僕の奇跡と君のキセキ

 加瀬君はあれ以来余計な力が抜けたようで、秋の大会に向けて順調に調子を上げていた。自主練が出来るのも文化祭まで。僕らは残り少ない日々を惜しむように毎日欠かさず練習した。
 僕の日常は、部活をサボりゲーム三昧の日々から、加瀬君との練習と看板制作の二刀流という忙しくも充実したものに変わっていた。

 そして、気付けば文化祭は明日に迫っていた。


 ******


「おーい、上原、ここどうすればいい?」
「ぐらついてるから裏から補強しようか」
「了解!」
「ねぇ、上原君、ペーパーフラワーこれでいいかな?」
「大丈夫、綺麗に貼れてるよ」
「ありがとう、じゃあ完成ね」
「うん、お疲れ様!」

 月を模った装飾は教室の真ん中に配置する予定だ。一番の目玉だけに、かなりたくさんのペーパーフラワーを使用した。ボリューム感もあっていい出来だ。
 僕が美術部だと知れ渡ったからか、最近はやたらとクラスメイトから頼られる。それとも加瀬君といると二割り増しくらいカッコよく見えるのだろうか。どちらにしても悪くない。

 文化祭の準備が始まった当初は、ひとりで黙々と土台のダンボールを重ねていた。こんな事して何になる。楽しくない、学校なんてつまらないと、勝手に殻に閉じこもっていた。それが今は、みんなと一緒にいられることが、大切で貴重な時間だとわかった。もっと早く気づけばよかった。

 机と椅子を端に寄せ、大道具を配置すると見慣れた教室が写真館に一変した。

「みんな集合〜!」

 加瀬君の一声で、あちこちに散らばっていたクラスメイトが集まってきた。当日までは内緒にしようと看板は布を掛けて隠しておいた。全員揃ったところでお披露目だ。五人で白い布を掴んだ。

「せーの!!」

 布を高々と舞い上げた。
 ふわっと浮かんだ布は、ひらひらと羽ばたいているように見えた。

「これで完成だ! みんな協力ありがとう!」
「おぉ〜〜」

 大きな歓声が上がった。

「私のお花、あった!」
「これ、俺のだ」
 
 みんな看板に飾られた自分の折り紙を探している。
 僕はクラス全員に小さな折り紙を渡した。
 折っても、切っても、描いても、何でもいいから自分だけのオリジナルを作ってもらった。その全てを看板の装飾に使った。全員参加の看板だ。みんな喜んでくれてる。大変だったけど引き受けてよかった。

 クラス全員の想いがこもった看板。
 それが加瀬君たちの求めているものだと感じたからだ。
 このクラスの文化祭は一回だけ。
 このメンバーが集まるのもこの一年だけ。
 ボッチなんかしてたら勿体ない。
 加瀬君やみんながそれに気付かせてくれた。
 僕は久しぶりに味わう充足感に浸っていた。

 後は、残った切れ端のダンボールを片付ければ準備完了だ。教室の隅に散らばったダンボールを束ねていると、加瀬君が集めたダンボールを持っていってしまった。

 ひとりで持てるのに。
 変にいいヤツなんだよな。

 僕は残り少ないダンボールを抱えて後を追った。
 昇降口を抜け、階段に出ると加瀬君の背中が見えた。

「待って、加瀬くん」

 キュイーーーン

 何? この甲高い音?
 どこからーー 
 えっ、ボール? 
 こっちに来る!
 危ない、走れ、早く!

 ドスッ!

「うぐぅっ……」

 ドンッ

「うわぁ〜〜」

「加瀬君!!」

 僕は体当たりして、加瀬君を階段から突き落としてしまった。ダンボールと一緒に転げ落ちていく加瀬君をただ茫然と見ていた。舞い上がる砂けむり、飛び散ったダンボール、ピクリとも動かない横顔……

 早く行かないと、早く!
 気持ちとは裏腹に体は震えて動かない。

「はぁ〜、びっくりした」

 加瀬君がむくっと起き上がった。
 どれくらいの時間が経ったのか。ほんの数秒だったのかも知れない。でも僕にとっては永遠のように長く感じられた。
 声を聞いてようやく自由になった体をぎこちなく動かし、加瀬君の元に駆けつけた。

