祓い人菊理の恋情奇譚


次の日、早朝に訪れる老人、六郎さんに出掛けることを伝えてから出立した。
道中、色んな話をしながら先へ進む。

「和泉はずっと集落で暮らしていたのか?」
「いや。集落は七歳まで暮らし、その後、父と共に修験道の為、各地の山を巡っていた。それから都の院に入り神仏を習い、祓い人として都に身を置き、放浪し、ニ年前に集落に戻ってきた」
「激動の人生だな。両親はいつお亡くなりに?」
「母は俺と父が修験道中に、流行り病で亡くなり、父は俺が院に居るときだな。北の地で山の怒りを買ったらしい」
「そうだったのか……。人はいつ亡くなるか分からないものだな」
「それでも相見えることは出来る」

声音が沈んでしまった私に、和泉は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、軽快な口調で言ってのけた。
私が虚を突かれた表情で和泉の顔を見つめれば、彼は同意を求めるように目を細める。私は自ずと頬が緩んだ。

妖の主が封印されていた洞窟は、西の岩山で集落から四里(約十五キロ)程離れている。

その昔、人の正気を奪ってしまう妖がいた。亡骸に憑かずとも、人をそそのかし、まやかしを魅せて惑わせ、最後には命までも奪う。

それは憑かれた人だけに留まらず、周りの者達にも被害が及ぶもので。妖の穢れに取り憑かれた者が乱心し、人々に恐怖を与え、殺し回り、妖の穢れが伝染るという悪循環が生まれていた。

初めは近くの村が犠牲になっていたが、その者たちは妖に操られ、普段通りの生活を送っていた。

そうして罠を張っていたのだ。
妖が憑こう求めたのは力の強い者。それは権力者でも祓い人の、どちらでも良かったらしい。
妖が徐々に穢れを広めていれば、次第に人々から妖の主と恐れられるようになっていった。

被害の拡大を危ぶんだ昔の城主が、遂に上位の刀術士と術士達を派遣した。
結果は、広がっていた穢れは徐々に祓われていき、追い込まれた妖の主は西の岩山の洞窟へと逃げ、封印された。

その当時、祓うことではなく封印という形を取ったのは、妖が取り憑いていたのが要人だったとか、本当は追い詰められていたのは祓い人の方とか謂れている。史実は定かではないが、それが妖の主の伝承だ。

岩山には昼時に到着した。
妖の主が封印されていたという、洞窟の入り口には、劣化したしめ縄が千切れて落ちていた。

これが原因で妖の主が現れたということか。
今まで足を運ぶことがなかったが、改めて来てみると色々と気付くことが多そうだ。

洞窟内に足を踏み入れれば、後をついてきた和泉の足が止まる音がして、不可解そうに声をかけてきた。

「お前の村では清め祓いはしていないのか?」
「え?」
「この洞窟、穢れが残っているぞ」

和泉に言われ、私は洞窟内を見回した。
確かに角に残っているほこりのように、所々に穢れを感じる。
私は顎に手を添えて記憶を辿るが、数日間寝込んでいたのではっきりとは答えられない。

「清め祓いはしていると思うんだが……私も父のことで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかったな……」

和泉は顎を撫でながら洞窟内を見回し、心底呆れているため息をつくと、嫌悪が滲んだ表情で言葉を吐く。

「これで清め祓いしてるなんて、よく言えるな。あまりにも杜撰すぎる。ここに居た主が蘇りかねないぞ」

連帯責任を感じ、耳が痛い。
居た堪れない気持ちになり顔を俯かせるが、和泉は気にした素振りも見せずに、歩いて岩壁などを観察すると息をついた。

「……仕方ない。面倒だが、祓っててやるか。――菊理、手伝え。一度集落に戻って、米と水と塩と酒を調達してこい。俺は残留してる穢れを祓っておく」
「分かった」

集落まで往復で約八里あるが、関係のない和泉に後始末をしてもらうのだ。文句を言うどころか、寧ろ感謝するべきことだ。

私は迷いなく走って、集落に向かった。
道中休みながらも着けば、家にある酒が足らなかったので、他の必要なものを調達してから、酒屋を訪ねた。

奥方に事情を話せば、呆気にとられた後に、信じられないものでも見るように目を丸くして、叫ばれた。

「はあ!? 岩山からここまで、和泉が取りに行かせたのかい!?」
「はい。受け取り次第、直ぐに向います」
「この暑い中を走って……しかも往復かい?」
「休み休み走ってますので、心配しなくても大丈夫ですよ」
「……他人に無理をさせるような、性格じゃないと思うんだけどねぇ」

