危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

畳を蹴る音が、同時に響いた。

——ドンッ。
一瞬で距離が詰まり、空気が震える。

「……っ!」

美羽は思わず息を止めた。
黒薔薇メンバーたちも、誰ひとり声を出せずにその場面を見つめている。
椿が、先に動いた。

「——っ!」

鋭い踏み込みから、得意の足技。
低い位置からの回し蹴りが、一直線に美羽の父を狙う。

「おっ」

だが——
美羽の父は、余裕のある動きで一歩引き、すっとかわした。

「……は?」

美羽は目を丸くした。

「え、てか……パパ、そんなに空手できたんだ……」

その隣で、玲央が相変わらず冷静に補足する。

「当然だ。雨宮美羽の父、雨宮 優聖(アマミヤ ユウセイ)は昔、空手全国一位の有段者だ」

美羽は勢いよく振り返った。

「そうなの?!全然知らなかったんだけど?!」 「ていうか、パパに興味ないから聞いたことなかった!!」

「娘としてそれはどうなの美羽ちゃん……」

遼が思わずツッコむ。

碧は、感動で目を輝かせていた。

「雨宮優聖……!師範から聞いたことがあります!!」
「通りで……通りでこの威圧感……!ぜひ一度、勝負してみたいです!!」


「いやそれはやめとこう?」

悠真が慌てて止める。

「てか美羽ちゃん、これ普通にヤバくない?!」
「椿、相手がガチのレジェンドなんだけど!!」

美羽は、拳をぎゅっと握りしめ、椿を見つめていた。
——不安はある。
でも、それ以上に。

「……大丈夫だよ」

小さく、でもはっきり言う。

「椿くん、勝つって言ったもん」

その声は、誰に聞かせるでもなく——
自分自身に言い聞かせるようだった。
畳の上では、激しい攻防が続いていた。
美羽の父の拳は速い。
重く、無駄がない。

「はぁっ!!」

放たれた拳を、椿はギリギリでかわす。

「……っ!」

息が詰まる。
だが、椿も負けていなかった。

「——くっ!」

反撃の蹴り。
体をひねり、間合いを詰める。
ほぼ互角。
互いに、一歩も譲らない。
美羽の父は、歯を食いしばりながら叫んだ。

「……君、なかなかやるな……!」

そして、声を荒げる。

「けどな!!美羽は、俺が大切に育ててきたんだ!!そうやすやすとイケメンにさらっとポイっと渡してなるものかぁ!!!」

大きく踏み込み——
強烈な回し蹴り。
椿は後方へ跳び、かわしながら叫ぶ。

「……はっ、少しブランクがあるんじゃないですか」
「俺は——」
「美羽を、諦めねぇ!!」

その言葉に、美羽の胸が熱くなる。
遼は目を輝かせていた。

「おぉ……なにこれ……!生の格闘ゲームじゃん……すげぇ……」

秋人は、じっと二人を見つめながら、静かに呟いた。

「……美羽ちゃんのお父さん。本当に、美羽ちゃんのこと大切に思ってるんだね」

莉子は、手を握りしめて叫ぶ。

「ふたりとも……!頑張ってぇぇぇ!!」

美羽の父は、さらに声を張り上げた。

「俺はなっ!!美羽が!!急に空手を辞めたことも!!傷ついてる美羽を、支えてやれなかったことも!!全部、後悔してるんだっ!!」


「パパ…(いや、ただの失恋なんだけどね)」
と美羽は心の中でツッコミをいれる。

美羽の父は畳を蹴り、跳ぶ。

「だから!!これからも、美羽の一番のパパとして!!美羽のそばで、守っていきたいんだ!!」


有段者特有の——
見えない足蹴り。
空気を裂いて、椿を襲う。


「……っ!」


椿の額から、汗が一筋落ちた。
それでも——

「俺は……」

低く、はっきりと。

「そのままの美羽を、愛しています」
「それは、これからもずっと変わらない。美羽の父さんと——」
「同じ気持ちです!!」


その瞬間。
椿の姿が、ふっと消えた。

「……何?消えただと?!」

美羽の父が驚いた、その刹那。

——ドンッ。

重たい音。
畳の上に、美羽の父が倒れた。

一瞬の静寂。

椿は、しゃがんだ姿勢のまま、静かに呼吸を整えていた。
顎に垂れた汗を、手の甲で拭う。
碧が、はっとして声を張り上げる。

「……い、一本!!」
「椿の勝利!!」

その声と同時に——

「パパ!!」

美羽が駆け寄った。

「大丈夫?!」
「怪我してない?!?」

美羽の父は、畳に寝転がったまま、情けない声を出す。

「み、美羽……」
「パパ……」
「負けちゃったよぉ……!悔しい〜〜っ!!」

そのまま、美羽に抱きつこうとする。

「ちょ、ちょっと!」

美羽は苦笑いする。

「やめてよ、もう!パパ、みっともないわ!」

そのとき——
椿が、静かに近づいた。
倒れた美羽の父へ、手を差し伸べる。

「……美羽の父さん、ありがとうございました」

そして、まっすぐに言った。

「俺も、一緒に。美羽を守らせてもらえませんか?」

美羽の父は、その手を見つめ——
ゆっくりと、握り返した。

「……椿くん」
美羽の父は少し照れたように笑う。

「君は……」
「どこまでも、イケメンなんだね」

そして、はっきりと言った。

「わかった、俺の負けだよ」
「約束通り美羽の彼氏と、認めよう」

「……パパ……!」

美羽の目が潤む。

「ありがとう……!」

その瞬間——
美羽の父が再び抱きつこうとする。

「み、美羽ぇぇ!!」

だが。
美羽は、その腕をするりとかわし——
椿の胸に、ぎゅっと飛び込んだ。

「……あれ?」

父、固まる。

美羽は、これまで見せたことのない、満面の笑顔で叫んだ。

「椿くん!!」
「かっこよかった!!」

椿は、少し驚いたあと、愛おしそうに美羽を抱き締めた。

「おい、美羽っ。俺今ちょっと汗だくだから…」
「ふふ、いーの!」

その光景を見つめながら——
美羽の父は、ふっと力を抜いた。

「……ふっ」
「俺は……美羽のことを、ちゃんとわかってなかったみたいだな……」

道場に、夏の光がやさしく差し込む。

恋も、家族も——
この日、確かに一歩前に進んだのだった。