危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

夏休みは、思っていたよりもずっと早く終わった。
空手の道場での騒動も、
父と椿の真剣勝負も、
海辺で交わした約束も——
すべてが、ひと夏の熱の中に溶けていくようだった。
そして迎えた、二学期の朝。
美羽の家のリビングでは、
ひとりだけ季節を逆行している人物がいた。

「……美羽ぇ……」
「パパを置いて、学校行っちゃうのかぁ……」

ソファに座り、目を真っ赤に腫らした美羽の父である。

「もう、パパったら……」
美羽は苦笑いしながら靴を履く。
「毎日毎日、そんなに泣かないでよ~」
「彼氏って認めたんでしょ?」

「認めたけどぉ……!!」

父は声を裏返らせる。

「娘が取られた事実は変わらないだろう?!」 「パパの心は、毎朝失恋中なんだぞぉ~!!」

「はいはい」
美羽は軽く手を振った。

「夕方にはちゃんと帰ってくるから」

その様子を、キッチンから見ていた母がくすりと笑う。

「はいはい、パパはその辺で。美羽、今日から二学期ね。椿くんと、また素敵な思い出作ってきなさい」

「うん!ありがとう、ママ。」

美羽はにっこり笑って、 「行ってきまーす!」
玄関の扉が閉まる。

その瞬間——

「美羽ぇぇぇ…!!」

という父の絶叫が、家中に響いた。

「……もう」

美羽は振り返らず、空を見上げる。

(パパ、ほんと面倒くさいんだから)

朝の空は澄み切っていて、
少しだけ、夏の名残の匂いがした。





——駅前。
人の流れの中で、
美羽は、すぐに“その人”を見つけた。
壁にもたれて、静かに立つ椿。
夏よりも少し落ち着いて、
日に焼けた肌が反射し、大人びた雰囲気をまとっている。

美羽の胸が、ぎゅっと鳴った。
思わず足を止める。


「うう……二学期の椿くん、まぶしすぎるぅ」

美羽は小さく呟いた。

「私の彼氏、反則すぎなんですけど……」


その瞬間。
頭に、ぽん、と優しい重み。
美羽が顔を上げると、
そこには、ニヤリと笑う椿。

「ばーか。何、寝ぼけたこと言ってんだ?」

朝日に照らされて、
椿の薬指がきらりと光った。
——お揃いの指輪。

それを見た瞬間、
美羽の心臓は思い切り跳ねた。

「……っ」
顔が、かぁっと熱くなる。

「つ、椿くん……」 声が裏返る。

「ん?」 椿は何でもないことのように言う。

椿は、そんな美羽の手を取った。
指と指が絡む。

「行くぞ」 短く言って、歩き出す。
美羽は慌てて並び、
少しだけ歩いたところで、勇気を出した。

「……椿くん!」

「ん?どーした?」

椿が振り返る。
美羽は、ぎゅっと拳を握ってから——
顔を赤くしながら、はにかんで笑った。

「二学期も……よろしくね!」

一瞬、椿は目を瞬かせた。
そして、ふっと表情を緩める。

「はっ、……あぁ。こちらこそ」

繋いだ手に、少し力を込めて。

「これからも、ずっとな」

その言葉に、美羽の胸がじんわり温かくなる。
こうして——
ふたりの二学期が、静かに、確かに始まった。



夏が終わっても、
恋は終わらない。
むしろ、ここからが本番なのだと——
朝の光が、そっと祝福しているようだった。