危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

中間テストが無事におわり、
教室には、どこか解放されたような空気が流れていた。
重たい期間を乗り越えたあと特有の、ほっとしたざわめき。
英語の先生が、答案用紙の束を手に教卓に立つ。

「それじゃあ、テストを返しますね」

名前が呼ばれるたび、教室の空気が少しずつ揺れる。

「……雨宮美羽さん」

美羽はびくっと肩を跳ねさせ、前に出た。

「はい……!」

先生は答案を手渡しながら、にこりと微笑んだ。

「今回は、とてもよく頑張ったわね」

「基礎も応用も、しっかり身についています」

美羽は恐る恐る、答案をひっくり返す。

——92点。
一瞬、思考が止まった。

「……え?!」

次の瞬間。

「や、やったぁ!!」

思わず立ち上がり、椅子がガタンと音を立てる。

「莉子ー!!見て!見て!!」

答案を両手で掲げ、美羽は飛び跳ねた。

「点数上がったよー!!」

莉子も目を見開き、次の瞬間には満面の笑顔で立ち上がる。

「ええ!?すごいじゃん美羽!!」

「92点?!うそでしょ?!」

二人は勢いよくハイタッチを交わした。
パァン、と乾いた音。

「よかったね!!ほんとに!」
「ありがとう……ほんと、頑張ったぁ……!」

美羽は胸を押さえ、じんわり込み上げる達成感を噛みしめた。

(私、やればできるんだ……!)

「……秋人くんにも、お礼言わなきゃね!」

無邪気にそう言う美羽に、莉子は少しだけ複雑そうな笑みを浮かべつつも、
「うん、そうだね」と頷いた。





その頃、生徒会室。
静かな部屋で、玲央はパソコンの画面から目を離し、メガネの縁をくいっと押し上げた。

「椿」

名前を呼ばれ、椿は書類から顔を上げる。

「雨宮美羽だが、英語のテストかなり良かったみたいだぞ」

その言葉に、椿は一瞬だけ目を見開き——
すぐに、ふっと口元を緩めた。

「そうか…玲央、サンキュ」

それだけ言って、椿は立ち上がる。
生徒会室を出ていく背中を、玲央は無言で見送った。

(……やっぱりな)

玲央は小さく息を吐いた。

(全部、あいつの想定内か)








そして夕方の屋上。

フェンス越しに見える街並みは、夕焼けに溶けていた。
ガシャン、と屋上のドアが重たい音を立てて開く。

「……で?」

秋人は振り返り、片手をポケットに入れたまま言った。

「どうしたの、こんなところに呼び出して」

そこに立っていたのは、椿だった。
いつもより表情が硬い。

「秋人」
低い声。
「お前に、頼み事がある」

「え?」

秋人は眉を上げ、半歩だけ距離を取る。

「何?急に怖いんだけど」

椿は一度、言葉を探すように視線を落とし、フェンスに背を預けた。

「……美羽のことで、ちょっとな」

その一言で、秋人の表情が変わる。

「……美羽ちゃん?」

椿は遠くの街を見つめたまま、静かに言った。

「俺、卒業したらアメリカに留学することにした」

風が吹き、前髪が揺れる。
秋人は驚きつつも、すぐに冷静な声で返した。

「そうなんだ」
「……じゃあ、美羽ちゃんはどうするの?」

椿はすぐには答えなかった。
しばらく沈黙が落ちる。

「……どっちを選ぶかは、美羽本人に任せることにした」

その言葉に、秋人は一瞬だけ目を伏せた。

「……そう」

短い返事。
そこには、切なさが滲んでいた。
椿は、少しだけ間を置いて、続ける。

「それでもし、美羽が日本に残ることになったら……」

秋人を見る。

「秋人、俺が戻るまで…美羽を、守ってほしい」

空気が、ぴんと張り詰める。

「……は?」

秋人は思わず笑った。

「何それ」

「はは、なかなか酷いんじゃない?椿」

「俺、美羽ちゃんまた口説いちゃうかもしれないよ?」

「それでも、いいわけ?」

挑発的な言葉。
だが椿は、動じなかった。
風に前髪を揺らしながら、少しだけ笑う。

「はっ、口説くなり、煮るなり、焼くなりしろよ」

そして、はっきりと。

「けどな俺と美羽がこの世にいる限り、美羽は俺のことが好きで……俺も、美羽しか愛さねぇ」

一歩も引かない視線。

「この先、それ以上でも、それ以外でも
何者でもねぇよ」

秋人は、言葉を失った。

「……椿……」

その名前を呼んだ瞬間、椿はもう背を向けていた。
屋上のドアが、再び音を立てて閉まる。
取り残された秋人は、しばらくその場に立ち尽くし——
やがて、苦笑いしながら髪をかき上げた。

「……何だよ、それ」
「結局、言い逃げかよ……」


夕焼けの空を見上げる。
胸の奥に、悔しさと、納得と、ほんの少しの敗北感が入り混じっていた。

「……ほんと、ふたりには敵わないな」

そう呟く声は、風に溶けて消えていった。