危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

遼は何も言わず、ただ莉子の腕をつかんだまま、
人の流れから外れた校舎の奥へ歩いていった。

体育祭の喧騒が、一歩進むごとに遠ざかっていく。
応援の声、ピストルの音、マイクのアナウンス。
それらが、まるで別世界の出来事みたいだった。

「ちょっと!…遼くん?」

莉子は、引っ張られるまま歩きながら、
不安そうに声をかける。

「な、何か怒ってるの?」

返事はない。
ただ、遼の手は離れない。
やがて、人気のない廊下の角で、遼はふっと立ち止まった。
ゆっくりと振り返り、少し困ったような表情で言う。
「怒ってないよ。…でも…ちょっと、ごめんね」

次の瞬間だった。
ぎゅっ。
いきなり、遼は莉子を抱き締めた。

「ええ?!り、り、遼くん?!」

頭が追いつかない。
鼓動だけが、うるさいほどに胸の奥で跳ねる。
けれど、その腕はすぐに離れた。

「……っ」

遼は何事もなかったように、莉子の手から紙を奪い取る。
「あ、ちょ――!」

「これ」 遼は紙をひらひらさせて笑う。
「ちょーっと気になってね?」

莉子は青ざめた。

「あ!それは!だ、ダメぇ!!」

必死にジャンプするが、遼の腕は届かない。

「もう終わったことでしょ!?返してよ!!」

遼は意地悪そうに目を細める。

「だってさぁ、この俺が“可愛い人”なわけないでしょ~?」

そう言いながら、
ゆっくり紙を開く。
——そして。
一瞬。
遼の表情が、完全に止まった。

「……」
「ぁ……!」

莉子は息を呑む。

次の瞬間。
どん。
壁に手がつく音。
気づけば、莉子は壁際に追い込まれていた。

「きゃっ……!」

顔を上げると、すぐ目の前に遼がいた。
からかうような笑顔は消え、真剣な瞳が
まっすぐ莉子を射抜いている。
心臓が、壊れそうなほど跳ねた。

「……何これ?」

低い声。

「ふざけてるの?莉子ちゃん、こんなジョークにのっかるタイプなんだ?」

その言葉が、胸の奥に突き刺さる。

「……っ」

遼は続ける。

「おかしいと思ったんだよね。最近さ、美羽ちゃんと秋人くん、やけに仲いいし」
「どうせ、また何か企んでるんでしょ?
……何、そんなに俺に意地悪されたいの?」

にやりと、
意地悪な笑み。
でも。
莉子は、何も言い返せなかった。
(……違う。誤解してる)
(私は、ただ……)

唇を噛みしめ、
俯く。

(好きな人に、こんなふうに嫌われるのって……)

胸が、ぎゅっと痛む。

(……こんなに、辛いんだ)

沈黙に、遼は小さくため息をついた。

「……はぁ。もういいよ」

紙を莉子に返し、踵を返す。
その背中が、遠ざかろうとした瞬間。

くいっ。

体操服の袖が引かれた。

「……ん?」

振り返った遼は、目を見開く。
そこにいたのは——
顔を真っ赤にして、ぼろぼろと涙をこぼす莉子だった。

「……ジョーク、なんかじゃ……ない……」

声が震える。

「私……本当に……遼くんを、探してたの……」

涙が、床に落ちる。

「だから……お願い。……嫌わないで……」

遼の胸がとくん、と鳴った。

「……嘘だろ」

自分に言い聞かせるみたいに呟く。

「……嘘じゃない……」

莉子は必死に首を振る。

「私……本当に…!遼くんが……好きな……」

そこまでだった。
遼は、衝動のまま莉子を抱き締めた。

「……っ」

外では、体育祭の歓声が続いている。
スタートピストルの音。
実況の声。

でも、この廊下だけ時間が止まったみたいだった。

「……ごめんね」

遼の声は、莉子の髪に埋もれて聞こえる。

「意地悪しすぎた」

顔は見えない。
でも、その声は優しかった。

「……今、気づいたんだけどさ」

少し照れたように、

遼は笑う。

「俺。莉子ちゃんの涙に、結構弱いみたい」

「え?」

莉子は驚いて顔を上げる。

「それって……つまり、どういう意味……?」

また涙がこぼれそうになる。
遼は、少し考えてから言った。

「じゃあさ、莉子ちゃんが俺を夢中にさせてくれたら」

にやっと笑う。

「……許してあげる」

「なっ……!」

莉子は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「何それぇ!!それって、それって!!ずるくない?!!」

「私の告白どこいったの?!!」

「え?言いたいなら何回でも聞いてあげるけど?」

「もー!最低!!」

「あは、莉子ちゃんてなんか可愛いよね。」

「…~っ!!」


廊下に、莉子の声が響いた。
遼は肩をすくめ、どこか楽しそうに笑っていた。


この恋の行方は、
夏空に浮かぶ雲みたいに、
まだはっきりしない。
でも確かに——
スタートの位置を超えて、動き出していた。