僕らのユメが聴こえる

「で、部員は何人いんの?てか、部室って音楽室じゃねぇの?」

合唱部に入ると決めた翌日。
早速、放課後に活動をすると言うからついてきたけど……

「……ここだよ」

「え?」

紗蘭(さらん)が立ち止まったのは、明らかに使われていなさそうな空き教室の前。
ガチャガチャと古そうな鍵を開け、扉を開くと――

「っ!うわ!埃だらけじゃねーか!!」

「……そうだね」

「はぁ?ほんとにここで合ってんの?」

「うん。合ってるよ」

「掃除して使えってか?酷すぎんだろ!つーか、他の奴らはまだ来ねぇの?」

「……来ないよ、誰も」

「は?」

紗蘭の発言に耳を疑う。
こいつは、今、誰も来ないと言った?
え?何それ?急なホラー展開?

「……僕が作ったのは、『合唱部』じゃないんだ」

「っ、え、マジでホラー展開じゃん」

「僕が作ったのはね……」

紗蘭は意味深な視線を俺に向けたあと、ゆっくりと近づいてくる。
妙な緊張感に心臓がざわめいて、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
紗蘭はそんな俺にお構いなく、耳元に口を寄せた。

「『同好会』だよ」

「……は……」

「僕が作ったの、合唱『部』じゃなくて『同好会』。部員は、僕と響香(きょうか)だけ」

「……え?」

呆然としている俺を見て、紗蘭は真顔で「てへぺろ」と軽やかに言ってみせた。

「なんじゃそりゃぁああ!!!」





紗蘭による衝撃の告白から二時間。
ついに、最終チェックのときが来た。

「っ……」

俺は静かに跪き、部屋の隅を指で撫でる。

「……!」

それを確認するや否や、振り返って紗蘭を見つめた。

「……!」

紗蘭も確認を終えたあと、俺たちは同時にグッジョブポーズを天に掲げた――。

「……埃なし、掃除終了ォ!!!!!」

「あー疲れたー」

「てめぇほぼ何もやってねーだろ」

「酷いなぁ」

合唱同好会、活動初日。
記録・部屋の大掃除。以上。

「ったく、もうこんな時間。帰らなきゃじゃん」

「そうだね」

近くのホームセンターに掃除用品を買いに行き、超がつくほど集中して部室(同好会室?)を掃除して……
部屋が綺麗になる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ちなみに、紗蘭は掃除開始直後からくしゃみを連発したため、ほとんど見学させる羽目になり、実質俺が一人で掃除した……。



