危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

屋上の扉が、静かに閉まった。

「……ふぅ」

美羽は、背中を扉に預けて小さく息を吐いた。
風はもう届かないはずなのに、胸の奥はまだ少しざわざわしている。

「あんなこと言っちゃったけど……」

ぽつりと、独り言が零れた。

「私……椿くんについていけるのかなぁ……」

さっきまで、あんなに嬉しかったのに。
未来の話をして、世界が一気に広がった気がしたのに。
不安は、嬉しさのすぐ隣に座っている。
美羽は自分の頬を、ぱちぱちっと両手で叩いた。

「いけない、いけない!」

声に出して、自分を叱る。

「何弱気になってるの、美羽!椿くんと一緒にいるって、決めたでしょ!」

鏡なんてなくても分かる。
今の自分の顔は、きっと必死で、でも少し前向きだ。

「よし!」

気合を入れて、廊下を走り出した。
教室に入ると、いつもの空気がそこにあった。

「もう、美羽~!遅いよ~!」

莉子が、机に頬杖をついたまま振り返る。
美羽は慌てて駆け寄り、苦笑いする。

「ごめん、莉子!色々遅くなっちゃって!」

「ふ~ん?」

莉子はニヤリと目を細めた。

「で?椿くんと仲直りできたって感じ?」

「え?う、うん……」

美羽は視線を泳がせ、耳まで赤くなる。
その反応が答えだった。

「ふふっ」

莉子は楽しそうに笑う。

「もう、ラブラブじゃな~い!」

「ちょ、ちょっと莉子!」

美羽は慌てて止めに入るが、口元は緩んでいた。

「ちゃかさないでよ~……でも」

小さく声を落とし、

「……ありがとう莉子。」

莉子は一瞬きょとんとしてから、肩をすくめる。

「どーいたしまして。親友ですから?」

二人は顔を見合わせ、くすっと笑った。





一方その頃。
椿も教室に戻った途端、待ち構えていたように悠真に捕まっていた。

「おーい椿~!」

肩をがっしり組まれる。

「美羽ちゃんと仲直りできた?僕、心配してたんだからねぇ~!」

椿は少し視線を逸らし、「……あぁ、まぁな」

その一言が、全てを物語っていた。

「えええ?!」

悠真は目を見開く。

「今の見た?!あの椿が照れてる!!てかデレてるぅ?!」

「……」

椿の眉間に、くっきりと皺が寄る。

「お前、ほんといちいちうぜぇな」

「ひどっ!」

遼はその様子を見て、くつくつと笑う。

「いやぁ、何よりだねぇ~。青春青春~」

碧も腕を組みながら頷いた。

「でも、椿くん。本当に留学なんてしてしまったら……寂しいですね!」

その言葉に、椿は一瞬だけ息を詰めた。

けれど、すぐに頬杖をつき、落ち着いた声で言う。

「それについては、きっちり蹴りつけるよ」

「美羽とも話したし」

悠真は少しだけ真面目な顔になる。

「そっかぁ……でもさ、椿。美羽ちゃんとの遠距離はなかなかきついんじゃない?」

椿は、こいつは何を言っているんだ、とでも言いたげに返す。

「は?」

そして、さらりと。

「そんなの、美羽と一緒に行けばいいだけだろ」

「離れるつもりねぇし」

「えええええ?!!」

悠真が叫ぶ。

「そうなの?!そんなのアリなのおお?!!」

「僕の美羽ちゃんが、海外デビュー?!!」

目を輝かせながら、
「何それ!なんかやらしー……」言い切る前に。

「だぁから!」

椿が悠真の口を無理やり塞ぐ。

「お前はいちいちうるせーんだよ!」

「むぐっ?!むむー!!」

遼は腹を抱えて笑っていた。

「いやぁ……ほんと、騒がしいねぇ」

その隣で、玲央が眼鏡の縁を指で押し上げる。

「しかし椿」

冷静な声。

「留学となると、英語が必須科目だが」

「雨宮美羽の成績で……本当に、なんとかなるのか?」

椿は、その言葉にぴたりと固まった。

「……は?」

教室の空気が、一瞬止まる。
遼が、ぽつり。

「あー……」

悠真も、ようやく口を解放されて言う。

「……あ、それ、触れちゃいけないやつじゃない?」

椿は、屋上から出ていった美羽の背中を思い出していた。

(……そういや……)

(テスト前になると、いつも大変そうだったような……)

不穏な予感が、じわじわと広がっていく。

それは——
中間テストが近づいた頃に、確実に現実となる問題だった。