放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
窓の外では、夕焼けに染まった空が、ゆっくりと藍色へと溶けていく。
美羽は、少し緊張した足取りで保健室のドアをノックした。
「失礼しまーす……」
「どうぞ」
柔らかな声が返ってくる。
カーテン越しに差し込む夕陽の中、白衣姿の秋人が、カルテを閉じて顔を上げた。
「お疲れさま、美羽ちゃん」
「お疲れさまです……あ、秋人くん」
そう呼び直して、照れたように笑う。
「ふふ、その呼び方、懐かしいね」
秋人は椅子を差して「そこに座って?」と案内した。
「じゃあ、肘見せて」
美羽が袖をまくると、そこには薄く残る青あざ。
秋人は慣れた手つきで湿布を取り、丁寧に位置を確かめる。
「ちょっと冷たいよ」
「うん、大丈夫」
湿布が貼られると、ひんやりとした感覚がじんわり広がった。
秋人は自然な調子で、ふっと話題を切り出す。
「で? 椿、いよいよ明日戻ってくるんでしょ?」
「……!」
美羽はぱっと顔を上げる。
「う、うん!そうなの。」
「ふふ、よく知ってるね、秋人先生……あ」
自分で言って、慌てて口を押さえる。
「……じゃなくて、秋人くん」
秋人はオッドアイの目を細めて、穏やかに笑った。
「椿とはね、定期的に連絡とってるんだ」
「美羽ちゃんの近況報告付きでね」
「ええ!?ちょっと待って!?それ恥ずかしすぎるんだけど!!」
美羽は思わず椅子の上で身をよじる。
「変なこと伝えてないよね?!私がドジったとか!生徒にからかわれてるとか!」
「はは、大丈夫。ちゃんと“元気にやってる”ってだけだよ」
そう言って、秋人は視線を落とした。
「……明日、大丈夫そ?」
その声は、保健医としてじゃなく、友達としてのものだった。
美羽は窓の外に目を向ける。
校庭に伸びる長い影。揺れる木々。
「うーん……正直、ちょっと緊張してる」
指先をぎゅっと握る。
「四年ぶりでしょ?どんな顔して会えばいいのか、わからなくて……」
秋人は一瞬、目を見開き、それからふっと微笑んだ。
「そのままでいいんだよ」
「え……?」
「肩の力、抜いてみたら?」
優しい声だった。
「椿はさ……」
「変わらないままの美羽ちゃんが、ずっと、大好きなんだから」
その言葉に、美羽の胸がじん、とあたたかくなる。
「……そっか、そうだよね」
小さく息を吐いて、笑った。
「ありがとう、秋人くん!」
秋人は、少しだけ視線を逸らした。
夕焼けが、彼の横顔を淡く照らす。
「……今日までずっと、美羽ちゃんを見てきたけどさ」
静かな声。
「俺はやっぱり……美羽ちゃんが好きだよ」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
美羽は驚いて、顔がほんのり赤くなる。
「秋人くん……?」
その表情の意味を、読み取れずにいた。
すると、秋人はくしゃっと笑った。
「なーんてね」
「前は“恋愛”って意味だったけど。今は、友情の方が大きいかな」
そして、肩をすくめる。
「いや、もうそれも超えてるかも?家族愛、みたいな?」
「……何それ」
美羽は吹き出した。
「でも、ありがとう。私も秋人くんが好きだよ」
少し照れながら、続ける。
「家族愛かどうかは自信ないけど……これからも、仲良くしてほしいなっ」
あの頃と変わらない、まっすぐな笑顔。
秋人は一瞬、息を呑んでから、ゆっくり目を開いた。
「……ありがとう」
そして、少し照れたように言う。
「じゃあさ、最後に。ぎゅって抱きしめてもいい?」
「え~?仲良しのハグ?」
美羽は笑って、両手を広げた。
「いいよ!」
秋人は、そっと、ゆっくり美羽を抱きしめる。
強くもなく、弱くもなく。
守るような、別れを受け入れるような抱擁。
「ありがとう、美羽ちゃん」
耳元で囁く。
「明日、椿との再会……楽しみだね」
美羽も、ぎゅっと腕に力を込めた。
「うん!会いに行ってくるね。ありがとう、秋人くん」
そう言って、美羽は笑顔で保健室を後にした。
ドアが閉まる音が、静かに響く。
秋人は一人、窓の外を見つめて、息を吐いた。
「……やっと、ふっきれたかな?」
夕焼けの向こうで、空は夜へと変わっていく。
——恋は、形を変える。
——それでも、想いは消えない。
秋人の美羽への恋は、
