危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

三日後の夜。


縁側の向こうでは、虫の声が一定のリズムで鳴いていた。

美羽は、深く息を吸ってから、居間に座る父と母を見つめた。
いつものように笑ってごまかすことはしない。
今夜は、ちゃんと話すと決めていた。

「……パパ、ママ」

声が少しだけ震える。

「私ね、教師を目指すことにした」

二人の視線が、一斉に美羽に向く。

「進路希望も、それで進めようと思う」

一瞬の沈黙。
そのあと、最初に反応したのは母だった。

「あら」

ぱっと顔を明るくして、手を叩く。

「美羽らしくていいんじゃない?ね、パパ」

その言葉を合図にしたかのように——
父は、ぶわっと目を潤ませた。

「あぁ……」
震える声。
「いいじゃないか……!」


次の瞬間。
「よくぞ決めてくれたな、美羽!!」
「うわぁぁぁん!!」

両手で顔を覆い、全力で泣き出す父。

「……」

美羽は思わず苦笑いする。

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ、パパ」
「もう……」

母は呆れたように笑いながらも、どこか嬉しそうだった。

「それでね」

美羽は一度、言葉を区切る。

「留学の件は……ちょっと保留にする」

その瞬間、空気が少しだけ変わった。

「まだ、整理できてないから……」

美羽の声は、少し寂しそうだった。
母が首を傾げる。

「あら?椿くんが行くなら、一緒に行くんじゃないの?」

美羽は、ほんの一瞬だけ視線を落とす。

「うーん……」

「まだ、椿くんから答え、聞いてないから」

そう言って、無理に笑った。

「じゃあ私、ちょっと近くのコンビニまで散歩してくるね」

立ち上がり、そそくさと玄関へ向かう。
母は、その背中を見送りながら小さく呟いた。

「……なんだか、元気ないわね。大丈夫かしら」

一方の父は、もうお酒を手にしていた。
「今日は、可愛い娘の美羽に、乾杯だなぁ!!」

完全に出来上がっている。

「もう、パパたら……」

母はため息をついた。




夜道は、驚くほど暗かった。
街灯は少なく、代わりに星がやけに近い。
両脇には田んぼが広がり、
蛙の鳴き声がぽつぽつと夜に溶けている。

「……はぁ」

美羽は、ひとつ息を吐いてからスマホを取り出した。

(……話さなきゃ)

そう思って、椿の名前をタップする。
数回のコールのあと。

『もしもし』

聞き慣れた声。

『美羽か、どうだ?そっちは』

その優しい声に、胸がきゅっと締めつけられる。

「うん……」
「田舎でね、田んぼばっかり」
「静かで、いいよー」

なるべく明るく言ったつもりだった。
けれど——

『……なんかあったのか?』

椿は、すぐに気づいてしまう。

「ん?」
「ううん、なんでもないよ」
「ちょっと……色々考えたことがあって、整理してただけ」

寂しそうに笑うと、電話の向こうで小さく息を吐く音がした。

『そうか。美羽が大丈夫なら、いいが』
『あんまり、考えすぎるなよ』

その言葉が、やさしく胸に降り注ぐ。

(……やりたいこと、見つかったのに)
(なのに、私はきっと……)

考え込んでいると、

『美羽?』

名前を呼ばれて、はっとする。

「ごめん、聞こえてるよ!」

少し無理をして、声を張る。

「……あのね椿くん。私、やりたいこと見つけたの。」

勇気を振り絞って、伝えた。

『……そうか』

椿の声が、少しだけ柔らかくなる。

『良かったな』

その一言が、嬉しくて、でも少し苦しくて。

「それでね!」
美羽は、精一杯笑った。
「今度、家に帰ってきたら……椿くんとデートしたいなっておもって!」
「つもる話もあるし……!」

電話の向こうで、椿が笑う気配。

『あぁ、わかった。ちょうど、美羽に連れて行きたいとこがあんだ』
『今度、行こう』

美羽は、夜空を見上げた。
星が、やけに綺麗で。

「……そうなの?」
「うん……わかった」
「楽しみにしてるね」

声が、少し掠れる。

「じゃあ……またね」

通話が切れる。
静寂が戻る。
その瞬間——
美羽の頬を、ゆっくりと涙が伝った。

「……あれ?」
「おかしいな……」
手の甲で涙を拭う。
「良かったじゃん……」
「なのに……」
「なんで、こんなに……悲しいのかな……」


星空が、にじむ。
それはまるで——
留学という現実が、急に遠くの星になってしまったみたいで。

(……本当、ばかだなぁ私。)

美羽は、小さく嗚咽を漏らした。

そのとき。
空を、一本の流れ星が静かに横切った。
美羽は、それを見上げながら、そっと呟く。

「……椿くん、私…」

何に向けた願いか、自分でも分からないまま。
夜は、優しく、残酷なほど静かだった。