危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

昼休みの廊下は、ざわざわとした音で満ちていた。
笑い声、足音、ロッカーの扉が閉まる音。
その中を、美羽はプリントを胸に抱えながら歩いていた。

(図書室……図書室……)


進路希望調査票。
空欄のままの第一志望欄が、やけに重く感じる。
そんな時だった。


「美羽ちゃーん!」


やけに明るく、よく通る声。
振り向いた瞬間、
アッシュブラウンの前髪がふわりと揺れ、
キラキラした笑顔が目に飛び込んできた。


「悠真くん!」


悠真は両手を広げる勢いで近づいてくる。

「昼休みに美羽ちゃんに会えるなんて、
 僕はなんて幸せ者なんだろうねぇ!」

「大げさすぎだよ。」

美羽は苦笑いしながら聞く。

「ところで悠真くん、何してるの?」

悠真は人差し指を立て、得意げに言った。

「実はね、椿にちょっと資料集めを頼まれててさ。
 まぁ、僕にしかできないこともあるから~?」

ドヤ顔だった。
美羽は一瞬間を置いてから、

「あはは。要するに――パシりなんだね。」

ぴしっ。
悠真は胸を押さえ、大げさに後ずさる。


「ひ、ひどい……!
 でもそんな辛辣な美羽ちゃんも、可愛いよ……!」

ハンカチで目元を拭く仕草まで完璧だった。

「もう。」

美羽は笑ってから、ふと思いついたように言う。

「ねえ、悠真くんも図書室?」

「え?」

「私も行くとこなんだ。一緒に行こ?」

悠真の目が、きらっと光る。

「えっ、それって……
 やっぱり僕たち運命なんじゃ――」

「はいはい、行くよ~。」

美羽はそのまま悠真の袖を掴み、歩き出した。

「み、美羽ちゃん!?
 ちょっと大胆すぎない!?」

悠真は慌てつつも、どこか嬉しそうだった。

(もう、悠真くんたら。調子いいんだから。)

心の中で呆れつつ、
でもその軽やかさに、少し救われている自分もいた。
図書室に入ると、空気が一変する。
静けさと、紙の匂い。
大きな窓から、春の光が斜めに差し込んでいた。

「じゃあ僕、あっちのコーナー行ってくるね~!」

悠真は手をひらひらさせ、別の棚へ。

「うん、あとでね!」

美羽は頷き、
進路・進学コーナーへ向かった。
大学案内、専門誌、職業ガイド。
何冊も手に取り、窓際の席に積み上げる。

「うーん……」

ページをめくるたび、
期待と不安が交互に胸に浮かぶ。

(どれも違う気がする……でも、全部気になるしなぁ。)

ぶつぶつ独り言を言いながら読み進めていると、
いつの間にか、隣の椅子が引かれた。

「美羽ちゃん、すごく熱心だね。」

悠真だった。

「何を調べてるの~?」

美羽は少し迷ってから、正直に言った。

「うーん、……進路希望。」

そして、ふと思い出したように顔を上げる。

「ねえ、悠真くんって将来の夢とか、考えてる?」

悠真は一瞬きょとんとしてから、
ぱっと表情を明るくした。

「ああ!進路かぁ~♪
 僕はね、警察官だよ!」

「えっ!?」

美羽は思わず声を上げる。

「警察官!?意外すぎる!」

「でしょー?」

悠真は胸を張る。

「この国の困ってる可愛い女の子を助けるんだ~♪」

ウインク付きだった。

「ちょっと待って。」

美羽はすかさず突っ込む。

「女の子“だけ”じゃだめだからね!?
 みんな助けるの!」

「えぇ~?厳しいなぁ、美羽ちゃん。」

悠真は笑いながらも、少し照れたように頬を掻いた。
美羽は内心で、

(っていうか一応暴走族入ってるけど、それはセーフなの……?)

と突っ込みつつ、
「でも、警察官かぁ……」
ふっと微笑む。

「かっこいいね。悠真くんなら、なれる気がする。」

その瞬間。
窓から差し込む光が、
悠真と美羽を柔らかく包み込んだ。
悠真の目に映る美羽は、
春の光そのものみたいで――
思わず、胸がきゅっと鳴る。

「……でしょ?」

少し照れた声で悠真は言う。

「大人になってもさ、
 美羽ちゃんを守れるって思うと、誇らしいな。」

美羽は、くすっと笑った。

「もう、ほんと調子いいんだから。」

でも、その言葉は嫌じゃなかった。

(悠真くんも、ちゃんと未来を見てるんだ。)

そう思うと、胸の奥が少し温かくなる。
進路の答えは、まだ見えない。
でも、こうして誰かの話を聞くたびに、
少しずつ、霧が晴れていく気がした。

「ありがとう、悠真くん。」


美羽はそう言って、もう一度プリントに目を落とした。
図書室の時計が、静かに時を刻む。