危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
窓の外では、夕焼けに染まった空が、ゆっくりと藍色へと溶けていく。
美羽は、少し緊張した足取りで保健室のドアをノックした。

「失礼しまーす……」

「どうぞ」

柔らかな声が返ってくる。
カーテン越しに差し込む夕陽の中、白衣姿の秋人が、カルテを閉じて顔を上げた。

「お疲れさま、美羽ちゃん」

「お疲れさまです……あ、秋人くん」

そう呼び直して、照れたように笑う。

「ふふ、その呼び方、懐かしいね」

秋人は椅子を差して「そこに座って?」と案内した。

「じゃあ、肘見せて」

美羽が袖をまくると、そこには薄く残る青あざ。
秋人は慣れた手つきで湿布を取り、丁寧に位置を確かめる。

「ちょっと冷たいよ」

「うん、大丈夫」

湿布が貼られると、ひんやりとした感覚がじんわり広がった。
秋人は自然な調子で、ふっと話題を切り出す。

「で? 椿、いよいよ明日戻ってくるんでしょ?」

「……!」

美羽はぱっと顔を上げる。

「う、うん!そうなの。」
「ふふ、よく知ってるね、秋人先生……あ」

自分で言って、慌てて口を押さえる。

「……じゃなくて、秋人くん」

秋人はオッドアイの目を細めて、穏やかに笑った。

「椿とはね、定期的に連絡とってるんだ」
「美羽ちゃんの近況報告付きでね」

「ええ!?ちょっと待って!?それ恥ずかしすぎるんだけど!!」

美羽は思わず椅子の上で身をよじる。

「変なこと伝えてないよね?!私がドジったとか!生徒にからかわれてるとか!」

「はは、大丈夫。ちゃんと“元気にやってる”ってだけだよ」

そう言って、秋人は視線を落とした。

「……明日、大丈夫そ?」

その声は、保健医としてじゃなく、友達としてのものだった。
美羽は窓の外に目を向ける。
校庭に伸びる長い影。揺れる木々。

「うーん……正直、ちょっと緊張してる」

指先をぎゅっと握る。

「四年ぶりでしょ?どんな顔して会えばいいのか、わからなくて……」

秋人は一瞬、目を見開き、それからふっと微笑んだ。

「そのままでいいんだよ」

「え……?」

「肩の力、抜いてみたら?」

優しい声だった。

「椿はさ……」
「変わらないままの美羽ちゃんが、ずっと、大好きなんだから」

その言葉に、美羽の胸がじん、とあたたかくなる。

「……そっか、そうだよね」

小さく息を吐いて、笑った。

「ありがとう、秋人くん!」

秋人は、少しだけ視線を逸らした。
夕焼けが、彼の横顔を淡く照らす。

「……今日までずっと、美羽ちゃんを見てきたけどさ」

静かな声。

「俺はやっぱり……美羽ちゃんが好きだよ」

一瞬、空気が止まる。

「……え?」

美羽は驚いて、顔がほんのり赤くなる。

「秋人くん……?」

その表情の意味を、読み取れずにいた。
すると、秋人はくしゃっと笑った。

「なーんてね」
「前は“恋愛”って意味だったけど。今は、友情の方が大きいかな」

そして、肩をすくめる。

「いや、もうそれも超えてるかも?家族愛、みたいな?」

「……何それ」

美羽は吹き出した。

「でも、ありがとう。私も秋人くんが好きだよ」

少し照れながら、続ける。

「家族愛かどうかは自信ないけど……これからも、仲良くしてほしいなっ」

あの頃と変わらない、まっすぐな笑顔。
秋人は一瞬、息を呑んでから、ゆっくり目を開いた。

「……ありがとう」

そして、少し照れたように言う。

「じゃあさ、最後に。ぎゅって抱きしめてもいい?」

「え~?仲良しのハグ?」

美羽は笑って、両手を広げた。

「いいよ!」

秋人は、そっと、ゆっくり美羽を抱きしめる。
強くもなく、弱くもなく。
守るような、別れを受け入れるような抱擁。

「ありがとう、美羽ちゃん」

耳元で囁く。

「明日、椿との再会……楽しみだね」

美羽も、ぎゅっと腕に力を込めた。

「うん!会いに行ってくるね。ありがとう、秋人くん」

そう言って、美羽は笑顔で保健室を後にした。
ドアが閉まる音が、静かに響く。
秋人は一人、窓の外を見つめて、息を吐いた。

「……やっと、ふっきれたかな?」

夕焼けの向こうで、空は夜へと変わっていく。

——恋は、形を変える。
——それでも、想いは消えない。

秋人の美羽への恋は、
やがて 家族のような愛と、揺るがない友情へと、静かに移り変わっていった。