独り言をぼやきながらも、奥方は徳利に酒を入れて私に手渡した。
彼女は頬に手を当てながら、不安そうな表情を浮かべて私を眺める。

「少し休んでいったほうが、いいんじゃないかい?」
「いえ。妖の主が穢れを残しているなら、早めに対処しておきたいので、気持ちだけ有り難く受け取ります」
「道中の水もちゃんと補充しておくんだよ」
「気遣い、ありがとうございます!」

明るくお礼を言って、私は集落を後にした。
途中途中、休憩を挟みながら岩山に戻った。

既に洞窟内の穢れは祓われていて、和泉は私から供え物を受け取ると、用意していた平らな石の祭壇に並べた。

和泉は合掌し、祓詞を唱える。私もそれに倣い、神に祈りを捧げた。

夕方になり、私たちは帰路につくことにした。
和泉は気負っていた態度を崩すと、意気揚々と言葉を発する。

「取り敢えず、これで良いだろう。また後日、神主に正式な儀式の依頼を掛けることにしよう」
「私の村里の不始末のせいで、面倒をかけてしまってすまなかったな」
「それはお互い様であろう? これに関しては菊理も巻き込まれた側だ。気にするな」

和泉は軽く笑って、励ましてくれる。
結局、父の死に繋がる手掛かりを見つけるまでには至らなかったが、洞窟内に残っていた穢れを祓えただけでも良かった。

穢れ――。
私はふと、鷲夜の話を思い出すと歩んでいた足を止めた。

「そう言えば、近くにあった村はどうなったのだろう?」
「村か?」
「ああ。鷲夜が言うには、村人に穢れが取り憑いて、仕事の邪魔をされたらしい」

恐らく、その人たちも祓われたと思うが、村自体の清め払いもしていない場合もあり得るのかもしれない。
私の言葉に、和泉は顎に手をやり厳しい表情で呟く。

「……もしやとは思うが……いや。あれだけ粗雑な事後処理ならば、妥当な考えか。――菊理、村の場所は分かるか?」
「自信はないが、だいたいの心当たりはある」
「案内しろ」
「分かった」

岩山を下り、雑木林に入ると微かに道が残っている場所を見つけ、そこを歩いていく。人が通っている気配はないので、きっと廃村になっているのだろう。

段々と歩みを進めるごとに、異様な空気が漂うのを感じとれば、和泉が無言で私を腕で後ろに押しやった。

和泉が小さく呪文を唱えながら、先行く後に付いて行けば、彼の足が止まる。彼の背の横から前方を覗き見て、私は絶句した。

その一帯、木が、土壌が、家屋が全て穢れている。湿度が高く木の軒は黒く濡れ、地面はぬかるみ、青臭さと腐った臭いが混じり合い、夕暮れの光が差し込んでいる筈なのに、村だった場所は暗黒に呑まれているようだった。

先ほどの洞窟よりも穢れが酷く、私が呆然と佇んでいれば、和泉が前方を見つめたまま鼻で笑う。

「確か、名主が訪れたのは、四年前の話だったか」

私に確認するというよりは、言葉を噛みしめるような言い方で空気が張り詰める。

――和泉は怒っている。
分かりやすくせせら笑うように、軽蔑の口調を発しているが、纏う雰囲気は氷のように冷たい。
触れてしまえば業火のように燃え上がり、触れてしまった者の身を、焼き尽くしてしまいそうな、静かな怒りを彼は抱いている。

それから和泉は無言で歩き始め、私は緊張しながら後に続いた。
家屋が立ち並ぶのが視界に入れば、和泉と私の足が同時に止まる。

――見られている。

腰に携えた柄に左手を添え、私は和泉の前に出た。戦う意思に応えるように、入り口が開いている家屋から、人の亡骸に取り憑いた妖が次々と出てきた。

鷲夜は全てを祓っていなかったということか……!

