日々、怠惰な生活を送っていた僕が陸上部のエースと自主練なんて昨日までは考えられなかった。
僕は基本に忠実に型通りやっているだけなので、加瀬君に教えられる事なんて全然ないのだけど、それでも僕たちの自主練は続いた。
想定外だったのは、僕のタイムが中学の時よりかなり良くなっていた事だ。これは自転車通学の賜物だろう。途中かなりの急坂を越えて、毎日自転車を漕いでいたことが、知らず知らずのうちにトレーニングになっていたようだ。思ったより体力もあり、今のところ足手まといは免れている。
そんな嬉しい誤算もあり、僕は加瀬君との自主練が楽しみで仕方なかった。
******
「おはよう」
いつものように教室の入り口で、誰に言うでもなく挨拶をして席に着く。すかさず加瀬君がやって来る。
「おはよ、今日もつき合ってくれる?」
『僕はお前の彼女かよ!』と心の中で呟くのも日課になっていた。最初はこのやり取りに驚いていたクラスメイトも、今ではすっかり慣れていた。
「うん、いいけどさ。何かあったの?」
いつも賑やかなクラスだが、今日は賑やかと言うよりざわついている。
「実は、文化祭の、そうだ! こんな近くに適任者がいたじゃないか」
「な、なに?」
何を企んでいるんだ。ニヤニヤして悪い顔してる。
嫌な予感しかない。
怯んでいると肩を組んで顔を寄せて来る。
「ちょっと協力してくれないかな〜」
ひぃっ、やめろ、近い!
お前は距離感がおかしいんだよ。
女子が冷たい目で見てるじゃないか。
クラスのアイドルがボッチとじゃれ合う姿なんて誰も見たくないんだよ。
僕はボッチでもいいけど敵は作りたくないんだ!
そのまま有無を言わさず加瀬君の席へ連行された。机には看板の下書きが何枚も散乱していた。
柏木高校の文化祭ではクラスごとに立て看板をつくり、コンテストを行う。優勝すると翌年の文化祭まで昇降口に展示されるという栄誉が与えられるため、各クラス総力を上げて取り組む。僕のクラスは加瀬君を筆頭にした、いわゆる一軍メンバーたちが担当している。
なんだこれ、スポーツ系、可愛い系、渋め、何枚あるんだ?
「18、あ〜20枚だったかな」
メンバー各々で描いてきたようだけど、なんでこんなにあるんだ。一人一枚でいいだろ。
加瀬君に至っては、ひとりで7枚も描いたらしい。
「このクラスでの文化祭は一回きりなんだぞ。いいもの作りたいじゃないか。俺らはみんなそう思ってる」
すごいな、これが一軍ってことか。
僕なら適当に一枚描いて終わりだろうな。
呆れるよ、でもカッコいいな。
なんだ、このおどろおどろしいのは。お化け屋敷か?うちのクラスの出し物、映え写真館だよな。
「これ石川の。『青春の闇』を表現したらしい。はぁ〜」
クラス一、陽キャの石川君が『青春の闇』?
