僕の奇跡と君のキセキ

 文化祭の準備が順調に進む一方で、放課後の練習は行き詰まっていた。

「セット」 パン!

 ピストルの代わりに叩く手のひらは赤くなっていた。

「上手くいかないな」

 ため息混じりに呟く加瀬君を見ているとこっちまで辛くなる。
 加瀬君はスタートが苦手だ。
 いつも出遅れる。
 でも、その後の加速は目を見張るものがある。誰にでも苦手なものはある。全てを完璧にすることは難しい。それでもこれだけ集中して特訓をしているのに全く成果が上がらないのには、何か理由があるのだろうか。

「そこまで追い込む必要はないんじゃない? 二年でインターハイにも出たんだし、今のタイムでもトップクラスだろ?」

 慰めにはならないかもしれないが、あまり落ち込んでもいいことはない。これだけ努力しているんだ、いつか成果は出るはずだ。

「へへっ、すごいだろ。な〜んてな。上原に見栄張っても仕方ないか。俺さ、去年から殆どタイム縮んでないんだ。みんな期待してくれてるし、秋の大会でも成績残したいんだけどさ。他のヤツらはどんどん成長してるし、厳しいよなー」

 遥か彼方を見る目は弱々しく、いつもの自信に満ち溢れた姿とは別人のようだった。
 
 美術室で描いた加瀬君の絵。
 憂いを含んだ儚げな表情に見えたのは間違いではなかった。本来の加瀬君の繊細で脆い部分を僕は見ていたんだ。

 プレッシャー、一回のフライングで即、失格。
 成績を残すどころか、記録にも残らない。
 加瀬君が思い切ってスタートを切れないのは、それが原因かも。
 頑張れなんて軽々しく言えないけどーーでも。

「なんだよそれ。期待されてるヤツはいいよな。僕なんか人知れず予選敗退で引退だぞ。でもさ、加瀬君はそんな僕を見てすごいって思ってくれたんだろ? 最下位でも失格でも、僕は見てるから。加瀬君はすごいって、頑張ったって僕は知ってるから。だから思い切って走れよ」
「上原……お前……」

 カシャカシャ、カシャカシャ

 スマホのシャッター音?
 いつの間にか加瀬君のスマホが僕を捉えて、ピカピカと光を放っている。

 撮ったのか?
 今、撮ったよな!

「いいもん撮れた。上原の『青春の闇』、いや『青春の光』だな。ほら、いい顔してる」
「うん、よく撮れてる。僕にしては写真映りがいいなって、違うだろ!」

 ノリツッコミしてる場合じゃない。

「これ待ち受けにしよ」

 冗談にも程がある。何が楽しくて僕の写真を待ち受けにするんだ。ご利益もなければ魔除けにもならないぞ。
 魔除けーーそうか、わかった! 女避けか。
 以前、聞いたことがある。やたらとモテる男は女避けにわざわざ指輪をはめたり、待ち受けを彼女の写真にするって。加瀬君は彼女いないのか?それとも彼女を隠すために僕の写真をダミーに使うのか。
 どっちにしても、モテるヤツの考えることは理解できないな。素直にモテておけばいいのに。

「早く消せよ」
「こんないい写真、消すわけないだろ」
「僕の写真より母親の写真の方が効果あるぞ」

 そう、女避けには母親の写真も効果があると言っていた。

「何が楽しくて母さんの写真を待ち受けにするんだよ。お前マザコンなのか? へ〜え、意外だったな」

 もういいよ……
 魔除けでも女避けでも好きなように使ってくれ。
 やっぱり青春とはわからないものだな。