危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3



春の朝の空気は、まだ少しだけ冷たくて、でも確かに新しい季節の匂いがした。


校舎の掲示板に張り出されたクラス表の前は、人だかりでざわめいている。

「……あっ!」

最初に声を上げたのは美羽だった。
人混みの隙間から名前を見つけた瞬間、ぱっと顔が明るくなる。


「やったぁ!椿くん!また莉子と同じクラスだった♪」

その声は春風みたいに軽くて、聞いているだけで周囲の空気まで明るくする。

隣にいた椿は、ほんの一瞬だけ目を細めてから、いつもの低い声で答えた。

「……よかったな。」

たったそれだけ。
それだけなのに。

「……今の見た!?」
「え、ちょっと待って、あの北条くんが微笑んだんだけど!!」
「今年の椿様、表情が柔らかすぎない?」
「黒薔薇の王、春仕様……?」

ざわ、と周囲が一気に色めき立つ。
まるで桜の花びらが一斉に舞ったみたいに、視線と囁きが広がっていく。

美羽はその空気に気づいて、思わず苦笑いした。


(あはは……今年も椿くん、大人気だなぁ)


背が高くて、無駄のない立ち姿。
制服の着こなしひとつとっても、どこか大人びて見える。

それに最近は、前よりもよく笑うようになった気がする――主に、美羽の前で。

けれど、注目されていたのは椿だけじゃなかった。

「雨宮さん、今日も可愛いーな」
「強くて美人とか、設定盛りすぎだろ!」
「黒薔薇の彼女ってだけで伝説なのに、本人も天使ってどういうこと!?」
「近くで拝みたい……」
「おい、近づくなって。見ろよ、北条の目!!」

ひそひそ、ざわざわ。

美羽の耳にも、断片的にそんな声が届く。

「……?」

本人は首をかしげているだけだが、
その横で、椿の視線が静かに鋭くなった。

ちらり、と美羽に向けられる視線を一掃するように、周囲をジロリと睨む。

言葉はない。ただ、それだけで十分だった。

(……今年も油断ならねぇな)

椿は内心で小さく舌打ちする。

美羽は相変わらず無自覚で、無防備で、やたらと人目を引く。

「椿くん?どーしたの?」

不思議そうに覗き込んでくる美羽の顔は、朝の光を受けてやけに眩しい。
椿は一瞬、言葉に詰まり――すぐにそっぽを向いた。

「……なんでもねぇ。」
(いや、鈍すぎだろ……)

内心ため息をつきつつも、
結局その無防備さが可愛いなんて、口が裂けても言えない。

そのときだった。

「美羽ぇ~!おはよ~っ!!」

元気いっぱいの声と一緒に、莉子が駆け寄ってくる。
「椿くんもおはよ!今年もよろしくね!」
「美羽、また同じクラスだよ!もう私達、運命じゃない!?」
「莉子~っ!!」

美羽は嬉しそうに声を上げ、迷いなく莉子に抱きついた。

「嬉しい~!よろしくね!!」
「ちょ、美羽!力強っ!」

笑い声が弾ける。
その様子を、椿は腕を組んで眺めながら、どこか安心したように息を吐いた。
――が。

莉子は急に意味ありげな笑みを浮かべる。

「ね、ね。実はね……ビッグニュースがあるの!!」
「え?なに、なに!?」

美羽はすぐに食いついた。
こういう“内緒話”に弱いのだ。

莉子は少し声を落として、でも楽しそうに言った。

「今日からね、転入生が来るんだよ!!」

「……は?」

反応したのは椿だった。
眉をひそめ、明らかに不機嫌そうな声を出す。

「転入生?聞いてねぇぞ。」

莉子はくすっと笑う。
「そりゃそうだよ~。急だったらしいし?」
「しかも海外帰りだって!」

「海外……?」
美羽はぱちぱちと瞬きをする。

「すごいね!どんな人なんだろ?」

その言葉に、椿の胸の奥が、なぜか小さくざわついた。

理由はわからない。

ただ、春の空気に混じって、何かが動き出す予感だけがした。

遠くで、桜の花びらが一枚、風に乗って舞い落ちる。