「ふふふ……実はね!その転入生は~」
莉子がわざとらしく間をためた、その瞬間だった。
廊下の奥から、まるで波が押し寄せるみたいに、
「「「「きゃーっっ!!!」」」」
「え、なに!?誰!?超イケメン!!」
「ちょっと待って、レベル違わない!?」
と、黄色い歓声が一斉に弾けた。
「え?」
美羽はびくっと肩を揺らし、思わず声を上げる。
「な、なに?!」
ざわめきはどんどん近づいてくる。
春の校舎に似つかわしくないほど、熱を帯びた視線と声。
椿は眉をひそめ、ゆっくりと振り返ろうとした、そのとき。
「――椿。」
低くもなく、高すぎもしない。
けれど、妙に耳に残る、爽やかな声。
椿はぴたりと動きを止め、振り向いた。
「……っ」
次の瞬間、椿の目がわずかに見開かれる。
「……秋人?」
そこに立っていたのは、
黒薔薇学園の制服を、少しだけ着崩しながらも完璧に着こなした青年。
留学前よりも少し伸びた髪。
海外の太陽を浴びたせいか、ほんのり艶があり
輪郭はシャープ。
何より――左右で色の違うオッドアイが、きらりと光っていた。
「久しぶり」
軽い調子で手を振るその姿に、
周囲の女子生徒たちは一瞬で射抜かれた。
「え、誰……?!」
「ちょっと待って、顔面強すぎ……」
「しかもオッドアイ!?なにあれ、反則でしょ……」
「黒薔薇にこんな人いたっけ……?」
美羽はというと、完全に思考停止していた。
「……え?」
次の瞬間、思わず素っ頓狂な声が飛び出す。
「えーっ!?あ、秋人くんん!?」
目をまんまるくして固まる美羽を見て、
秋人はふっと笑った。
「美羽ちゃん!久しぶり!!」
きらきらと輝くオッドアイ。
その笑顔は、まるで春の光をそのまま閉じ込めたみたいだった。
(う、うわぁ……)
美羽は内心、思わず苦笑いする。
(元がイケメンなだけに……なにこれ……
さらに眩しくなってるんだけど……。
これが……留学パワー……?)
その横で、莉子が満面の笑みを浮かべて両手を広げた。
「というわけで!!
転入生は~……じゃじゃーん!!
私のお兄ちゃんでした~♪」
「もう!莉子ったら!」
美羽は思わず声を上げる。
「それならそうと教えてよ~!!心臓止まるかと思ったよ!」
椿も腕を組み、ため息混じりに言う。
「おい、秋人。
連絡くらい寄こせ」
そう言いながらも、
椿のその声音にはほんの少しだけ、再会を喜ぶ色が滲んでいた。
「ははっ、ごめんねー。
サプライズのほうが面白いかなーと思って。」
周囲はすでに大混乱だった。
「え、椿くんの知り合い!?」
「ってことは……強いの?」
「黒薔薇の新メンバー……?」
「てか普通に国宝級なんだけど!!」
「超~絶イケメン!!」
「一回でいいからハグされたい……!!」
秋人はそんな視線をものともせず、
莉子の前に立つと、ぽん、と頭に手を置いた。
「莉~子。秘密って言っただろ~?」
「えへへ!」
莉子は嬉しそうに目を細める。
「だって!
美羽と椿くん、絶対びっくりすると思って!」
美羽は苦笑しながら首をかしげる。
「それはびっくりするよ……」
そして、ふと思い出したように聞いた。
「でも秋人くん、
なんで急にこっちに……?」
その問いに、秋人は一瞬だけ間を置いた。
そして――
すっと、美羽との距離を詰める。
「んー?」
耳元に落ちる、少し低くなった声。
「それはね……」
周囲の空気が、一瞬、静止する。
「美羽ちゃんに、会いたかったからだよ」
そう言うなり、
秋人は迷いなく、美羽の頬にキスを落とした。
「――ひゃっ!?」
あまりに一瞬の出来事で、
美羽の脳は完全に追いつかなかった。
熱が、頬から一気に駆け上がる。
「え、あ、あ、あきと、く……っ!?」
言葉にならない声を上げて、手で頬を押さえて
その場で固まる美羽。
椿は目を見開き、次の瞬間、鋭く秋人を睨みつけた。
「おい、秋人。
何のつもりだ?」
声は低く、はっきりとした怒気を含んでいる。
「きゃー!!」
「大胆すぎ!!」
「朝から刺激強すぎない!?」
莉子はというと、完全にお祭り状態だった。
「きゃー!お兄ちゃん大胆んんん!!
最高!!」
秋人は肩をすくめ、涼しい顔で言う。
「やだなぁ、椿。
“あっち”じゃ、挨拶みたいなもんだよ?」
そして、にやりとした。
「まぁ……
椿にも会いたかったのは本当だけどね?」
その言葉を境に、
椿と秋人の間に、目に見えない火花が散った。
美羽はふたりの間に挟まれ、あわあわと視線を泳がせる。
(ちょ、ちょっと!…なんなの?!この空気は……!)
春の始まり。
桜が舞う新学期。
こうして、
黒薔薇学園・高校三年生のドタバタラブコメは――
三角関係という名の火種を抱えて、本格的に幕を開けたのだった。