青春とはわからないものだな。
「みんなの意見聞いてたら、全然まとまらなくてさ。もうお手上げなんだよ。美術部としての意見を聞かせてくれ」
美術部の意見と言われても……
野球かぁ、いいけど一競技だと共感できない人も多いよな。
こっちの山の風景みたいなのは、キャンプ合宿をイメージしてるんだろうな。
校舎、プール、、
どれも悪くないけど、決め手がないな。
この中から一枚を選ぶとしたら……いや待って。
そうだ、これならいけるかも。
「これさ、どれか一枚じゃなくて思い切って全部使ったらどうかな」
「全部使う?どうやって?」
僕の考えはこうだ。
それぞれの下書きから一部分をピックアップする。それを一枚の写真のように土台に貼っていく。みんなの下書きは学校生活にまつわるものばかりだ。一つにしても違和感はない。
「写真か、なるほどな。看板をアルバムに見立てるって事か」
加瀬君はうんうんと頷き、立ち上がった。
「おーい、看板メンバー集合! 打ち合わせするぞ」
集まってきたのは、軽音部のギター&ボーカルの石川君。演奏中はカッコいいのに普段はクラス一のお調子者。野球部で一年からレギュラー、女子ウケは加瀬君に勝るとも劣らない、とにかく優しい関口君。小・中と生徒会長を歴任、現、柏木高校生徒会長、成績優秀、沈着冷静な田辺君。そして陸上部エース、加瀬君。
うちのクラスの一軍、凄すぎだろ。圧が凄い。早いとこ退散しよう。
「どこ行くんだよ。お前も一緒に打ち合わせやるんだよ」
「僕も? なんで!」
「お前のアイデアなんだから当然だろ」
それはないだろ〜
アイデアだけで勘弁してくれよ。『前言撤回』といっても聞き入れてくれるはずもなく、僕は加瀬君の隣というベスポジに座らされた。
******
「写真とは考えつかなかったな。クラスの出し物とコンセプトも合うし、コンテストの評価も高くなるだろう」
そっか、生徒会長はコンテストの審査委員長も兼ねてるんだった。
「みんなの下書きも無駄にならないし、すごくいいアイデアだと思うな」
関口君、優しい。ありがとう。
「最高! 賛成!」
わかりやすい、素直に嬉しいよ、石川君。
「よし! じゃあみんな賛成ってことでいいな。今日中に各自でピックアップする部分を絞り込んでくること。明日の朝、また打ち合わせしよう」
やっと終わった。これで解放される〜
「上原も、な」
嘘だろ……居た堪れなさに心の中で勝手に合槌をうっていたが、実際は黙って座っていただけだ。これ以上は無理だって、心が持たない。
「ちょっと待て。上原は他の担当があるだろ?掛け持ちして大丈夫なのか?」
田辺君の冷静な一言に4人の視線が僕に集まった。
どうする……?
実際に他の受け持ちもあるし、美術部の作品だってまだ出来てない。何より、このメンバーに馴染めるのか?今だって僕だけ浮きまくりだ。
断るのが正解だ。
「えっと、僕の受け持ちは写真ブースの土台作りで、もう殆ど完成してて、後は女子が飾り付けするだけなんだけど……」
断った方がいいとわかっているのに僕の口からは考えと反対の言葉が出た。
「よっしゃーー! じゃあこっからは看板グループのメンバーな。よろしく!」
「うわぁ〜」
びっくりした〜
石川君が背中に飛びついてきた。
細身だけど身長は僕より高いし、不意をつかれたのでよろけてしまった。ふわふわの髪が頬に当たってくすぐったい。一軍はみんな距離感がおかしいのか?
「こら、上原が嫌がってる。くっつくな」
加瀬君が引き剥がそうとしても、頑として離さない。それどころか、ギュッと力がこもる。
「いいだろ、いっつも加瀬が独り占めしてんだから。俺だって上原と遊びたいんだよ」
僕と遊びたいーー石川君が?ホントに?
今、僕は勝手に上がる口角を抑えるのに必死だ。嬉しくて、恥ずかしくて、顔が熱くて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。こんな顔、人に見せられない。見られたくなくて下を向いた。
「石川はお調子者だから、嫌ならはっきり言えよ、上原」
「なんだよ〜 田辺は俺に厳しいよな」
「そりゃそうだ。石川の暴走を止めるのは田辺の役割だからな。上原が抜けたら看板はお前の一押しの『青春の闇』に決まりだろ」
「上手く描けたと思うんだけどな〜 上原もそう思わない?」
あれが一押し?嘘だろ
でもーーなんか楽しい
加瀬君が下を向いた僕の顔を覗き込んだ。
やめろ! 見るな! あっち行け!