「そもそも、なんで部活って嘘ついたんだよ」

帰り道、隣を歩く紗蘭に尋ねる。
紗蘭とは背の高さがほとんど同じだから、そいつが少し気まずそうに目線を逸らしたのがすぐに分かった。

「……同好会って伝えたら、響香が『ショボい』って言うかなって」

「おいお前の中で俺はどんなイメージなんだよ鬼か?」

「ある意味?不良だし」

「正直だな……はぁ、不良なのは否定しねーけど、別にショボいなんて思わねーよ。好きなことやるのに、ショボいも何もあってたまるか」

「……!」

「え、何その顔」

なぜか、紗蘭が目をまん丸にして俺を見るから、若干居心地が悪い。
すぐにいつもの真顔に戻ったから、ちょっと安心したけど。

「ていうかさ、明日から何すんの俺たち」

「歌を歌うよ」

「いやまあそうだけど……合唱っていうから、てっきりコンクールか何かに出んのかと思ってたけど、二人だと無理だし」

「……明日、楽譜を持ってくるよ」

うむ、会話にならない。
しかし、何かしらの考えはあるみてぇだし、明日聞くのでも遅くはないだろう。





「文化祭の有志ステージ、申し込んだから」

「はぁ!?」

「とりあえず、早く響香と歌いたい。直近で歌える場所って、文化祭じゃない?」

「そ、そうだけどお前、もう一ヶ月ないくらいだぞ!?一刻も早くやんねぇとやべぇじゃん!」

明日からでも遅くない……と思った昨日の自分を殴りたい。
活動二日目、紗蘭は涼しい顔で、来月の文化祭に出ると言い出した。

「僕と響香なら大丈夫でしょ。そんなに不安?」

「っ!べ、別に?不安とか?思ってねーし?」

紗蘭の発言にまんまと煽られて、五歳男児みたいな返しをしてしまった。
俺の精神年齢が低く見えるとしたら、それは兄ちゃんのせいだ。
あの日だって、彼女にフラれた兄ちゃんが、ちっちゃなことで八つ当たりしてきたから、俺までストレスが爆発して……
そんで、あの河川敷で歌ってたところを、紗蘭に見られていて……
だから俺は今、こいつと一緒に歌おうとしていて……
そう考えると、もしかすると俺は、兄ちゃんに感謝すべきなのかも……なんてな!
ムカつくからそんなこと思ってやんねーぞ。

「はいこれ、楽譜ね」

「おー」

脳内で調子に乗り始めた兄ちゃんを追い払って、紗蘭に手渡された楽譜を見る。

「……これって……」

そこには、俺もよく知る楽曲の名前が書いてあった。

「『点描の唄』……あの日、歌ってたよね」

そう、河川敷で歌っていたのは、まさにこの曲だった。
デュエットできる曲だけど、あのときは当然一人で歌っていたし、この先誰かと歌うことも考えていなかった。

「あのとき、響香の歌を聴いて、僕は……この歌声に音を重ねるのは、他の誰でもなく僕がいいと思ってしまった」

「……!」

紗蘭は、まるで恋をしているかのような声と言い方で、俺へ特大のアプローチをしてきた。
そんな切なげな顔で、そんな熱いことを言われてしまったら……

「……紗蘭」

「……?」

「ぜっったい成功させるぞ!!」

ボルテージも上がっちまうってもんだろ!!

「っしゃ、早速歌ってみ……あれ、これ誰がピアノ弾くん」

「あ、それは大丈夫。僕が弾くから」

「は!?ほんとに大丈夫!?」

「もう弾けるから。それに、響香は弾けないでしょ」

先ほど愛の告白(のようなもの)をしてくれた紗蘭はどこへやら、澄ました顔でスパッとそう言い切られる。
ぐぬぬ……と、悔しがる俺をよそに、紗蘭はスマホを取り出して、何やら再生ボタンをタップした。

〜♪

「……!」

流れてきたのは、点描の唄のイントロ。
美しいピアノの音は、紗蘭が演奏したものなのだろう。

「さ、歌って」

「!ああ……」

一番は、俺のソロパートから始まる。
改まって歌うのは少し緊張するが、それよりも今は……ワクワクの方が勝っている。

息を吸って、声帯を震わせる。
目を閉じれば、自分でも女みたいだと思う声だ。
何度もバカにされた高い声。
紗蘭は、本当に、この声を……?

チラリと紗蘭の顔を覗く。
表情は……いつもとあまり変わらない。
若干の不安を感じる中、まもなく紗蘭のパートが――。


「っ……!」


その歌声が鼓膜まで届いたとき、身体の芯に、すうっと撫でられたような感覚が走る。
感動という言葉では表しきれない心の震えが存在することを、俺は今、初めて知った。


「ちょっと響香、歌うのやめないでよ」

「ぁ……っ、わりぃ、いや、だって……」

じわじわと顔が熱くなるのが分かる。
この熱は、怒りでも闘争心でもない。
けど、ぴたりと当てはまる感情が見つからない。
でも、そうだな、例えるなら、それはまるで……

……ああ、そうか、だからさっき、紗蘭は――。

「……惚れたんだから仕方ねぇだろ」

「は?」

「俺も、紗蘭の歌に、惚れた!」

「っ!」

「だから早く歌いたい!ほら最初からやんぞ!」

再生時間を0:00までスライドして戻す。
胸の高鳴りが止まらない。
だって、お互い相手の歌に惚れたっていうならさ、それが重なったときは――。


重なる瞬間、紗蘭と視線を交えた。
言葉じゃ表せないものも、歌にしたら伝えられるのだと思えた。
俺たちは今、確かに、この歌を通して会話をしているから。


「……楽しかったな」

「うん……僕は、響香と歌うために、声変わりしたのかもしれない」

「……!俺も、そうかも」

コンプレックスが愛おしくなったこの日から、俺と紗蘭の合唱同好会は、本格的に始動した。