危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

――未来という名前の、まだ白いページ。


昼休みの教室は、ざわざわとした音で満ちていた。
窓から差し込む春の光が、机の上のプリントをやわらかく照らしている。
美羽は、そのプリントをじっと見つめたまま、うんうんと唸っていた。


「……進路希望調査かぁ。」


ペンを握ったまま、視線だけが行ったり来たりしている。
その様子を、前の席からくるりと振り返って見ていた莉子が、首をかしげた。


「ねぇ美羽~?
 さっきから何と戦ってるの?」

「え?」

美羽ははっと顔を上げ、慌ててプリントを胸元に引き寄せる。

「な、なんでもないよ!」

「いやいや、その顔は“なんでもある”顔でしょ~。」

莉子は肘をつき、にやりと笑った。

「もしかして~……進路のこと?」

「……うん。」

観念したように、美羽は小さく頷いた。

「なんかさ、いよいよ三年生なんだなぁって思ったら……
 急に現実味が出てきちゃって。」

プリントの空白欄が、やけに広く見える。
莉子は一瞬考えたあと、ぱっと明るい声を出した。


「じゃあさ!いっそ“専業主婦”でいいんじゃない?」

「え?」

「だって美羽には椿くんがいるじゃーん!
 黒薔薇の王の奥様よ?
 もう“北条家に嫁ぎます♡”って書いちゃいなよ~!」

「ちょ、ちょっと莉子!!」

美羽は顔を真っ赤にして、ばたばたと手を振った。

「そ、そんな簡単な話じゃないでしょ!!
 そもそも、まだ高校生だし!」

「え~?将来を見据えた合理的?な判断じゃない~♪」

莉子は楽しそうに笑っている。
美羽は一度ため息をついてから、ふっと表情を和らげた。

「……じゃあさ、莉子は?もう決まってるの?」

「んー?」

「莉子の将来の夢って、何よ?」

その問いに、莉子は一瞬きょとんとしたあと、胸を張った。

「それはもちろん、CA!」

「え、即答!?」

「当たり前じゃん!」

莉子はどや顔で続ける。

「世界中飛び回ってさ、
 イケメンの外国人と出会って、
 運命の恋をして、
 “アイラブユー♡”とか言われるの!
ロマンチックでしょ~♪」

「……え、遼くんは?」

美羽は、じとっとした視線を向けた。


「え?」


「いや、だって。
 イケメン外国人って言ってたから……。」


一瞬の沈黙。
それから莉子は、ふふっと笑った。


「大丈夫だよー。
 ちゃんと考えてるから。」

その声は、いつものおちゃらけた調子より、少しだけ大人びていた。


「夢は夢。
 でも、誰と一緒にいたいかは、ちゃんと別で考えてる。」


美羽は、その言葉に少し驚いて、目を瞬いた。

(莉子……ちゃんと未来のこと、考えてるんだ。すごいなぁ。私なんて…)

胸の奥が、ちくりとする。
美羽は視線を落とし、自分のプリントを見つめた。

(私は……どうなんだろう、これからどうしたいのかな。)

もちろん椿と将来もずっと一緒にいたい。
それは、迷いようのない本音だった。
でも。

(それと同時に……
 私自身の“やりたいこと”が、ちゃんと見えてない。このままじゃダメな気がする…)

焦りが、じわじわと胸に広がる。

「美羽。」

莉子が、今度は優しい声で呼んだ。

「そのうち、見つかるよ。
 美羽はさ、真面目だから考えすぎちゃうだけ。」

「……そうかな。」

「そうそう!
 今はまだ“白紙”でもいいじゃん。」

莉子は、にっと笑った。

「これから、いっぱい書き込めるってことだよ。」

美羽は小さく微笑んだ。


「…そう、だよね。…ありがとう、莉子。」

ふと、椿の顔が頭に浮かぶ。

(椿くんは……将来のこと、考えてたりするのかなぁ…)

これからの事も、まだちゃんと話せていない。
椿くんはいつも、大事なことほど多くを語らない感じだし…。

(今度会ったら、聞いてみよう!)

そう、心の中で決める。

「私、図書室行ってくる。」

美羽は立ち上がり、プリントを鞄にしまった。

「ちょっと調べものしてくるね。」

「うん。
 あ、悠真くんとか碧くんにも聞いてみたら?」


莉子が声をかけるが、


「う~ん、そうだね!会えたら聞いてみる!」

美羽は振り返って笑い、教室を出ていった。
その背中を見送りながら、莉子は椅子にもたれかかる。

「……そういえば。」

ぽつりと呟く。

「遼くんって、将来なに目指してるんだろ~?」

想像するだけで、自然と口元が緩んだ。

「私も聞いてみよっかな~?」

春の午後。
それぞれの胸に、まだ名前のついていない未来が、そっと芽吹き始めていた。