「やっぱり上原を誘って良かった」
だからその顔やめろって。女子が卒倒するって。
そんなこと真面目に言われたら恥ずかしいだろ。
「あ、当たり前だ。僕はやれば出来る男なんだから」
「そうだったな、頼りにしてるよ」
また嵌められたような気もするけどーー
ま、いっか。
僕は基本に忠実に型通りやっているだけなので、加瀬君に教えられる事なんて全然ないのだけど、それでも僕たちの自主練は続いた。
想定外だったのは、僕のタイムが中学の時よりかなり良くなっていた事だ。これは自転車通学の賜物だろう。途中かなりの急坂を越えて、毎日自転車を漕いでいたことが、知らず知らずのうちにトレーニングになっていたようだ。思ったより体力もあり、今のところ足手まといは免れている。
そんな嬉しい誤算もあり、僕は加瀬君との自主練が楽しみで仕方なかった。
******
「おはよう」
いつものように教室の入り口で、誰に言うでもなく挨拶をして席に着く。すかさず加瀬君がやって来る。
「おはよ、今日もつき合ってくれる?」
『僕はお前の彼女かよ!』と心の中で呟くのも日課になっていた。最初はこのやり取りに驚いていたクラスメイトも、今ではすっかり慣れていた。
「うん、いいけどさ。何かあったの?」
いつも賑やかなクラスだが、今日は賑やかと言うよりざわついている。
「実は、文化祭の、そうだ! こんな近くに適任者がいたじゃないか」
「な、なに?」
何を企んでいるんだ。ニヤニヤして悪い顔してる。
嫌な予感しかない。
怯んでいると肩を組んで顔を寄せて来る。
「ちょっと協力してくれないかな〜」
ひぃっ、やめろ、近い!
お前は距離感がおかしいんだよ。
女子が冷たい目で見てるじゃないか。
クラスのアイドルがボッチとじゃれ合う姿なんて誰も見たくないんだよ。
僕はボッチでもいいけど敵は作りたくないんだ!
そのまま有無を言わさず加瀬君の席へ連行された。机には看板の下書きが何枚も散乱していた。
柏木高校の文化祭ではクラスごとに立て看板をつくり、コンテストを行う。優勝すると翌年の文化祭まで昇降口に展示されるという栄誉が与えられるため、各クラス総力を上げて取り組む。僕のクラスは加瀬君を筆頭にした、いわゆる一軍メンバーたちが担当している。
なんだこれ、スポーツ系、可愛い系、渋め、何枚あるんだ?
「18、あ〜20枚だったかな」
メンバー各々で描いてきたようだけど、なんでこんなにあるんだ。一人一枚でいいだろ。
加瀬君に至っては、ひとりで7枚も描いたらしい。
「このクラスでの文化祭は一回きりなんだぞ。いいもの作りたいじゃないか。俺らはみんなそう思ってる」
すごいな、これが一軍ってことか。
僕なら適当に一枚描いて終わりだろうな。
呆れるよ、でもカッコいいな。
なんだ、このおどろおどろしいのは。お化け屋敷か?うちのクラスの出し物、映え写真館だよな。
「これ石川の。『青春の闇』を表現したらしい。はぁ〜」
クラス一、陽キャの石川君が『青春の闇』?
