危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

とうとう夏休みが始まった。


蝉の声が朝から遠慮なく鳴り響き、窓から差し込む日差しは、これまでより少しだけ強く感じられる。

高校三年生、最後の夏。
美羽は、リビングのテーブルの前に正座していた。
背筋を伸ばし、膝の上で拳をぎゅっと握る。
向かいには、腕を組んだ父と、エプロン姿の母。
空気が、重い。

「……それで?」

母が先に口を開いた。
「美羽。改めて聞くけど、将来のことを相談したいっていうのは——」

美羽は深呼吸をして、顔を上げた。

「うん。あの……椿くんがね、卒業後に留学するかもしれなくて」

「その話を、ちゃんと二人にしたくて」

言い終わる前に——

「ダメだ!!」

テーブルを叩く音。
父だった。

「パパはそんな子に育てた覚えはありません!!」
立ち上がり、涙目で叫ぶ。
「そんな、どこの馬の骨かもわからない野郎に!!」
「パパの美羽は!!」
「——あげませんんんん!!」

完全に泣いている。
美羽は思わず引いた。

「ちょ、ちょっとパパ!!」
「まだ決まったわけじゃないし!」
「ちゃんと話を聞いてよ!!」

必死に言葉を重ねる。

「それに、私だってちゃんとテスト頑張ってるし!」
「この前の英語、92点だったんだよ?!」

しかし父は、耳を塞ぐ勢いだった。

「聞きません!!」
「聞かないって今決めました!!」
「パパはもう心がズタズタです!!」

暖簾に腕押し。
完全に感情論。
横で見ていた母は、ため息をひとつ。

「……美羽」
「さすがに話が飛びすぎよ?」

その声は、いつもより少し厳しい。

「留学って、そんな簡単な話じゃないわよ?」
「それに——」

母は美羽をまっすぐ見つめた。

「椿くんはいいとして」
「アメリカで、美羽は何を目指して行動するの?」
「旅行でもないし、遊びじゃないのよ?」

胸に、ぐさりと刺さる。

「そ、それは……」

美羽は言葉に詰まる。
「向こうに行ってから……考えよう、かなって……」

自分でも苦しい言い訳だと分かっていた。
母はおたまを置き、静かに続ける。

「美羽」
「大好きな人と一緒にいたい気持ちは、ママも分かるわ」
「でもね、それだけじゃ、これから先はやっていけないのよ」

優しいのに、逃げ道がない言葉。

(……そんなこと)
(わかってるよ……)
(わかってるけど……)

胸の中が、ぐちゃぐちゃに絡まっていく。
そのとき——

「とにかく!!」
父が立ち上がった。

「美羽!」
「明日から実家に戻ります!!」
「そこで、恋愛に現ぬかしている情けない自分を見つめ直しなさい!!」
「いいね?!」

そして唐突に——
「パパは今晩、枕を濡らして寝るからぁぁぁ!!」

勢いよくリビングを出ていく。

「ちょ、ちょっと待ってよパパ!!」

美羽は立ち上がり、追いかけようとした。

「実家って何?!何の話?!それこそ聞いてないんだけど!!」

しかし、母の手が肩に置かれる。

「はいはい、落ち着いて美羽」

にこにこしながら、料理を続ける母。

「何って、明日から夏休みでしょ?」
「パパの実家にお泊まりするのよ」
「今晩、ちゃんと用意しときなさいね?」

あまりにもさらっと。

「……はぁぁぁあ!?」

美羽の声が、リビングに木霊した。

(高3最後の夏休みなのに!!)
(なんでこんな展開になるの!!)

窓の外では、蝉が元気よく鳴いている。
夏は、始まったばかりだった。
——そしてこの夏は、
美羽にとって「恋」と「将来」を真正面から突きつける、
忘れられない季節になっていくのだった。