…いや、【来なさい!村おこし村民トレカ】という意味ということ…
つまりコレは『現地住民を紹介するトレカ』ではなく『村に来て村民にされた人間のトレカ』だったのだ…
ザワッと胸騒ぎがした。
アイスコーヒーも豆菓子もほとんど残して、夫婦の喫茶店をあとにした。
駅までのバスがまだあるなら、荷物を回収してもう帰ろう。
無ければ民宿の部屋でジッとして、明日は一番のバスに飛び乗ろう。
そう考えながら早足で民宿への道を戻っていると、過ぎていく景色のなか、視界の端に捉えた人影に違和感があった。
そこは一軒の店舗、ガラス越しに見えた人影。
パステルカラーの店舗用テントは薄汚れていて、可愛らしいはずの色合いとのミスマッチが哀愁を醸し出している。
そこに書かれている文字は【ファンシーショップ】
…聞き覚えはあるが、いまだにそんな名称で営業しているお店は初めて見た。
ガラス窓越しに店内を察するに、要は文房具屋らしいが。
そしてソコに見えたのは…
「翔平!」
私が叫びながら店のドアを開けると、翔平は不思議そうにこっちを見たあと、店内をグルッと見まわして
「えっと…いらっしゃいませ?」と言った。
「なにしてるの翔平!?この村変だよ!はやく一緒に帰ろう!」
捲くし立ててから改めて翔平の恰好に気付いた、似合わないエプロンをブラ下げている。
明らかに客ではなく、店員としてここに立っている風だ。
「すいません、お客さんなにを言ってるんです?」
冗談を言っているような顔ではない。
私を知らない目、初対面の愛想笑い。
私は身体が震えて後ずさる、さっきから手に持ったままだった村民カードがハラリと落ちた。
「あぁ、なんだお客さん、それ目的ね」
「良いですよねこういうカード。俺も好きですよ」
「じゃあコレ、うちのカード」

早く!!
早くこの村から出よう!!
バスが無くてもかまわない、駅のある町まで夜通し歩いてもかまわない。
とにかく、ここを、離れたい。
私が必死で走る前方に、ランドセルを背負った小学生たちの姿があった。
ワイワイとお喋りしながら家路に着いている。
「ユウくんスッゲー!!それ新しい奴じゃん!!」
「へへー!ついさっき追加されたんだ!!」
空はすでに夕日で真っ赤になり、楽しそうに帰宅する子供たちのシルエットを浮き上がらせている。
誇らしげにを手を掲げた子供の影が、夕日を浴びてひときわ長く私の足元まで伸びていた。
さてと、そろそろ私も自分の書店に戻るとするか。

