危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

体育祭が終わり、校舎に吹き込む風はすっかり冷たくなっていた。
廊下の窓ガラスは白く曇り、遠くで誰かがマフラーを巻き直す姿が見える。

冬休みまで、あと一週間。
黒薔薇学園・生徒会室は、
その季節感とは裏腹に、いつも通り騒がしかった。

「はぁ……」

美羽は両腕いっぱいに決算資料を抱え、
生徒会室と資料室を行ったり来たりしている。

「これで最後……かな?」
「うわ、重っ……!」

バタバタと扉を出ていく美羽の背中を見送りながら、悠真は椅子にだらりと座り、修正済みの資料を指で弾いていた。

「だぁーもう!!」

突然、悠真が叫ぶ。

「地味すぎるって!」
「数字!数字!数字!」
「生徒会って、こんなに面白くない場所だったっけ?!」

「悠真、うるせぇよ」

電話を耳に当てたままの椿が、眉間に深いシワを寄せる。

「今、校長と話してんだぞ」

「はいはい~」

遼は雑巾を絞りながら苦笑い。

「まぁまぁ、椿」
「確かに退屈だし、たまには悠真に乗ってやってもいいんじゃない~?」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、
悠真の目がきらりと光る。

「よっしゃ!!じゃあズバリ!!」

勢いよく立ち上がり、指を突き出す。

♪ピコピコドンドン!パフパフ~♪

「みんなのフェチが知りたい!!」

「却下」

椿の即答。

「えええ!?なんでだよ~!!」

悠真は床に座り込んで足をバタバタさせる。

「面白いじゃん!男子高校生の健全なトークだよ?!」

「健全の意味を辞書で引け」

玲央はパソコンから目を離さず、淡々と口を挟む。

「まぁ、タイトルはいささかハレンチではあるが、データ収集という観点では悪くない」

眼鏡の縁をくい、と押し上げる。

「……いや何のデータだよ」

椿が即ツッコむ。

碧は腹筋をしながら、にこにこと答えた。

「僕は、やっぱり腹筋!!ですね!!」

「それ自分の筋肉だろ」

遼のツッコミが冴える。

椿は、深くため息をついた。

「くだらねぇ……」

資料に赤ペンで修正を入れながら、露骨に興味なさそうだ。
遼はそんな椿を横目に、ニヤリと笑う。

「まぁまぁ椿~、気分転換だって」

「で?悠真はフェチといったらどこなの?」

「え、僕から聞いちゃうー?」

急に照れたように頬をかき、悠真は声を潜める。

「ん~……やっぱ、うなじかなぁ~」

一瞬の間。

「……美羽ちゃんのうなじは特に……」

――ブチッ。
嫌な音が響いた。
椿の手の中で、ペンが真っ二つに折れている。

「……おい」

生徒会室の空気が、凍った。
遼が慌てて割って入る。

「ちょ、ちょっと椿くん?!冗談じゃん?!ね?!」

そして、話題を逸らすように続ける。

「へぇ~悠真もなかなかセンスあるよねぇ!ちなみに、玲央は?」

玲央は淡々と答えた。

「特に何か感じるわけではないが……まぁ、目を見るほうかもしれないな」

「へぇ~!!」

遼は目を丸くする。

「玲央もそんなこと考えるんだ?ちなみに俺はねぇ~」

掃除の手を止め、にやっと笑う。

「可愛い女の子が、目をうるうるさせてたらグッとくるね」

「それ、フェチじゃなくて"癖"じゃないの?」

悠真が即座にツッコむ。
そして、急にキラキラした目で言った。

「それよりさ!!美羽ちゃんのフェチが知りたいなあ~!!」

「あ?」

椿の声が低くなる。

「悠真、ふざけてんのか?」
「え~?じゃあさ、椿がかわりに答えればいーじゃん!」

悠真は腕を組んで、そっぽを向く。

「ちなみに僕と同じは却下だからね!」

「……」

椿は眉間にシワを寄せ、口を開きかける。

「俺は――」

一斉に集まる視線。
だが、次の瞬間。

「……やっぱ言わねぇ」

ぷいっと視線を逸らす。

「って、えええ~!!めっちゃ溜めてそれかよ?!」

遼がずっこける。

「椿くんは!照れ屋さん!でしょうからね!!」

碧はまだ腹筋をしている。

そのとき。

「ただいま~」

扉が開き、美羽が戻ってきた。

「なに?なに?なんか楽しそうだね!」

椿は即座に言った。

「美羽、聞かなくていい。悠真のおふざけだ」

「え?そうなの?」

美羽はにこっと笑う。

「悠真くん、ダメよ?ちゃんと仕事しないと~」

「ふざけてないもん!!」

悠真が立ち上がる。

「僕は美羽ちゃんのフェチが知りたいだけだもん!!」

「ばか!やめろ!!」

椿が止めに入るが、遼が背後から椿の口をふさぐ。

「まぁまぁ!彼女の意見を聞くのも、彼氏の役目じゃね?」
「おい遼!?何すんだ?!」

「え?!フェチ?!」

美羽は顔を赤くして慌てる。
悠真はどこからかマイクを取り出し、
美羽の口元に差し出す。

「さ!美羽ちゃん!!ズバリ君のフェチはどこ?!」

「え、えーっと……」

もじもじしながら、美羽は――
なぜか、ちらりと玲央を見る。

「……?」

一瞬の静寂。

「は?」

椿の声が低く響く。
遼、碧、悠真は完全にフリーズ。
玲央は首をかしげた。

「……何だ。俺の顔に何かついているのか?」

「…っ!!や、やっぱり私、言えない~!!」

美羽は顔を隠し、そのまま生徒会室を飛び出していった。
「えええ?!美羽ちゃんんん!??」

悠真の叫びが虚しく響く。

椿は立ち上がり、怒りを露にする。

「おい、玲央。後で表出ろ」

「なぜだ椿。」

「落ち着いて?!椿くーんっ!!」

遼が必死に止める。

「こぉれが!!落ち着いてられっかぁ!!」

今日も生徒会は平和である(※騒音的な意味で)。





――そのころ。
廊下を走る美羽は、曲がり角で誰かとすれ違った。

「あれ?美羽ちゃん?」

「……あ!」

秋人だった。
だが、その瞬間。

「……?!」

美羽の目が、秋人の顔に釘付けになる。

「え、秋人くん…そ、それ……どうしたの?!」
指差す先。
そこには――
眼鏡をかけた秋人。

「ああ、これ?今日はコンタクトの調子が悪くてね」

爽やかに微笑む。

「眼鏡にしたんだ。変かな?」

「きゃーーー!!!」

美羽は両手で顔を覆う。

「無理無理無理!!絶対ダメだよぉーー!!!」

そのまま全力で逃走。

「……え?」

秋人は廊下に取り残され、
眼鏡を押さえながらぽつり。

「……そんなに変?」


――お分かりいただけただろうか。
雨宮美羽、実は眼鏡フェチである。



そしてこの事実は、後にクリスマスで
わくわくドキドキの展開となることを知らない。