保健室の扉が、静かに開いた。
廊下に差し込む午後の光が、白い床に細長く伸びている。
その光の中に、二人の姿が現れた。
椿は、立ち尽くしたまま、その光景を見ていた。
保健室から出てきたのは——
美羽と、秋人。
一瞬、呼吸の仕方を忘れる。
「……」
言葉が、出てこない。
美羽も同じだった。
椿の姿を見つけた瞬間、足が止まり、唇がわずかに開く。
「椿くん……」
それだけで、続きが出てこない。
沈黙が、三人の間に落ちる。
重く、張りつめた沈黙。
その空気を、真っ先に切り裂いたのは秋人だった。
秋人は一歩前に出ると、自然な動作で美羽を背中側にかばった。
「ひとまず、美羽ちゃんは行って」
穏やかな声なのに、迷いがない。
「……え、でも……」
戸惑う美羽に、秋人は振り返らずに言う。
「大丈夫。椿と大事な話があるから」
その言葉に、美羽は一瞬だけ迷ったあと——
小さく唇を噛みしめ、椿を見る。
椿は、何も言えない。
美羽は、くるりと背を向けると、そのまま走り出した。
足音が、廊下に軽く響いて、遠ざかっていく。
残されたのは、椿と秋人だけ。
椿は、眉間に深く皺を寄せた。
「は?」
低く、荒い声。
「秋人、美羽と何してた」
鋭い視線が、秋人を射抜く。
秋人は、肩をすくめて笑った。
「何って」
わざとらしく、軽い口調。
「保健室で男女二人きりですることって、ひとつしかないでしょ?」
その瞬間。
「……っ!!」
椿の拳が、秋人の胸ぐらを掴んでいた。
布がきしむ音。
秋人の身体が、壁に軽く押し付けられる。
「……ふざけんな」
怒りを抑えきれない声。
秋人は、そんな椿を見上げて、クスクスと笑った。
「何?冗談だよ。何マジになってんの」
掴まれたままでも、余裕を崩さない。
「そんなわけないでしょ?」
椿の手が、微かに震える。
「……は」
秋人は、ふっと表情を緩めた。
「俺と美羽ちゃんさ、椿の留学の話をさっき聞いちゃったんだよ」
その言葉に、椿の動きが止まる。
「……何?」
「校長と先生がたまたま通りかかって社会科準備室で、偶然ね。」
秋人は、視線を逸らして続けた。
「美羽ちゃんショック受けてさ。泣いてたから」
椿の喉が、かすかに鳴る。
「……だから、慰めてただけだよ」
一瞬、間を置いて。
「でも、あまりにも美羽ちゃん可愛いからさ、
キスしようとしたんだけど」
椿の視線が、鋭くなる。
「秋人っ、お前っ…!!」
「ちゃんと断られたよ」
その一言は、椿の胸を強く打った。
怒りと、驚きと、安堵と——
ぐちゃぐちゃに混ざった感情が、一気に押し寄せる。
「……そうか」
掴んでいた手から、力が抜ける。
秋人は、整えた制服の襟を軽く直してから、椿を見る。
「椿、」
穏やかだけど、真剣な目だった。
「ほら、早く追いかけなよ」
椿は、唇を噛みしめた。
「あぁ……悪ぃな」
短く、ぎこちない謝罪。
秋人は一瞬目を見開き、それから笑った。
「いいよ。珍しいもん見れたし」
そう言って、廊下の先を見る。
「美羽ちゃんはさ、どんなことがあっても…椿が大好きなんだよ」
椿は、答えなかった。
その代わり——
踵を返す。
「……」
走り出す背中。
秋人は、その背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「ちゃんと、捕まえておきなよー」
廊下の窓から、光が流れる。
風が通り抜け、三人の想いを攫っていく。
すれ違いは、終わっていない。
でも——
この一歩は、確かに「選ぶ」ための一歩だった。
廊下に差し込む午後の光が、白い床に細長く伸びている。
その光の中に、二人の姿が現れた。
椿は、立ち尽くしたまま、その光景を見ていた。
保健室から出てきたのは——
美羽と、秋人。
一瞬、呼吸の仕方を忘れる。
「……」
言葉が、出てこない。
美羽も同じだった。
椿の姿を見つけた瞬間、足が止まり、唇がわずかに開く。
「椿くん……」
それだけで、続きが出てこない。
沈黙が、三人の間に落ちる。
重く、張りつめた沈黙。
その空気を、真っ先に切り裂いたのは秋人だった。
秋人は一歩前に出ると、自然な動作で美羽を背中側にかばった。
「ひとまず、美羽ちゃんは行って」
穏やかな声なのに、迷いがない。
「……え、でも……」
戸惑う美羽に、秋人は振り返らずに言う。
「大丈夫。椿と大事な話があるから」
その言葉に、美羽は一瞬だけ迷ったあと——
小さく唇を噛みしめ、椿を見る。
椿は、何も言えない。
美羽は、くるりと背を向けると、そのまま走り出した。
足音が、廊下に軽く響いて、遠ざかっていく。
残されたのは、椿と秋人だけ。
椿は、眉間に深く皺を寄せた。
「は?」
低く、荒い声。
「秋人、美羽と何してた」
鋭い視線が、秋人を射抜く。
秋人は、肩をすくめて笑った。
「何って」
わざとらしく、軽い口調。
「保健室で男女二人きりですることって、ひとつしかないでしょ?」
その瞬間。
「……っ!!」
椿の拳が、秋人の胸ぐらを掴んでいた。
布がきしむ音。
秋人の身体が、壁に軽く押し付けられる。
「……ふざけんな」
怒りを抑えきれない声。
秋人は、そんな椿を見上げて、クスクスと笑った。
「何?冗談だよ。何マジになってんの」
掴まれたままでも、余裕を崩さない。
「そんなわけないでしょ?」
椿の手が、微かに震える。
「……は」
秋人は、ふっと表情を緩めた。
「俺と美羽ちゃんさ、椿の留学の話をさっき聞いちゃったんだよ」
その言葉に、椿の動きが止まる。
「……何?」
「校長と先生がたまたま通りかかって社会科準備室で、偶然ね。」
秋人は、視線を逸らして続けた。
「美羽ちゃんショック受けてさ。泣いてたから」
椿の喉が、かすかに鳴る。
「……だから、慰めてただけだよ」
一瞬、間を置いて。
「でも、あまりにも美羽ちゃん可愛いからさ、
キスしようとしたんだけど」
椿の視線が、鋭くなる。
「秋人っ、お前っ…!!」
「ちゃんと断られたよ」
その一言は、椿の胸を強く打った。
怒りと、驚きと、安堵と——
ぐちゃぐちゃに混ざった感情が、一気に押し寄せる。
「……そうか」
掴んでいた手から、力が抜ける。
秋人は、整えた制服の襟を軽く直してから、椿を見る。
「椿、」
穏やかだけど、真剣な目だった。
「ほら、早く追いかけなよ」
椿は、唇を噛みしめた。
「あぁ……悪ぃな」
短く、ぎこちない謝罪。
秋人は一瞬目を見開き、それから笑った。
「いいよ。珍しいもん見れたし」
そう言って、廊下の先を見る。
「美羽ちゃんはさ、どんなことがあっても…椿が大好きなんだよ」
椿は、答えなかった。
その代わり——
踵を返す。
「……」
走り出す背中。
秋人は、その背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「ちゃんと、捕まえておきなよー」
廊下の窓から、光が流れる。
風が通り抜け、三人の想いを攫っていく。
すれ違いは、終わっていない。
でも——
この一歩は、確かに「選ぶ」ための一歩だった。



