危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

朝の光が、カーテンの隙間から静かに差し込んでいた。

冬を越え、春に近づいた空気は、どこか柔らかくて澄んでいる。
美羽は鏡の前に立ち、深呼吸をひとつした。
鏡に映るのは、もう制服を着ていた頃の少女ではない。
白いブラウスに、淡い花柄のフレアスカート。
揺れる裾が、少しだけ大人になった時間を語っている。

首元には――
高校三年のクリスマス。
あのイルミネーションの下で、椿がくれた雪の結晶のネックレス。

きらり、と朝の光を受けて輝いた。

「……まだ、こんなに綺麗」

指先でそっと触れる。

そして、左手の薬指。

四年間、何度も見つめてきたお揃いの指輪。
忙しい日も、不安な夜も、
この指輪がそこにあるだけで、
「待ってる時間」が「信じる時間」に変わった。

「……よし」

美羽は鏡の中の自分に、にっこり笑いかけた。

「メイクもオッケー!よし、行こっ」

階段を降りると、リビングから不穏な気配が漂ってくる。

……ぴちょん。
嫌な予感がして、そっと覗くと。

「……うぅ……」

囲碁雑誌を開いたまま、
涙で紙をふやかしている父・優聖の姿があった。

「パ、パパ……?」

「……美羽ぇ……」

振り返った父の目は、すでに真っ赤。

「とうとう……とうとう美羽の彼ピが……」
「帰ってくるんだなぁああ……!!」

「いやいや、そこだけ彼ピ言うのやめてよ」

美羽は即ツッコミを入れる。

「パパの人生、涙腺崩壊イベント多すぎだろぉおお!!」

「囲碁雑誌濡らさないでよ!!」

「だってぇ……!」

優聖は雑誌を抱きしめる。

「パパ、まだ心の準備がぁ……」
「美羽、パパを置いて行かないでくれぇえ……」

「置いてかないから!!」

美羽は靴を履きながら叫ぶ。

「もう、行ってきます!!」

「美羽ぇえええ!!」

玄関の向こうで、父の絶叫が響いた。
その横で、キッチンからのんびり声が飛んでくる。

「……あらぁ」

美羽の母は、コーヒーを飲みながらにこにこしていた。

「そろそろゼクスィの雑誌、集めとかなきゃよねぇ~」

「な!!?」

父の顔色が、一瞬で真っ白になる。
「ゼ、ゼクスィだとぉぉおお!?」
「早すぎる!!」
「まだ!まだパパは心の準備がぁああ!!」

「準備する気はあるのね」

母はさらっと追撃する。

「だって指輪してるし~?」
「ネックレスも彼からだし~?」
「ねぇ、美羽?」

美羽は玄関で立ち止まり、少し照れたように笑った。

「……えへ」

「もう、ママまで!!」

優聖は頭を抱える。

「パパ、今日仕事休んでいい……?」

「勝手にしなよもう」

美羽は振り返り、玄関のドアを開けた。

「じゃ、行ってきまーす!」

春の風が、ふわりと頬を撫でる。
外に出ると、空はどこまでも高く、青かった。

「……椿くん」

胸の奥が、ぎゅっとなる。

四年分の時間。
四年分の想い。
待った日々も、寂しかった夜も、全部。

「……やっと、会える」

美羽は指輪にそっと触れ、歩き出した。