とにかく、美羽は走った。
息が切れて、肺が痛くなって、
それでも足を止める理由が見つからなかった。
「……はぁ……っ」
廊下の壁に手をつき、肩で呼吸をする。
胸の奥が、ずっとぎゅうっと締めつけられている。
もうすぐ、屋上だ。
階段を一段一段、ゆっくり上る。
足が重いのは、疲れのせいだけじゃない。
屋上のドアに手をかけ、押し開けた。
――きい、と乾いた音。
目に飛び込んできたのは、
憎たらしいくらいの快晴だった。
青すぎる空。
雲ひとつない、春の光。
「……何してるんだろ、私……」
独り言は、風に溶けて消える。
さっきまで泣いていたはずなのに、
涙は出ない。
ただ、胸が空っぽで、重い。
(……秋人くんと、椿くん……喧嘩してないかな)
そんなことを考えてしまう自分が、嫌だった。
――ガシャン。
突然、屋上のドアが勢いよく開いた。
美羽は、びくりと肩を震わせる。
振り返ると、そこにいたのは——
息を切らした、椿だった。
「……っ椿くん」
胸が、大きく跳ねる。
反射的に、一歩、距離を取ってしまう美羽。
椿は、その距離を一瞬で詰めた。
「美羽」
名前を呼ばれた、その直後。
ぎゅっと、力強く抱き締められる。
「……っ!」
腕の中に閉じ込められて、
逃げ場がない。
椿の胸の鼓動が、直接伝わってくる。
速くて、必死で。
止まっていたはずの涙腺が、また緩む。
「……ごめん」
低く、震えた声。
美羽の肩に、椿の顎が触れる。
「……」
美羽は、ぐっと唇を噛みしめてから、顔を上げた。
「何よ……何の、ごめん、なの?」
目は潤んでいるのに、声は怒っていた。
椿の胸板を、ぽこぽこと叩く。
「もう!!椿くんって、肝心なこといつも教えてくれないじゃないっ!」
ぽこ。
「あぁ」
「秋人くんとのことも、そうだけどさ!!」
ぽこ、ぽこ。
「それは、ごめん」
「私、最近すっごく悩んでたのに!!」
声が、少しずつ震える。
「そもそも、留学って何?」
「それはっ」
椿の服を、ぎゅっと掴む。
「椿くんは、これからもずっと!私と一緒にいるもんだと思ってたのに……!!」
涙が、溢れた。
「留学しちゃったら…私たち、離れ離れになっちゃうかもしれないんだよ?!」
「なんで?!なんでそんな大事な事、もっと早く言ってくれないのよ!バカ!!」
感情のまま、椿の胸を叩く。
椿は、その手を止めなかった。
ただ、抱き締めたまま、静かに言った。
「……美羽、ごめん」
美羽の動きが、止まる。
「秋人のことも……俺のつまらないただの嫉妬だ」
苦笑まじりの声。
「格好悪ぃけどな」
椿は、ゆっくりと続けた。
「留学の話も……ちゃんと伝えるつもりだった。昨日、進路の事で話しになって、親が言い出して来たんだ。」
美羽の肩に、力が入る。
「留学自体は、親が勝手に言ってきただけだ。
まだ、決まったわけじゃねぇよ」
その言葉を聞いた瞬間。
「……なに、それぇ……」
美羽の声は、情けないほど震えていた。
「そんなの……ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんないでしょぉ…」
涙が、ぼろぼろと落ちる。
椿は、美羽の頬に手を伸ばし、
溢れる涙を、指ですくった。
「……ごめん、美羽」
美羽は、鼻をすする。
「……椿くん、何か……思ってること、ないの?」
そう聞くと、椿は一瞬、目を伏せた。
「……情けねぇけど」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「ずっと、美羽に謝りたかった」
顔を上げ、真っ直ぐ見る。
「ちゃんと話すべきだった。ずっと不安にさせて……ごめん」
その真剣さに、美羽の胸がきゅっと鳴る。
「ええ、それだけぇ…?」
「え?他になんかあんのかよ…?」
涙を拭いながら、必死に伝える。
「いや、もういいよ…(なんかすっきりしたし。)」
「私は、何があっても……椿くんが好きだよ」
「美羽…?」
小さく、でもはっきり。
「それだけは、変わらないから」
椿の胸が、苦しくなる。
言葉より先に、身体が動いていた。
美羽の顎にそっと手を添え、唇を重ねる。
一瞬では終わらない、いつもより深いキスだった。
逃げ場のない距離。
美羽の心が、ゆっくり溶けていく。
やがて、唇が離れた。
二人は、屋上の手すりに身体を預けた。
遠くに広がる、街並み。
青い空の下、風が髪を揺らす。
しばらく、言葉はいらなかった。
ただ、隣にいることが、答えだった。
