危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

二月十四日。
とうとう、バレンタインデーがやってきた。
朝から校舎は、どこかそわそわしていた。
机の中に隠された小袋。
廊下を行き交う視線。
笑っているようで、少し緊張した空気。
その中で、美羽はひとり、軽い足取りで階段を上っていく。

(よし……)

誰もいない屋上へ向かう、その途中。
胸の奥が、きゅっと高鳴っていた。
屋上のドアを押し開けると、ひんやりと澄んだ冬の空気が、すっと頬を撫でる。
空は、どこまでも青くて高い。
雲ひとつない、気持ちのいい晴れ。
屋上のベンチには、椿がひとり座っていた。
コートのポケットに手を入れて、
少し遠くを眺めている横顔。
美羽は、にっこり笑って駆け寄った。


「おまたせ!!椿くん~♪」

声をかけると、椿はちらりと振り返る。

「……美羽、おせぇよ」
そう言いながらも、表情は穏やかだった。
美羽は、その様子に安心して、胸の前で手を合わせる。

「今日はバレンタインでしょ!早速、作ってきました~♪」

そう言って——
ジャーン、と差し出したのは、可愛くラッピングされた箱。

椿は一瞬きょとんとしてから、中を覗く。

「……ポッキー?なんか、珍しいな」

美羽は、少し照れながら説明する。

「椿くん、あんまり甘すぎるの好きじゃないから」 「紅茶オレ味にしてみたの!どう?上手でしょ!」

椿は小さく笑って、
「あぁ、さんきゅ。食べやすそうだな」

そう言って手を伸ばした——その瞬間。

「ダメ!」

美羽は、さっとポッキーを引っ込めた。

「……は?」

椿は眉をひそめる。

「なんでだよ、俺のだろ?」

美羽は、もじもじと視線を泳がせてから、小さな声で言った。

「あのね……実は、椿くんにお願いがあって……」

「……?」

椿は首をかしげる。
美羽は、顔を真っ赤にして、意を決したように言った。

「ほら……よく恋人同士がするやつ……」

一瞬、間が空く。

「……ポッキーゲームしたいの!」

「……は?」

椿は完全に固まった。
美羽は自分で言っておきながら、両手で顔を隠してバタバタする。

「きゃっ、言っちゃった!なんか急に恥ずかしくなってきた!!」

「いやいや……普通に食えばよくね?」

椿は冷静を装うが、耳が少し赤い。

「やだ!やりたい!」

美羽は、むぅっと頬を膨らませる。

「やってくれなきゃ……バレンタイン、あげないから!」
「……脅しかよ」

椿は深くため息をついた。

「はぁ……マジで言ってんのか……」

そして、少し投げやりに、
「……わかったよ、やればいいんだろ」

美羽の目が、一気に輝く。
「ほんと?!やったぁ!!」
椿はポッキーを一本取り、美羽の口元にそっと差し出す。

「ほら」

美羽が戸惑っている隙に、椿は反対側をくわえた。
距離が、一気に近づく。

「……!」

美羽は目を見開く。
椿は、落ち着いた声で言った。

「ほら、早く食べねぇとなくなるぞ」

美羽は、顔を真っ赤にしながら、少しずつかじる。

(やばい……これ、自分で言い出したけど……想像以上に恥ずかしい!!)

ポッキーが、だんだん短くなっていく。
呼吸が近い。
視線が合う。
——そして。

距離が、急激に縮まる。
息が、混じる。
視線が、外せない。

「……椿くん……」

声が震える。
椿の手が、無意識に美羽の後頭部に添えられた。

「ほら……逃げんな」

囁く声が低くて、近い。
ポッキーがさらに短くなっていく。

唇の距離が、もう数センチ。
——触れそう、と思った瞬間。
椿は、ためらうように一瞬止まり、それからそっと唇を重ねた。


それから深い“恋人のキス”。

「んっ」

「…っ、」

ドキドキして胸が苦しいほど熱い。
唇が離れると、椿は少し照れたように視線を逸らした。

「……甘ぇ」

低く呟いて、照れ隠しみたいに笑う。
美羽は、言葉を失ったまま耳まで真っ赤になっていた。

「…っもう!!椿くんのバカぁ!!」


その声が、屋上に響く。

そして椿は、肩をすくめて笑った。

「いや、美羽が言い出したんだろ?」

「…~っ!!」

冬の空の下。
ふたりの距離は、確かに縮まっていた。





その頃。
生徒会室では——

「はぁ……」

悠真が、机に突っ伏してため息をついていた。
碧は黙々と作業中。

「……美羽ちゃーん。僕のバレンタインは……?」

誰にも届かない呟きが、
静かな生徒会室に消えていった。

——今年も、甘くて騒がしいバレンタインは続いていく。