危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

悠真が図書室を出ていったあと、静けさが戻った。
本棚の間を抜ける空気は、紙とインクの匂いを含んでいて、どこか落ち着かせてくれる。

そのとき、机の上で置いていたスマホが小さく震えた。

――椿からのLIME。

『悪ぃ、今日終わる時間、少し過ぎる。』

画面を見つめたまま、美羽は一瞬だけ唇を噛む。
けれどすぐに指を動かした。

『そっか!わかった。
乗降口で待ってるね!』

送信して、スマホを胸元に抱き寄せる。
ふっと息を吐くと、自然と椿の顔が浮かんだ。

(今日……椿くんと少し話せるかなー。)

窓の外では、春の光が校舎の壁に反射して、淡く揺れている。
その光を眺めながら、美羽は机の上に広げていた大学案内や就職雑誌へと視線を戻した。
ページをめくる指は、少しだけ重い。
そんなときだった。


「美羽ちゃん?」


その声は、図書室の静けさを壊さない、柔らかくて澄んだ響きだった。
美羽は顔をあげる。
そこに立っていたのは、黒薔薇の制服を着こなした青年――秋人。

「秋人くん?!」

驚きのあまり、瞬きを何度も繰り返してしまう。

「莉子に聞いてね。ここにいるって言ってたから。」

柔らかく笑うと、左右で色の違うオッドアイが、窓から差し込む光を映してきらりと輝いた。
その視線に、胸が小さく跳ねる。

(……やだ。なんでちょっとドキドキしてるのよ。)

美羽はその感情に気づいて、慌てて首を振った。

(秋人くん、なんでここに?!始業式から色々あったから…なんだかちょっと気まずいなぁ…)

心臓の奥が、ざわりと落ち着かない。

「そっか!秋人くんも調べものとか?」

そう言って、美羽は雑誌のページをめくりながら尋ねた。

「ん?いや、美羽ちゃんに会いたくて来たんだ。」

秋人はそう言いながら、何のためらいもなく美羽の隣の席に腰を下ろす。
その距離の近さに、空気が一段階だけ温度を上げた気がした。

「うえ!?」

思わず声が裏返る。

(もう!秋人くん、まぶしすぎるよ…留学ってこんなさらりとスマートなキャラになっちゃうの?!)


困惑する美羽の様子を見て、秋人はくすっと笑った。

「まぁ、半分は冗談で半分は本気…かな?」

机に肘をつき、顔を近づけて見つめてくる。
美羽の頬に、一気に熱が集まった。


「あ、秋人くん?!私、ちょっとそういうの…困るんだけど…。」

視線を逸らしながら、小さく抗議する。

「あはは、ごめんね。つい美羽ちゃんが可愛いくて意地悪しちゃうんだ。」

その言葉に、胸がまた跳ねる。

(だめだめだめ!これ以上は……!)

(こんな所で、秋人くんと二人きりだなんて…椿くんに後ろめたすぎるんだけど…!早く終わらして教室戻らなきゃ!)

焦りが、背中を押す。
そんな美羽の心情を知ってか知らずか、秋人は机の上の資料に目を落とした。

「あれ?美羽ちゃん何か進路で困ってるの?」

「え?あー、…そうなの!」

美羽は慌てて笑顔を作る。

「実はさっき、悠真くんと色々話してたんだけどね!全然これからの事とか考えてなくって…あはは、出遅れてるよね~!」

秋人は少しだけ目を見開いた。

「そっかぁ…こんな真っ直ぐな美羽ちゃんでも悩むんだねぇ。」

声のトーンが、ほんの少し落ち着く。

「もう俺達3年生だし焦っちゃうよね。」

その言葉は、不思議と美羽の気持ちに寄り添っていた。

「うん!そうなの…!」

美羽は思わず前のめりになる。

「将来何になりたいかって急に言われてもわからなくって…。」

そして、ふと思いついたように尋ねた。

「あ、秋人くんは将来の夢とかあるの?」

期待と、不安が入り混じった視線。
秋人はころころと表情を変える美羽を、面白そうに眺めていた。

「ん?そうだなぁ。」

少し考えるように視線を上げてから、にこりと笑う。

「色々海外で刺激も多かったし。なりたいものならたくさんあるかな。」
「国際的な仕事とか~まだ決めてはいないけど。」

その言葉を聞きながら、美羽は胸の奥が静かにざわめくのを感じていた。