刀を構えて対峙すると、真剣であるが故の重みから、空気が張り詰めたものに変わる。
妖の主はゆとりある姿勢がなくなり、険しさを感じさせる表情で私の動きに気を払っているようだ。
刀を構えたまま足捌きで間合いを読み、私から勇ましく足を踏み出し、立ち向かい刀を振るう。
刀同士がぶつかり合っては、しのぎを削る。押し合い、弾き返しては、体勢を整え、再び挑む。
押し合いでは相手が有利だが、瞬発力なら筋力が靭やかな分、私の方が勝っている。
空間が広い分、体勢が崩れたとしても追い込まれる状況にはなりにくいので、遠慮なく動くことが出来る。
祓うことのみに神経を注いでいるおかげか、体が意気込む気持ちに作用するように力が漲っているので、刀の打ち合いが普段以上に調子が良い。
しかし、祓うには首に刀が届かなければ意味がない。
妖の主は私の斬撃を鬱陶しそうに、受け止め、受け流している。
再び距離を空けて対峙すれば、妖の主は構えていた刀を片手で肩にかけるように持ち、面倒臭そうにため息をついた。
「菊理、無意味な争いはやめないか?」
私は訝しげにその真意を問う。
「……怖気づいたのか?」
「――いいや。結果は分かりきってるから、付き合ってあげても良いと思っていたんだけど……折角、穢れきっていた体なのに、神気が練られているのを目にするのは、不愉快な気分になるんだ」
「……三鷹なら綺麗だと言ってくれる」
「……ふ。そうだったね」
妖の主は和やかにおかしそうに笑った。その姿を見て一瞬怯み眉尻が下がる。
私が敵意を見せたことに、苛立ちを覚えているのかと思っていたが、神気に対して嫌悪しているようだ。
予期せず現れてしまった僅かな躊躇いを悟られるわけにはいかず、彼を見据えたまま刀を心の盾にするように持ち直す。
顔が強張りそうになるのを必死に抑えていれば、妖の主は他人を試し遊んでいる笑みを浮かべ、粘りつく視線を絡ませてくる。
私は後退し、威嚇するように吼えた。
「刀を構えろっ!」
「……」
妖の主は薄笑いのまま、肩にかけていた刀を離すと戦意を示す気がないように腕を下げた。
――尻込みする必要はない。情け容赦なく斬りかかれ……!
私は地を蹴った。刀を肩の横で構え、間合いに入ると凪払う。妖の主は後ろにひらりと飛び退いた。
臆することなく、前に出て攻撃を続ける。
躱されては、切り返し、受け流されては体勢を整える。決定打に欠ける戦闘に、私の体に疲れが見え始め、呼吸音が耳に届くようになった。
――差し違えてでも一撃を与えなくては……。
妖の主は避けるだけで自分からは攻撃を仕掛ける気がなく、やはり腕を下ろし、悠々とこちらの様子を窺っている。
彼にとっては遊びなのかもしれないが、その方が付け入る隙がある。思い切って飛びかかるのも手かもしれない。
受け止めたとしても重い一撃になり得るし、避けたとしても、着地からの跳力で一拍置くことなく間合いを詰められる。
私は覚悟を決め後退して距離をとると、妖の主に向かって全力で駆け、地上から足を離すと振りかぶる。
届くまでの時間がやけにゆっくり流れた。
妖の主の顔を見下ろす形で捉えれば、憂いを帯びた表情で私を見つめる。
それが視界に映ると自ずと目が見張り、彼は口を開いた。
「菊理――」
私の名を儚げに呼ぶ声が、昔愛した男によく似ていた。涙が込み上がりそうになって、刀を振るう手に迷いが生まれた。
しかし、知っている。この油断は命取りだと言う事を。
柄を握る手に力を込める隙を与えることなく、妖の主は愉快げに笑みを浮かべて、私の腹を刀で貫いた。
「は……っ」
筋力の抜けていた腹はいとも容易く貫通した。
上げていた両手から力が抜け、刀が離れていく。偶然か、それを確認したように、腹の刀が引き抜かれる。
「うっ!」
痛みが走り、うめき声が漏れ、前方に倒れ落ちれば、縋るように妖の主の体に寄りかかってしまった。
痛みを堪えて離れようとすれば、両肩を掴まれ抱きとめられる。
動くと傷口が広がるが、ここで屈するわけにはいかず、私は両手で体を押し返し、身を捩る。
「は、離せ……」
「あまり動くと傷口に響くよ」
「だ、誰のせいで……」
「菊理が言い出したんだよ。初めから素直に僕と一緒になっていれば、痛い思いをせずに済んだのに……」
私が非難の目を向けているのに、優しい口調で宥められる。
何も言えなくなった私は、戸惑いに駆られながら三鷹の顔を感慨深く眺めた。
刺された箇所が熱く、痛みを訴えているのに、私は心ここにあらずの頭で、弱々しく言葉を紡いだ。
「……どうして殺さない。お前の当初の目的は、私の体を乗っ取ることだっただろう……」
疑問のはずなのに、私はその理由を知っている。答えを照らし合わせるように口に出した言葉に、三鷹が私を安心させるような笑みを向ける。
「菊理は僕の初恋で、愛しているからだよ。絶対に殺しはしないよ」
――なんとなく、察していた。
この妖の主の思考は、三鷹に傾倒している。
既に御霊はないというのに……三鷹の体は私を愛してくれている。
それを知ってしまえば、目頭が熱くなり、涙が止めどなく溢れてくる。
――私はこの男を、祓うことは出来ない……。
祓い人から一人の恋する少女へと変わってしまう。心が弱く、初恋の人の想いを汲んでしまいたいという情がじわじわと心を蝕んでいく。
どうして……どうして、私のためなんかに死んでしまったんだ……。愛しているのなら、こんな苦しい思いをさせて欲しくなかった。私のことなんて放っておけば良かったのに……。
傷口から、悲しみが止めどなく流れている。それは赤く、彼のもとへと繋がりを求めているようだった。
それを気が抜け落ちたように呆然と眺めていれば、三鷹の体が木綿晒しで服の上から止血をし始めた。
私は抵抗する気も起きず、ただ受け入れるだけだった。

