椿が屋上へと走っていった後。
廊下には、さっきまでの緊張が嘘みたいに、
静かな空気が戻っていた。
秋人は、その場にしばらく立ち尽くしてから、
ふうっと小さく息を吐き、ゆっくりと歩き出した。
窓の外には、午後の光。
白い雲が、のんびりと流れている。
(……終わった、か)
胸の奥に、ちくりとした痛み。
でも、それを“後悔”とは呼びたくなかった。
廊下の向こうから、足音が近づく。
「お兄ちゃん、お疲れさま!」
聞き慣れた声。
顔を上げると、そこにいたのは莉子だった。
少し眉を下げて、いつもより柔らかい笑顔。
秋人は、照れ隠しみたいに笑って、頭の後ろで両腕を組む。
「なぁに、莉子。慰めてくれんの?」
軽口のつもりだった。
莉子は肩をすくめて、ニヤリとする。
「まぁ、慰めてあげてもいいけど~?」
「はは、なんで上から~?」
秋人はわざとらしく拗ねた顔をしてみせる。
「俺、結構頑張ったでしょ?」
その声に、ほんの少しだけ寂しさが混じった。
莉子は一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし、
それから髪を耳にかけて、遠くを見る。
「うん。私が兄妹じゃなかったら、惚れてたかなぁ~」
さらっと言ってから、続ける。
「あ、でも応援したいけど……(遼くんの事もあるし)…できないか」
秋人は、ぱちりと目を見開いた。
「あれ?莉子……もしかして好きな男でもできた?」
莉子の肩が、びくっと跳ねる。
「え?!そ、そんな事ないよ!?」
声が裏返り、顔がみるみる赤くなる。
秋人は、その反応を見逃さなかった。
「何々~?怪しいなあ」
にやり、と意地悪な笑み。
「莉子、変な男はダメだよ?俺が許さないから」
「だから、ちがうって~!」
莉子はぷいっとそっぽを向く。
でも、数歩歩いたところで、立ち止まった。
「……お兄ちゃん」
呼ばれて、秋人は足を止める。
「ん?何?」
窓の外の雲を眺めたまま、振り返らない。
莉子は、少しだけ考えるように間を置いてから、静かに言った。
「椿くんがいなかったら……美羽はきっと、秋人くんだったよ」
秋人の指先が、わずかに動く。
「でもね」
莉子は、微笑んだ。
「美羽にとって、椿くんがいない世界は……あり得ないんだろうね」
その言葉は、優しくて、残酷だった。
秋人は、ゆっくりと目を閉じてから、苦笑する。
「莉子、それ以上言ったら……俺、泣くよ?」
冗談めかした声。
でも、どこか本音だった。
莉子は小さく笑う。
「あはは。私は美羽の味方だから」
少しだけ、申し訳なさそうに。
「お兄ちゃん慰めるの、向いてないみたい」
そう言って、歩き出した。
「じゃね。お兄ちゃん」
足音が、廊下の奥へと消えていく。
秋人は、その場に立ちすくんだまま、
再び空を見上げた。
青すぎる空。
さっきより、少し遠く感じる。
「あー……」
ぽつり。
「結構、悔しいかも」
誰に聞かせるでもない呟き。
そのとき。
廊下の端で、遼が壁にもたれながら、
目を伏せて、ふっと笑った。
「……青春って、残酷だねぇ」
その声は、からかうでもなく、慰めるでもなく。
ただ、同じ景色を見ている人間の声だった。
廊下には、さっきまでの緊張が嘘みたいに、
静かな空気が戻っていた。
秋人は、その場にしばらく立ち尽くしてから、
ふうっと小さく息を吐き、ゆっくりと歩き出した。
窓の外には、午後の光。
白い雲が、のんびりと流れている。
(……終わった、か)
胸の奥に、ちくりとした痛み。
でも、それを“後悔”とは呼びたくなかった。
廊下の向こうから、足音が近づく。
「お兄ちゃん、お疲れさま!」
聞き慣れた声。
顔を上げると、そこにいたのは莉子だった。
少し眉を下げて、いつもより柔らかい笑顔。
秋人は、照れ隠しみたいに笑って、頭の後ろで両腕を組む。
「なぁに、莉子。慰めてくれんの?」
軽口のつもりだった。
莉子は肩をすくめて、ニヤリとする。
「まぁ、慰めてあげてもいいけど~?」
「はは、なんで上から~?」
秋人はわざとらしく拗ねた顔をしてみせる。
「俺、結構頑張ったでしょ?」
その声に、ほんの少しだけ寂しさが混じった。
莉子は一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし、
それから髪を耳にかけて、遠くを見る。
「うん。私が兄妹じゃなかったら、惚れてたかなぁ~」
さらっと言ってから、続ける。
「あ、でも応援したいけど……(遼くんの事もあるし)…できないか」
秋人は、ぱちりと目を見開いた。
「あれ?莉子……もしかして好きな男でもできた?」
莉子の肩が、びくっと跳ねる。
「え?!そ、そんな事ないよ!?」
声が裏返り、顔がみるみる赤くなる。
秋人は、その反応を見逃さなかった。
「何々~?怪しいなあ」
にやり、と意地悪な笑み。
「莉子、変な男はダメだよ?俺が許さないから」
「だから、ちがうって~!」
莉子はぷいっとそっぽを向く。
でも、数歩歩いたところで、立ち止まった。
「……お兄ちゃん」
呼ばれて、秋人は足を止める。
「ん?何?」
窓の外の雲を眺めたまま、振り返らない。
莉子は、少しだけ考えるように間を置いてから、静かに言った。
「椿くんがいなかったら……美羽はきっと、秋人くんだったよ」
秋人の指先が、わずかに動く。
「でもね」
莉子は、微笑んだ。
「美羽にとって、椿くんがいない世界は……あり得ないんだろうね」
その言葉は、優しくて、残酷だった。
秋人は、ゆっくりと目を閉じてから、苦笑する。
「莉子、それ以上言ったら……俺、泣くよ?」
冗談めかした声。
でも、どこか本音だった。
莉子は小さく笑う。
「あはは。私は美羽の味方だから」
少しだけ、申し訳なさそうに。
「お兄ちゃん慰めるの、向いてないみたい」
そう言って、歩き出した。
「じゃね。お兄ちゃん」
足音が、廊下の奥へと消えていく。
秋人は、その場に立ちすくんだまま、
再び空を見上げた。
青すぎる空。
さっきより、少し遠く感じる。
「あー……」
ぽつり。
「結構、悔しいかも」
誰に聞かせるでもない呟き。
そのとき。
廊下の端で、遼が壁にもたれながら、
目を伏せて、ふっと笑った。
「……青春って、残酷だねぇ」
その声は、からかうでもなく、慰めるでもなく。
ただ、同じ景色を見ている人間の声だった。



