危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

あれから、椿は美羽をハーレーで家まで送り届けた。
夕焼けに染まる住宅街。
バイクのエンジン音だけが、やけに大きく響いていた。
ふたりとも、ほとんど言葉を交わさなかった。
さっきまで海辺で交わした約束が、まだ胸の奥で熱を持っていて、
下手に言葉にしたら壊れてしまいそうだったから。
家が見えてきた、その時。

「……え?」

美羽が目を見開いた。
玄関の前に、腕を組んで立っている人物。
逆光の中でも、はっきり分かる。

「ええ?!パパ?!」

椿がバイクを止める間も待てず、美羽は飛び降りるように降りて駆け寄った。

「パパどうしたの、こんなとこで!」

父は、美羽の顔を一瞬だけ見て、すぐにその後ろ——
ハーレーの横に立つ椿へ視線を向けた。

「おかえり、美羽。先に……家に入ってなさい」

声は低く、いつもの情けない調子とはまるで違う。

「パパはな、その後ろの彼に話がある」

空気が、一瞬で張り詰めた。
椿も、状況を察したのか、静かにバイクを降りる。
背筋を伸ばし、深く一礼した。

「……」

美羽は不安そうにふたりを見比べる。
椿は、美羽の肩にそっと手を置き、低い声で言った。

「美羽、そういう事だから」
「……じゃあ、またな」

優しく、けれど有無を言わせない力で、家の方へと背中を押す。

「え、ちょ、椿くん?!」
「ちょっと、パパ!急に何言い出すの?!」
「椿くんに変なこと言ったら、私パパのこと一生嫌いになるからね!!」

頬を膨らませ、全力で睨みつける。

「こら美羽!!そんなこと言うんじゃない!」 「パパもう泣くよ!泣いちゃうからねぇ!!」

父はすでに目を潤ませていた。



バタン。
玄関の扉が閉まる。
その音と同時に、世界から音が消えたみたいだった。
夕焼けに染まる空。
蝉の声だけが、遠くで鳴いている。
椿と、美羽の父。
ふたりきり。
椿は、深く息を吸い、改めて口を開いた。

「……ご挨拶が遅くなりすみません」
「俺は、北条椿と言います」
「美羽さんと、おつ——」
「ちょっとまったああああ!!!!」

突然の絶叫。
椿は口を半開きにして固まった。

「……は?」

父は、鼻をすすりながら、指を突き出す。

「ママから、それとなく聞いてはいる!」
「き、君はあの……」
「美羽の、かっこ仮、彼氏とか言われているかもしれない人物!かっことじ!なんだな?!!」

一拍も置かず、椿は答えた。

「いえ彼氏です」

即答だった。

「…………」

父の目から、滝のように涙が溢れ出した。

「そうかぁぁぁぁ!!!」
「なななっ!!彼氏だとぉぉぉ!!」

ギャン泣きである。

「(美羽の父さん、情緒がやべぇ……)」

椿は若干引いていた。

だが、父は急に顔を上げ、涙を流したまま叫ぶ。

「だがな!!」
「俺は、君を!!」
「美羽の彼氏と、認めてはいなぁぁぁい!!」

指を突き出し、ただのカッコ悪いおっさんと化している。

「……」

椿は一度だけ目を閉じ、覚悟を決めたように口を開く。

「では、認めてもらえるまで——」

「勝負だ!!!」

被せるように父が叫ぶ。

「……」

「君に、美羽をかけた勝負を挑む!!」

「(美羽の父さん、話聞かねぇタイプか……)」

椿は苦笑しながらも、逃げなかった。

「は、はぁ……」

父は拳を握りしめ、やけに誇らしげに言い放つ。

「いいか!!俺と、空手で勝負だ!!」
「俺が勝ったら!」
「君には、美羽と別れてもらう!!」

「そして!」
「君が勝ったら……」
「……かか、か!彼氏と認めてやろう!!」

夕焼けが、二人の影を長く伸ばす。
椿は、一瞬だけ驚いたように目を見開き——
次の瞬間、真剣な表情になった。

「……わかりました」

迷いのない声だった。

こうして。
美羽の父 vs 美羽の彼氏
愛を賭けた、謎の空手勝負が、静かに幕を開けたのである。


その頃、美羽はというと——

「……ていうか、パパと椿くん。いつの間に知り合ってたの……?」

リビングで呑気に首を傾げていた。

(※ふたりは完全に初対面です。)

嵐の予感を知らずに。