「ごめん、僕がぶつかったから。大丈夫?」
「カッコ悪いな〜受け身も取れなかった」
 
 コンクリートに胡座をかいた加瀬君は照れ笑いを浮かべていた。舞い上がった砂が制服を白く染め上げていた。

「どこか痛い? 怪我してない?」
「いてて、ちょっと捻ったかも」

 無理に笑っているが、痛みで顔は引き攣っている。
 足を痛めた?
 まさか骨折……
 最悪のシナリオが頭の中を駆け巡った。
 今、骨折なんかしたら秋の大会は絶望だ。
 あんなに練習したのに、調子も上がってきたのに。
 全てが台無しになってしまう。
 どうしよう……

「保健室行こう。僕の肩につかまって!」
「大袈裟だな、ひとりで歩けるよ」
「ダメだ! 絶対に足をつくな」

 立ちあがろうとする加瀬君を制した。慎重に肩につかまらせ、そっと立ち上がった。
 ゆっくり、一歩ずつ、歩みを進めた。
 

 ******

 
 全治10日間の捻挫。
 それが養護教諭の診断だった。
 ぐるぐると包帯の巻かれた足は痛々しく、目を背けた。

「ごめん、僕のせいだ」
「気にすんなって、大したことない。上原こそ大丈夫か。目眩でも起こしたのか?」
「ダンボール持ってたからバランス崩しちゃって……本当にごめん」
「そうか、なら良かった。最近忙しかったから疲れてるのかと思ったよ」

 急に体当たりされたんだから、もっと怒れよ。
 そんな安心した顔しないでくれ。
 
「骨に異常はないと思うけど、念のために病院に行った方がいいわね。家の方に連絡したからここで待ってなさい」
「え〜、嫌だよ。ひとりで帰れる」
「言うこと聞きなさい。捻挫を甘く見ちゃダメ」

 ずいぶんゴネていたが養護教諭も譲らず、諦めて迎えを待つことになった。僕も一緒に待ちたかったが、養護教諭に早く帰れと保健室を追い出されてしまった。

「上原、ありがとう。明日頑張ろうな!」
「……うん、また明日」

 いつも以上に明るく振る舞っていたのは、僕を心配させないためだろう。
 本当は不安なはずなのに。
 お礼なんか言うな、全部僕のせいだ。
 もっと僕を責めてくれよ……


 ーーダンボール、散らかしたままだった。
 昇降口へ向かうと、ばら撒かれていたダンボールは片付いていた。

 誰か片付けてくれたのかな、先生かな?

 加瀬君が倒れていた場所も、形跡もなく綺麗になっている。さっきのことは夢じゃないのかと錯覚してしまう。

 そんな都合よくいかないよな。
 魔法使いじゃあるまいし。

「あの、すみません。大丈夫でしたか?」

 野球部の一年生だろうか、青ざめた顔で走ってきた。

「もしかして、君がここを片付けてくれたの?」
「はい、大変そうだったので……」
「ありがとう。保健室で手当をしてもらったから心配ないよ。軽い捻挫みたいだ」
「そうですか……あの、先輩は大丈夫ですか?」
「僕? 何ともないよ」
「ファールボールが当たりましたよね。そのはずみで……」

 足元に転がっていた野球ボールを拾うと、脇腹がズキンと痛んだ。不安そうな一年生にボールを手渡し、精一杯の笑顔を作った。

「関係ないよ。僕が加瀬君にぶつかったんだ。君は何も気にしなくていい。片付けありがとう」

 
 ******


 ペダルを漕ぐたびに脇腹がズキズキと痛む。
 加瀬君の怪我に比べたらこんなのなんてことない。
 全治10日間の捻挫。
 文化祭が終われば本格的に練習が始まるはずだった。
 10日間も遅れるなんて、10日で済むのか?
 もし、もっと長引いたら……

 ゴミ捨てなんてひとりで行けたのに、どうしてあの時、加瀬君を止めなかったんだ。
 きっと今頃、落ち込んでる、
 ひとりで悩んでる、
 僕が悪いのに。

 少し休もう。
 このまま坂を登るのはキツい。
 自転車を脇に止め、制服のポケットからスマホを取り出した。

 僕のせいなのに何も出来ない。
 やっぱり足手まといになった。
 僕が落ちればよかったのに……