危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

空港は、相変わらず人で溢れかえっていた。
スーツケースの転がる音、アナウンスの声、行き交う人々のざわめき。
すべてが重なり合い、まるで世界そのものが忙しなく動いているようだった。
美羽は、その喧騒の中に立っていた。

(……ここだ)

四年前。
空港で、がらの悪い連中に絡まれ、
必死に戦って、
泣いて、笑って、
そして――椿と「別れ」を交わした場所。

(また、ここに来ちゃったんだ)

胸の奥が、じんわりと熱くなる。
美羽は1階の広場を見渡し、
人混みの中から“椿らしき姿”を必死に探した。

「……いない」

背の高い人影、スーツ姿、黒髪。
似たような人はいくらでもいるのに、
“その人”だけが見つからない。

(人、多すぎ……)

少し焦りが混じった、そのとき。
――ピロン。
スマホが震えた。
画面には、見慣れすぎた名前。

【椿】
『美羽、俺は今着いた。どこだ?』

(……っ)

心臓が跳ねる。

「や、やば……」

指先が少し震えながら、返信を打とうとする。
けれど、人の流れが激しくて、肩がぶつかりそうになる。

「す、すみません……」

避けながら文字を打とうとした、その瞬間。

――ドンッ。

「わっ!?」

強く誰かとぶつかり、
手に持っていたスマホが、すぽん、と宙を舞った。

「……あ!」

カン、カン、と床を滑りながら、
スマホは人混みの向こうへ飛んでいく。

「私のスマホがぁ!!」

美羽は慌てて人の波をかき分け、走った。

(待って、待って……!)

その時だった。
人混みの先で、
ひとりの男性が屈み込み、床に落ちたスマホを拾い上げる。

「あ……!」

美羽は息を切らしながら駆け寄った。

「すみません!そのスマホ、私のなんです!」

男性は、ゆっくり顔を上げた。

「……はい」

差し出されたスマホ。
それを受け取ろうとした、その一瞬。
美羽の視界が、止まった。

(……え)

整った輪郭。
少し大人びた、落ち着いた雰囲気。
紺のスーツをさらりと着こなし、
長めの黒髪を色気のあるかきあげバングにしている。

(……なに、この人)

胸が、どくん、と鳴る。

(すっごい……イケメンなんだけど……)

思わず、まじまじと見てしまう。

(え、ていうか……椿くんより……イケメン……かも……)

――はっ。

(ち、ちがう!!)

一瞬で羞恥心が込み上げる。

(何考えてんの、私ったら!!)

慌ててスマホを受け取り、ぺこりと頭を下げた。

「ひ、拾っていただいてありがとうございます!」 「ごめんなさい、私ちょっと急いでるので……失礼します!」

早口でそう言い、
男性の横を通り過ぎた、その瞬間。
低く、よく知った声が、背中にかかった。

「――俺の他に、誰に会いに行くんだ?美羽」

……え?

美羽の足が、ぴたりと止まる。
ゆっくり、ゆっくりと振り返る。
そして――
視線が、男性の胸元に止まった。
青とシルバーが混ざり合った、
どこか見覚えのあるネクタイピン。

(……あ)

喉が、ひゅっと鳴る。

「……え……」

視界が、滲んでいく。

「もしかして……椿……くん……?」

男性は、くすりと笑った。

「何だ?俺の顔、忘れたのか?」

その笑顔。
その声。
――間違いない。
四年前、この場所で愛の別れをした人。

「……っ!」

次の瞬間、美羽は泣きながら走り出していた。

「……椿くん!!」

勢いよく抱きつくと、
椿は驚きながらも、すぐに腕を回す。

「……ただいま、美羽」

その一言に、
美羽の涙腺は完全に崩壊した。

「おかえり……っおかえり!!……椿くん……!」

顔を埋めたまま、声が震える。

「気付かなくて……ごめんなさい……!」

椿は、あの頃と変わらない、優しい笑顔で言った。

「俺もだよ。美羽、綺麗になってたから一瞬わからなかった」

そう言って、美羽の首元に視線を落とす。

「……でも、このネックレスでピンときた」

美羽は、はにかみながら顔を上げる。

「……椿くんも、そのネクタイピン……似合ってるよ。すごく……かっこいいね」

椿は少し照れたように笑った。

「さんきゅ」

人混みの中で、
ふたりはぎゅっと抱き合ったまま、離れなかった。

四年分の時間も、
不安も、寂しさも、
全部――この瞬間に溶けていく。

空港のざわめきが、
まるで遠い世界の音のように感じられた。