危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

昼休みの校舎は、いつもより少しだけざわついていた。
窓から差し込む光が廊下を斜めに切り取り、春の空気が漂っている。

「あ、高城くん!!ありがとう……」

黒板消しを抱えきれずに困っていた背の低い女子が、少し上目遣いで礼を言うと、
秋人は軽く微笑んで、それを黒板の上段にひょいと戻した。

「どういたしまして。無理しなくていいよ」

さらりとした声。
オッドアイが光を受けて、柔らかくきらめく。
その少し先では、転びかけた別の女子生徒が「きゃっ」と声を上げ、

次の瞬間には、秋人の腕が伸びていた。

「危ないよ」

支える手は紳士的で、距離は近いのにどこか節度がある。

「だ、大丈夫です……!」

女子生徒は真っ赤になり、逃げるように去っていった。

その一部始終を見ていた周囲の女子たちは、もはや隠す気もなく騒ぎ始める。

「今日も秋人くん、輝かしいわぁ……」

「ねぇ、なんか更に色気増してない?」

「失恋したって噂、ほんと?」

「え!じゃあ今ならチャンスじゃない?」

「ちょっと、やめなよ~!」

黄色い声が、波のように広がっていく。
秋人はその喧騒から少し離れ、廊下の窓辺に寄りかかって、小さく息を吐いた。

「……ふぅ」

窓の外には、眩しいほどの青空。
自分でも分かる。少し、吹っ切れた。

(まぁ……落ち込んでる場合でもないしね)

そう思った瞬間――
ドドドドドドっ!!
突然、廊下の奥からものすごい勢いで駆けてくる影。

「……え?」

秋人が振り向いた、その刹那。

「秋人くーん!!ぶふぅっ!!」

勢いそのまま、美羽が秋人の胸に突っ込んできた。

「……っ?!」

衝撃に一瞬よろけながらも、反射的に腕を伸ばし、美羽を抱き止める。

「え、美羽ちゃん???」

周囲が、しん……と静まり返る。

次の瞬間。

「きゃああああ!!」

「なに今の!?少女漫画!?」

「抱き止めてるぅぅ!?羨ましすぎない?!」

女子たちの悲鳴が、一斉に上がった。
秋人は、目を見開いたまま、美羽を見下ろす。

「あはは、……大丈夫かい?」

美羽は、秋人の胸に額をぶつけたまま、ぐっと顔を上げる。

「あ!!ご、ごめんね!」

少し息を切らしながら、それでも目はきらきらしていた。

「はぁ……でもよかった~!ちょうど秋人くんを探してたのっ!!」

秋人は内心で苦笑する。

(いや、この前の流れの後でこれってどうなの?
アメリカンジョーク越えてるよね?)

美羽は構わず続ける。

「あのね、秋人くん!!」

両手をぎゅっと握りしめて、少し前のめりになる。

「私に――英語、教えてほしいのっ!!」
ぴたり。

秋人の思考が、完全に止まった。

「……え?」

間抜けな声が、自然と漏れる。

「「「「「……え?」」」」」

もう一度。
周囲の女子たちも、同時に固まった。

「……ん?」
「……今、なんて?」
「……英語?」

美羽は真剣そのものだった。

「うん!!中間テスト近いし……私、英語ほんとにやばくて……!!」

「秋人くん、留学してたし、英語ペラペラでしょ?」

「だから……この通り、お願いしますっ!!」

ぺこっと、深く頭を下げる。
秋人は、しばらくその姿を見つめてから、ゆっくりと息を吐いた。

「……」

そして、苦笑いを浮かべる。

「……まいったなー」

(こんな真っ直ぐな子に頼まれたら、断れるわけないじゃんねぇ)

オッドアイが、柔らかく細まる。

「いいよ」

「え?!」

美羽の顔が、一瞬でぱあっと明るくなる。

「ほ、ほんと?!ありがとう!!」

秋人は肩をすくめて笑った。

「ただし」

指を一本立てる。

「覚悟はしてね。俺、結構スパルタだよ?」

その言葉に、美羽は一瞬ひるみ――
でもすぐに、笑顔でうなずいた。

「うん!わかった!頑張るねっ!!」

そのやり取りを、廊下の端から見ていた女子たちは、呆然としていた。

「……きゃー!!なに、あれ!!」
「英語教えるとか……私達も教えてほしい!!」
「失恋したって噂、嘘じゃないの……?」
「あの二人、どういう展開??!!」

その中心で、秋人は美羽の頭に軽く手を置き、
「じゃあ、放課後ね」
と、静かに微笑んだ。

美羽は胸の奥で、小さく跳ねる鼓動を感じながら、
「うん!ありがとう、秋人くん!!」
と元気よく答えた。


――この瞬間、
“英語勉強会”という名の、新たな波乱が静かに始まったのだった。