あまりにも杜撰な鷲夜の仕事振りに、苛立ちを覚えると同時に、目の前の村民たちに申し訳なさを感じて悼む。

刀を抜き、神気を流し中段に構え、襲いかかってくる妖の動きと距離を測るが、突然時が止まるようにぴたりと妖の動きが止まった。

驚くも、目を凝らせば微かに光る五色の糸が周囲に張り巡らせられ、妖たちの体に巻き付いていた。私は振り返ると、息を呑む。

和泉は目を据わらせて妖を映していた。そして低く、感情がない声音で、唸るように言葉を発した。

「今の俺は頗る(すこぶる)機嫌が悪い。出てきたことを後悔しろ」

吐き捨てた瞬間、妖たちに絡まった糸術が青い炎を纏い、焼き尽くすように妖に移ると、崩れるように地面に倒れ伏した。

私は起きたことに目を見張りながらも、和泉に視線を向ける。彼の垂れ下がっている手は印を結んでいた。

私は臨戦態勢を解き、刀を持つ手を下ろすと、視線を亡骸に戻し、朽ちていく様を見つめる。

この人たちの亡骸が、妖たちに弄ばれていたのが四年前からだとすると、なんて残酷で哀れなことをしてしまったのだろう。
鷲夜には止められていたが、それを振り切ってでも、ここに来るべきだった。

悲痛に顔を歪め悔恨していれば、和泉の鋭い声が飛んできた。

「菊理。お前は集落に戻れ。俺は今から白山の霊水を汲みに行く」
「え?」
「お前は一度往復している。これ以上無理をさせることは出来ない。約束の期限は過ぎるが、村里には戻らず、集落で俺の帰りを待っていろ」

言うなり和泉は私に背を向けて歩き始めた。
私は刀を収めると慌てて彼の後を追い、腕を掴んで行く手を阻む。
振り返り冷たい目で見下ろされるが、そんなことはどうでも良い。

「私も行く! この惨状を見た以上、黙って待っているだけなんて出来はしない! 村里の不始末を憂う気持ちとは関係なしに、私の意思で弔いたいんだ!」
「分かっているのか? 今から白山に向かうのだぞ? よく考えろ。正気の沙汰ではないことは、その疲れ切った体なら、すぐに分かるはずだ」

顔を顰めて丁寧に説かれるが、私は引くことなく、和泉の瞳を真摯に見つめ返し、掴む腕に力を入れて、落ち着きを払った口調で言葉を紡ぐ。

「途中で足手まといになるなら、置いて行っても構わない。和泉は私のことなんて気にせず、歩き続ければいい。私はただそれに付いて行くだけだ」

私が和泉の瞳から逸らさず真っ直ぐ、真摯な感情をぶつければ、彼の目が驚くように見開いた。
見つめ合っていれば、和泉は呆れたようにふっと息を漏らし、穏やかに笑った。

「分かった。良いだろう。しかし、行くのは今からではなく明日(あす)にする」
「え?」

私が戸惑うように声を上げれば、和泉は可笑しそうに笑みを浮かべて肩を竦めると、緩やかに理由を口にした。

「急いだところで、着くのに誤差の違いだ。ならば、気楽に行くほうが、道中怪我も少なくて済むだろう。――しかし、今日はもう遅い。ここで休むことは出来ないが、集落までの道にあった小屋で夜を明かすとしよう」
「私のことを気にしなくても、まだ歩けるぞ」
「俺が疲れた。久方ぶりに肩に力が入って、体が痛くて叶わない。だから菊理、俺のために休め」

和泉はため息をつきながら、此れ見よがしに手を置いた自身の肩をぐるりと回した。
いつもの調子で言われてしまえば、何も言えなくなり失笑してしまう。

「分かった。ありがとう和泉」
「どうしてそこで礼がでる。おかしなやつだ」

和泉は楽しそうにふっと笑った。