祓い人菊理の恋情奇譚


それから村里は、白山の霊水の雨のおかげで、正気を取り戻していた。私と妖の主がやり取りしている裏で、和泉が動いていたらしい。

数日かからず、大名から調査のための役員が派遣され、下手人の疑いがある鷲夜と三鷹の遺体を回収しようとしていた。

しかし、和泉が大名より上の伝手と交渉し、三鷹の遺体だけは令を取り下げられた。
ただ代わりに叱りの書状を受けたようで、近々呼び出しに応じなければならないと、憂鬱そうであった。

辱めを受けずに三鷹を弔うことが出来る。
私が心の底から感謝の気持ちを伝えれば、和泉は薄笑いを浮かべて「気にするな。あれらは叱ることが仕事なのだ」と軽妙に返事を返す。
私に気を負わせないようにするのが、本当に上手な男だ。

それから白山の霊水を汲みに行き、妖の主が封印されていた岩山へと赴いた。

鷲夜が言っていた崖下を、和泉が降りて確認すれば遺骨が二人分見つかった。回収し、赤子は近くの村で、父は母の隣に弔った。どちらも白山の霊水をかけてやり、清浄さを保たせ供養した。

そして、三鷹の母が弔った三鷹の墓へと足を運び、墓石に霊水をかけると、閉眼し手を合わせた。

――様々な思いが駆け巡る。
妖の主と気付かずに接していたこと。
三鷹は私のことを想っていてくれていたのに、それに応えることが出来なかったこと。
結婚の約束をしておきながら、私から破ってしまったこと。
……謝罪しなければならないことばかりだ。

目を開ければ、何も変わることのない墓石が目に映り、切なさを覚えた私は、情けない気持ちで言葉を小さくて零した。

「三鷹は――赦してくれるだろうか?」

私の呟きに、和泉は可笑しそうに笑みを浮かべ肩をすくめると、軽い声音で返事をする。

「赦さんだろうな。どこの馬とも分からん男と結婚した菊理の迂闊さを、きっと今頃嘆いている」
「……ふ。確かにそうかもな」

泣き出しそうになりながら、穏やかに笑う。
結婚の約束を交わしときながら、息をするように冗談しか言わない男を何故選んだのかと、問いただされるだろう。

そうして思い出す。
三鷹は私を恨むような男ではなかったことを。
寧ろ、少しでも疑ってしまったことを怒られるだろう。
また来ると挨拶をして、私たちは背を向けた。

本当はこのまま村里に残り、供養していきたいが、私がいることで辛い思いをしてしまう人がいる。

目を覚ました雪白は、魂が抜け落ちたように無気力で、事情を知った集落の人達が彼女に手厚く世話を焼いたそうだ。
村里の騒動が収まるまでは、長の家で面倒をみてくれていたらしい。

長の孫娘が遊ぶようねだっても、以前のように応えることはなく、放っておけば一日中座って床を眺めている生活を送りそうな程に塞ぎ込んでいた。

私と和泉が戻って来るのと入れ替わるように、雪白は長と共に村里に帰ることになった。

集落の入り口で、心配をしてくれていた人々に見送られ、代わる代わる声をかけられていたが、雪白は返事をすることもなく、ただ暗い顔で俯いていた。

沈んだように顔を下げていたが、集落の長の孫娘が母親とともに最後に駆け寄り、彼女にお手玉を差し出した。

それを目にした雪白は口を小さく開いたあと、僅かに微笑みを溢してそれを受け取った。
そして、長とともに背を向けて村里に帰っていく。

その背中を遠くの物陰から見送っていれば、隣にいた和泉が声をかけてきた。

「いいのか? 挨拶をしなくても?」
「……ああ。ここで会って謝罪したところで、雪白の想いが報われるわけじゃない。それなら、私を恨んでくれていたほうがいい」
「そうか」

やるせない気持ちを私に向けて、少しでも気を紛らわしてくれればいい。

恐らく、今生で私たちが言葉を交わし合うことはないだろう。
互いに別々の道を生きて、再び死後の世界で相まみえた時に、三鷹とともに、この時のことを語ることになるだろう。

その日が訪れるまで、私たちは懸命に生きなければならない。
それが今生に残った私たちの、やるべきことなのだから――。