あれから、椿は美羽をハーレーで家まで送り届けた。
夕焼けに染まる住宅街。
バイクのエンジン音だけが、やけに大きく響いていた。
ふたりとも、ほとんど言葉を交わさなかった。
さっきまで海辺で交わした約束が、まだ胸の奥で熱を持っていて、
下手に言葉にしたら壊れてしまいそうだったから。
家が見えてきた、その時。
「……え?」
美羽が目を見開いた。
玄関の前に、腕を組んで立っている人物。
逆光の中でも、はっきり分かる。
「ええ?!パパ?!」
椿がバイクを止める間も待てず、美羽は飛び降りるように降りて駆け寄った。
「パパどうしたの、こんなとこで!」
父は、美羽の顔を一瞬だけ見て、すぐにその後ろ——
ハーレーの横に立つ椿へ視線を向けた。
「おかえり、美羽。先に……家に入ってなさい」
声は低く、いつもの情けない調子とはまるで違う。
「パパはな、その後ろの彼に話がある」
空気が、一瞬で張り詰めた。
椿も、状況を察したのか、静かにバイクを降りる。
背筋を伸ばし、深く一礼した。
「……」
美羽は不安そうにふたりを見比べる。
椿は、美羽の肩にそっと手を置き、低い声で言った。
「美羽、そういう事だから」
「……じゃあ、またな」
優しく、けれど有無を言わせない力で、家の方へと背中を押す。
「え、ちょ、椿くん?!」
「ちょっと、パパ!急に何言い出すの?!」
「椿くんに変なこと言ったら、私パパのこと一生嫌いになるからね!!」
頬を膨らませ、全力で睨みつける。
「こら美羽!!そんなこと言うんじゃない!」 「パパもう泣くよ!泣いちゃうからねぇ!!」
父はすでに目を潤ませていた。
バタン。
玄関の扉が閉まる。
その音と同時に、世界から音が消えたみたいだった。
夕焼けに染まる空。
蝉の声だけが、遠くで鳴いている。
椿と、美羽の父。
ふたりきり。
椿は、深く息を吸い、改めて口を開いた。
「……ご挨拶が遅くなりすみません」
「俺は、北条椿と言います」
「美羽さんと、おつ——」
「ちょっとまったああああ!!!!」
突然の絶叫。
椿は口を半開きにして固まった。
「……は?」
父は、鼻をすすりながら、指を突き出す。
「ママから、それとなく聞いてはいる!」
「き、君はあの……」
「美羽の、かっこ仮、彼氏とか言われているかもしれない人物!かっことじ!なんだな?!!」
一拍も置かず、椿は答えた。
「いえ彼氏です」
即答だった。
「…………」
父の目から、滝のように涙が溢れ出した。
「そうかぁぁぁぁ!!!」
「なななっ!!彼氏だとぉぉぉ!!」
ギャン泣きである。
「(美羽の父さん、情緒がやべぇ……)」
椿は若干引いていた。
だが、父は急に顔を上げ、涙を流したまま叫ぶ。
「だがな!!」
「俺は、君を!!」
「美羽の彼氏と、認めてはいなぁぁぁい!!」
指を突き出し、ただのカッコ悪いおっさんと化している。
「……」
椿は一度だけ目を閉じ、覚悟を決めたように口を開く。
「では、認めてもらえるまで——」
「勝負だ!!!」
被せるように父が叫ぶ。
「……」
「君に、美羽をかけた勝負を挑む!!」
「(美羽の父さん、話聞かねぇタイプか……)」
椿は苦笑しながらも、逃げなかった。
「は、はぁ……」
父は拳を握りしめ、やけに誇らしげに言い放つ。
「いいか!!俺と、空手で勝負だ!!」
「俺が勝ったら!」
「君には、美羽と別れてもらう!!」
「そして!」
「君が勝ったら……」
「……かか、か!彼氏と認めてやろう!!」
夕焼けが、二人の影を長く伸ばす。
椿は、一瞬だけ驚いたように目を見開き——
次の瞬間、真剣な表情になった。
「……わかりました」
迷いのない声だった。
こうして。
美羽の父 vs 美羽の彼氏
愛を賭けた、謎の空手勝負が、静かに幕を開けたのである。
その頃、美羽はというと——
「……ていうか、パパと椿くん。いつの間に知り合ってたの……?」
リビングで呑気に首を傾げていた。
(※ふたりは完全に初対面です。)
