危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3




秋人が転入してきた――


その事実だけで、黒薔薇学園は朝から落ち着きを失っていた。

廊下では女子生徒たちがひそひそと囁き合い、
「オッドアイの転入生見た?」

「やばい、すれ違ったけど超絶イケメンだった!!」

「北条くんと並んでるの反則でしょ……」

そんな声が、春の空気に混じって漂っていた。

美羽はというと、教室の自分の席に座りながら、まだ頭が追いついていなかった。

(転入生が秋人くんで……しかも……)

思い出しただけで、頬がじわっと熱くなる。

その瞬間、隣からぐいっと顔を近づけてくる存在。
「ねぇねぇ、美羽~?」
莉子だ。

にやにやと、楽しそうな笑みを浮かべている。

「ちょっとさ~?
 椿くんがいるのに、お兄ちゃんから“熱烈なキス”までされて?
 結局の所、どっち選ぶの~?!」

「ね、熱烈じゃないし!!」

美羽は机を叩く勢いで否定した。

「ほ、ほっぺ!ほっぺだから!!
 ていうか私は椿くんの彼女なんだから、
 秋人くんを選ぶとか、そんなのダメに決まってるでしょ!!」

顔を真っ赤にして言い切る美羽に、莉子はくすくす笑う。

「え~?
 でもさ~、ちょっとはドキドキしたんじゃないの~?」

「してないってば!!」

そう言いながら、美羽はぷいっとそっぽを向いた。

(……って言いたいけど)

胸の奥が、ちくりとする。

(ほんのちょっとだけ……ほんの一瞬だけ……
 秋人くんにドキッとしたかもしれないけど!!ごめんなさい!椿くん!!!)

あの距離。
あの笑顔。
あの無駄に整いすぎた顔。

(ていうか、椿くんといい秋人くんといい、顔が良すぎるのが悪いんだから!!
 莉子にしても秋人くんにしても、この双子ほんと厄介すぎるんだけど……!!)

美羽は小さく息を吐いた。

(……でも、同じクラスじゃないだけ、まだマシかも)

そう思いながら、黒板の方へ視線を戻した。






――その頃。

黒薔薇メンバーが集まる特進クラスは、すでに異様な熱気に包まれていた。

「え、ちょっと待って!?
 転入生って秋人くんだったの!?」

教室に飛び込んできた悠真が、信じられないという顔で叫ぶ。

「しかもだよ!?
 美羽ちゃんにチューしたって噂、回ってるんだけど!?
 ねぇ椿!!マジなの?!
 僕を差し置いて?!どーいうことぉぉ?!!」

「……悠真、うるせぇ。」

椿は短く吐き捨てるように言った。

その横で、碧が腕を組みながらにこやかに頷く。

「なるほど……。
 これで勝負の相手が増えましたね!
 最近、美羽さんに構ってもらえていなかったので、
 ちょうどいい刺激です!」

「おいおい、刺激とか言うなよ~」

遼が肩をすくめて苦笑する。

「いやぁ、これは波乱だねぇ。
 美羽ちゃん、今年もなかなか平穏とは程遠そうだねぇ。」

「データ的にも、面白い展開だな。」

玲央は眼鏡の縁を押し上げながら、冷静に分析していた。

「黒薔薇メンバーに“転入生”ときた。
 確実にイベント発生フラグだな。」

椿は舌打ちし、机に肘をつく。

(……よりによって、あいつかよ)

そのとき、教室の扉が開いた。

「静かにー、転入生を紹介するぞ。」

教師の声と共に、視線が一斉に前へ向く。

「高城秋人君だ。
 海外留学からの編入になる。
 席は……北条の隣だな。」

ざわっ、と教室が揺れた。

「え、黒薔薇王子の隣!?」
「北条くんの隣!?神席じゃん!」
「イケメン国宝級地帯すぎる……」

秋人は軽く手を挙げ、余裕のある笑みを浮かべる。

「高城 秋人です。
 しばらくアメリカで留学して、日本に戻ってきました。
 1年間、よろしく。」

拍手と歓声が巻き起こる中、
秋人は椿の隣の席に腰を下ろした。

「ははっ、そんなに怒らないでよ、椿。」

小声で、楽しそうに囁く。

「1年間、よろしくね?」

「……ああ。」

椿は短く答えたが、その表情はどこか硬い。

周囲の生徒たちは、完全に浮き足立っていた。

「ねぇ見た~!?並びやばくない!?」
「あの席だけオーラ違う……」
「三角関係って噂、本当なの!?」
「雨宮さんの彼氏って北条くんでしょ?」
「じゃあ、さっきのキスは何だったの!?」

椿は視線を逸らし、窓の外を見る。

ちっ、と小さく舌打ちをして、頬杖をついた。
窓の外では、桜の花びらが風に乗って舞っていた。
まるで、これから起こる出来事を予告するみたいに。

(……面倒な一年になりそうだ)

一方その頃、美羽は知らずにいた。
この春が、
これまでで一番――
甘くて、騒がしくて、すれ違いだらけの一年になることを。
桜はまだ、散り始めたばかりだった。