息が切れて、肺が痛くなって、
それでも足を止める理由が見つからなかった。
「……はぁ……っ」
廊下の壁に手をつき、肩で呼吸をする。
胸の奥が、ずっとぎゅうっと締めつけられている。
もうすぐ、屋上だ。
階段を一段一段、ゆっくり上る。
足が重いのは、疲れのせいだけじゃない。
屋上のドアに手をかけ、押し開けた。
――きい、と乾いた音。
目に飛び込んできたのは、
憎たらしいくらいの快晴だった。
青すぎる空。
雲ひとつない、春の光。
「……何してるんだろ、私……」
独り言は、風に溶けて消える。
さっきまで泣いていたはずなのに、
涙は出ない。
ただ、胸が空っぽで、重い。
(……秋人くんと、椿くん……喧嘩してないかな)
そんなことを考えてしまう自分が、嫌だった。
――ガシャン。
突然、屋上のドアが勢いよく開いた。
美羽は、びくりと肩を震わせる。
振り返ると、そこにいたのは——
息を切らした、椿だった。
「……っ椿くん」
胸が、大きく跳ねる。
反射的に、一歩、距離を取ってしまう美羽。
椿は、その距離を一瞬で詰めた。
「美羽」
名前を呼ばれた、その直後。
ぎゅっと、力強く抱き締められる。
「……っ!」
腕の中に閉じ込められて、
逃げ場がない。
椿の胸の鼓動が、直接伝わってくる。
速くて、必死で。
止まっていたはずの涙腺が、また緩む。
「……ごめん」
低く、震えた声。
美羽の肩に、椿の顎が触れる。
「……」
美羽は、ぐっと唇を噛みしめてから、顔を上げた。
「何よ……何の、ごめん、なの?」
目は潤んでいるのに、声は怒っていた。
椿の胸板を、ぽこぽこと叩く。
「もう!!椿くんって、肝心なこといつも教えてくれないじゃないっ!」
ぽこ。
「あぁ」
「秋人くんとのことも、そうだけどさ!!」
ぽこ、ぽこ。
「それは、ごめん」
「私、最近すっごく悩んでたのに!!」
声が、少しずつ震える。
「そもそも、留学って何?」
「それはっ」
椿の服を、ぎゅっと掴む。
「椿くんは、これからもずっと!私と一緒にいるもんだと思ってたのに……!!」
涙が、溢れた。
「留学しちゃったら…私たち、離れ離れになっちゃうかもしれないんだよ?!」
「なんで?!なんでそんな大事な事、もっと早く言ってくれないのよ!バカ!!」
感情のまま、椿の胸を叩く。
椿は、その手を止めなかった。
ただ、抱き締めたまま、静かに言った。
「……美羽、ごめん」
美羽の動きが、止まる。
「秋人のことも……俺のつまらないただの嫉妬だ」
苦笑まじりの声。
「格好悪ぃけどな」
椿は、ゆっくりと続けた。
「留学の話も……ちゃんと伝えるつもりだった。昨日、進路の事で話しになって、親が言い出して来たんだ。」
美羽の肩に、力が入る。
「留学自体は、親が勝手に言ってきただけだ。
まだ、決まったわけじゃねぇよ」
その言葉を聞いた瞬間。
「……なに、それぇ……」
美羽の声は、情けないほど震えていた。
「そんなの……ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんないでしょぉ…」
涙が、ぼろぼろと落ちる。
椿は、美羽の頬に手を伸ばし、
溢れる涙を、指ですくった。
「……ごめん、美羽」
美羽は、鼻をすする。
「……椿くん、何か……思ってること、ないの?」
そう聞くと、椿は一瞬、目を伏せた。
「……情けねぇけど」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「ずっと、美羽に謝りたかった」
顔を上げ、真っ直ぐ見る。
「ちゃんと話すべきだった。ずっと不安にさせて……ごめん」
その真剣さに、美羽の胸がきゅっと鳴る。
「ええ、それだけぇ…?」
「え?他になんかあんのかよ…?」
涙を拭いながら、必死に伝える。
「いや、もういいよ…(なんかすっきりしたし。)」
「私は、何があっても……椿くんが好きだよ」
「美羽…?」
小さく、でもはっきり。
「それだけは、変わらないから」
椿の胸が、苦しくなる。
言葉より先に、身体が動いていた。
美羽の顎にそっと手を添え、唇を重ねる。
一瞬では終わらない、いつもより深いキスだった。
逃げ場のない距離。
美羽の心が、ゆっくり溶けていく。
やがて、唇が離れた。
二人は、屋上の手すりに身体を預けた。
遠くに広がる、街並み。
青い空の下、風が髪を揺らす。
しばらく、言葉はいらなかった。
ただ、隣にいることが、答えだった。