嵐の予感を知らずに。
夕焼けに染まる住宅街。
バイクのエンジン音だけが、やけに大きく響いていた。
ふたりとも、ほとんど言葉を交わさなかった。
さっきまで海辺で交わした約束が、まだ胸の奥で熱を持っていて、
下手に言葉にしたら壊れてしまいそうだったから。
家が見えてきた、その時。
「……え?」
美羽が目を見開いた。
玄関の前に、腕を組んで立っている人物。
逆光の中でも、はっきり分かる。
「ええ?!パパ?!」
椿がバイクを止める間も待てず、美羽は飛び降りるように降りて駆け寄った。
「パパどうしたの、こんなとこで!」
父は、美羽の顔を一瞬だけ見て、すぐにその後ろ——
ハーレーの横に立つ椿へ視線を向けた。
「おかえり、美羽。先に……家に入ってなさい」
声は低く、いつもの情けない調子とはまるで違う。
「パパはな、その後ろの彼に話がある」
空気が、一瞬で張り詰めた。
椿も、状況を察したのか、静かにバイクを降りる。
背筋を伸ばし、深く一礼した。
「……」
美羽は不安そうにふたりを見比べる。
椿は、美羽の肩にそっと手を置き、低い声で言った。
「美羽、そういう事だから」
「……じゃあ、またな」
優しく、けれど有無を言わせない力で、家の方へと背中を押す。
「え、ちょ、椿くん?!」
「ちょっと、パパ!急に何言い出すの?!」
「椿くんに変なこと言ったら、私パパのこと一生嫌いになるからね!!」
頬を膨らませ、全力で睨みつける。
「こら美羽!!そんなこと言うんじゃない!」 「パパもう泣くよ!泣いちゃうからねぇ!!」
父はすでに目を潤ませていた。
バタン。
玄関の扉が閉まる。
その音と同時に、世界から音が消えたみたいだった。
夕焼けに染まる空。
蝉の声だけが、遠くで鳴いている。
椿と、美羽の父。
ふたりきり。
椿は、深く息を吸い、改めて口を開いた。
「……ご挨拶が遅くなりすみません」
「俺は、北条椿と言います」
「美羽さんと、おつ——」
「ちょっとまったああああ!!!!」
突然の絶叫。
椿は口を半開きにして固まった。
「……は?」
父は、鼻をすすりながら、指を突き出す。
「ママから、それとなく聞いてはいる!」
「き、君はあの……」
「美羽の、かっこ仮、彼氏とか言われているかもしれない人物!かっことじ!なんだな?!!」
一拍も置かず、椿は答えた。
「いえ彼氏です」
即答だった。
「…………」
父の目から、滝のように涙が溢れ出した。
「そうかぁぁぁぁ!!!」
「なななっ!!彼氏だとぉぉぉ!!」
ギャン泣きである。
「(美羽の父さん、情緒がやべぇ……)」
椿は若干引いていた。
だが、父は急に顔を上げ、涙を流したまま叫ぶ。
「だがな!!」
「俺は、君を!!」
「美羽の彼氏と、認めてはいなぁぁぁい!!」
指を突き出し、ただのカッコ悪いおっさんと化している。
「……」
椿は一度だけ目を閉じ、覚悟を決めたように口を開く。
「では、認めてもらえるまで——」
「勝負だ!!!」
被せるように父が叫ぶ。
「……」
「君に、美羽をかけた勝負を挑む!!」
「(美羽の父さん、話聞かねぇタイプか……)」
椿は苦笑しながらも、逃げなかった。
「は、はぁ……」
父は拳を握りしめ、やけに誇らしげに言い放つ。
「いいか!!俺と、空手で勝負だ!!」
「俺が勝ったら!」
「君には、美羽と別れてもらう!!」
「そして!」
「君が勝ったら……」
「……かか、か!彼氏と認めてやろう!!」
夕焼けが、二人の影を長く伸ばす。
椿は、一瞬だけ驚いたように目を見開き——
次の瞬間、真剣な表情になった。
「……わかりました」
迷いのない声だった。
こうして。
美羽の父 vs 美羽の彼氏
愛を賭けた、謎の空手勝負が、静かに幕を開けたのである。
その頃、美羽はというと——
「……ていうか、パパと椿くん。いつの間に知り合ってたの……?」
リビングで呑気に首を傾げていた。
(※ふたりは完全に初対面です。)
嵐の予感を知らずに。