青春とはわからないものだな。
「みんなの意見聞いてたら、全然まとまらなくてさ。もうお手上げなんだよ。美術部としての意見を聞かせてくれ」
美術部の意見と言われても……
野球かぁ、いいけど一競技だと共感できない人も多いよな。
こっちの山の風景みたいなのは、キャンプ合宿をイメージしてるんだろうな。
校舎、プール、、
どれも悪くないけど、決め手がないな。
この中から一枚を選ぶとしたら……いや待って。
そうだ、これならいけるかも。
「これさ、どれか一枚じゃなくて思い切って全部使ったらどうかな」
「全部使う?どうやって?」
僕の考えはこうだ。
それぞれの下書きから一部分をピックアップする。それを一枚の写真のように土台に貼っていく。みんなの下書きは学校生活にまつわるものばかりだ。一つにしても違和感はない。
「写真か、なるほどな。看板をアルバムに見立てるって事か」
加瀬君はうんうんと頷き、立ち上がった。
「おーい、看板メンバー集合! 打ち合わせするぞ」
集まってきたのは、軽音部のギター&ボーカルの石川君。演奏中はカッコいいのに普段はクラス一のお調子者。野球部で一年からレギュラー、女子ウケは加瀬君に勝るとも劣らない、とにかく優しい関口君。小・中と生徒会長を歴任、現、柏木高校生徒会長、成績優秀、沈着冷静な田辺君。そして陸上部エース、加瀬君。
うちのクラスの一軍、凄すぎだろ。圧が凄い。早いとこ退散しよう。
「どこ行くんだよ。お前も一緒に打ち合わせやるんだよ」
「僕も? なんで!」
「お前のアイデアなんだから当然だろ」
それはないだろ〜
アイデアだけで勘弁してくれよ。『前言撤回』といっても聞き入れてくれるはずもなく、僕は加瀬君の隣というベスポジに座らされた。
******
「写真とは考えつかなかったな。クラスの出し物とコンセプトも合うし、コンテストの評価も高くなるだろう」
そっか、生徒会長はコンテストの審査委員長も兼ねてるんだった。
「みんなの下書きも無駄にならないし、すごくいいアイデアだと思うな」
関口君、優しい。ありがとう。
「最高! 賛成!」
わかりやすい、素直に嬉しいよ、石川君。
「よし! じゃあみんな賛成ってことでいいな。今日中に各自でピックアップする部分を絞り込んでくること。明日の朝、また打ち合わせしよう」
やっと終わった。これで解放される〜
「上原も、な」
嘘だろ……居た堪れなさに心の中で勝手に合槌をうっていたが、実際は黙って座っていただけだ。これ以上は無理だって、心が持たない。
「ちょっと待て。上原は他の担当があるだろ?掛け持ちして大丈夫なのか?」
田辺君の冷静な一言に4人の視線が僕に集まった。
どうする……?
実際に他の受け持ちもあるし、美術部の作品だってまだ出来てない。何より、このメンバーに馴染めるのか?今だって僕だけ浮きまくりだ。
断るのが正解だ。
「えっと、僕の受け持ちは写真ブースの土台作りで、もう殆ど完成してて、後は女子が飾り付けするだけなんだけど……」
断った方がいいとわかっているのに僕の口からは考えと反対の言葉が出た。
「よっしゃーー! じゃあこっからは看板グループのメンバーな。よろしく!」
「うわぁ〜」
びっくりした〜
石川君が背中に飛びついてきた。
細身だけど身長は僕より高いし、不意をつかれたのでよろけてしまった。ふわふわの髪が頬に当たってくすぐったい。一軍はみんな距離感がおかしいのか?
「こら、上原が嫌がってる。くっつくな」
加瀬君が引き剥がそうとしても、頑として離さない。それどころか、ギュッと力がこもる。
「いいだろ、いっつも加瀬が独り占めしてんだから。俺だって上原と遊びたいんだよ」
僕と遊びたいーー石川君が?ホントに?
今、僕は勝手に上がる口角を抑えるのに必死だ。嬉しくて、恥ずかしくて、顔が熱くて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。こんな顔、人に見せられない。見られたくなくて下を向いた。
「石川はお調子者だから、嫌ならはっきり言えよ、上原」
「なんだよ〜 田辺は俺に厳しいよな」
「そりゃそうだ。石川の暴走を止めるのは田辺の役割だからな。上原が抜けたら看板はお前の一押しの『青春の闇』に決まりだろ」
「上手く描けたと思うんだけどな〜 上原もそう思わない?」
あれが一押し?嘘だろ
でもーーなんか楽しい
加瀬君が下を向いた僕の顔を覗き込んだ。
やめろ! 見るな! あっち行け!
「やっぱり上原を誘って良かった」
だからその顔やめろって。女子が卒倒するって。
そんなこと真面目に言われたら恥ずかしいだろ。
「あ、当たり前だ。僕はやれば出来る男なんだから」
「そうだったな、頼りにしてるよ」
また嵌められたような気もするけどーー
ま、いっか。