やがて 家族のような愛と、揺るがない友情へと、静かに移り変わっていった。
窓の外では、夕焼けに染まった空が、ゆっくりと藍色へと溶けていく。
美羽は、少し緊張した足取りで保健室のドアをノックした。
「失礼しまーす……」
「どうぞ」
柔らかな声が返ってくる。
カーテン越しに差し込む夕陽の中、白衣姿の秋人が、カルテを閉じて顔を上げた。
「お疲れさま、美羽ちゃん」
「お疲れさまです……あ、秋人くん」
そう呼び直して、照れたように笑う。
「ふふ、その呼び方、懐かしいね」
秋人は椅子を差して「そこに座って?」と案内した。
「じゃあ、肘見せて」
美羽が袖をまくると、そこには薄く残る青あざ。
秋人は慣れた手つきで湿布を取り、丁寧に位置を確かめる。
「ちょっと冷たいよ」
「うん、大丈夫」
湿布が貼られると、ひんやりとした感覚がじんわり広がった。
秋人は自然な調子で、ふっと話題を切り出す。
「で? 椿、いよいよ明日戻ってくるんでしょ?」
「……!」
美羽はぱっと顔を上げる。
「う、うん!そうなの。」
「ふふ、よく知ってるね、秋人先生……あ」
自分で言って、慌てて口を押さえる。
「……じゃなくて、秋人くん」
秋人はオッドアイの目を細めて、穏やかに笑った。
「椿とはね、定期的に連絡とってるんだ」
「美羽ちゃんの近況報告付きでね」
「ええ!?ちょっと待って!?それ恥ずかしすぎるんだけど!!」
美羽は思わず椅子の上で身をよじる。
「変なこと伝えてないよね?!私がドジったとか!生徒にからかわれてるとか!」
「はは、大丈夫。ちゃんと“元気にやってる”ってだけだよ」
そう言って、秋人は視線を落とした。
「……明日、大丈夫そ?」
その声は、保健医としてじゃなく、友達としてのものだった。
美羽は窓の外に目を向ける。
校庭に伸びる長い影。揺れる木々。
「うーん……正直、ちょっと緊張してる」
指先をぎゅっと握る。
「四年ぶりでしょ?どんな顔して会えばいいのか、わからなくて……」
秋人は一瞬、目を見開き、それからふっと微笑んだ。
「そのままでいいんだよ」
「え……?」
「肩の力、抜いてみたら?」
優しい声だった。
「椿はさ……」
「変わらないままの美羽ちゃんが、ずっと、大好きなんだから」
その言葉に、美羽の胸がじん、とあたたかくなる。
「……そっか、そうだよね」
小さく息を吐いて、笑った。
「ありがとう、秋人くん!」
秋人は、少しだけ視線を逸らした。
夕焼けが、彼の横顔を淡く照らす。
「……今日までずっと、美羽ちゃんを見てきたけどさ」
静かな声。
「俺はやっぱり……美羽ちゃんが好きだよ」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
美羽は驚いて、顔がほんのり赤くなる。
「秋人くん……?」
その表情の意味を、読み取れずにいた。
すると、秋人はくしゃっと笑った。
「なーんてね」
「前は“恋愛”って意味だったけど。今は、友情の方が大きいかな」
そして、肩をすくめる。
「いや、もうそれも超えてるかも?家族愛、みたいな?」
「……何それ」
美羽は吹き出した。
「でも、ありがとう。私も秋人くんが好きだよ」
少し照れながら、続ける。
「家族愛かどうかは自信ないけど……これからも、仲良くしてほしいなっ」
あの頃と変わらない、まっすぐな笑顔。
秋人は一瞬、息を呑んでから、ゆっくり目を開いた。
「……ありがとう」
そして、少し照れたように言う。
「じゃあさ、最後に。ぎゅって抱きしめてもいい?」
「え~?仲良しのハグ?」
美羽は笑って、両手を広げた。
「いいよ!」
秋人は、そっと、ゆっくり美羽を抱きしめる。
強くもなく、弱くもなく。
守るような、別れを受け入れるような抱擁。
「ありがとう、美羽ちゃん」
耳元で囁く。
「明日、椿との再会……楽しみだね」
美羽も、ぎゅっと腕に力を込めた。
「うん!会いに行ってくるね。ありがとう、秋人くん」
そう言って、美羽は笑顔で保健室を後にした。
ドアが閉まる音が、静かに響く。
秋人は一人、窓の外を見つめて、息を吐いた。
「……やっと、ふっきれたかな?」
夕焼けの向こうで、空は夜へと変わっていく。
——恋は、形を変える。
——それでも、想いは消えない。
秋人の美羽への恋は、
やがて 家族のような愛と、揺るがない友情へと、静かに移り変わっていった。



