危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

教室の窓際。
椿は机に肘をつき、ぼんやりと空を眺めていた。
雲がゆっくりと流れていく。
まるで、決断を先延ばしにする自分自身みたいだ、と椿は思う。
胸の奥に引っかかっているのは、美羽の顔。
朝の、あの表情。

(……言わなきゃいけねぇこと、山ほどあるのに)

そんな重たい空気を、遠慮なく切り裂く声がした。

「ちょっと椿~?なんか今日機嫌悪くない?僕泣くよ?」

悠真が、わざとらしく肩を落としながら近づいてくる。
椿は視線を外したまま、低く答えた。

「悪ぃ。今色々たて込んでんだ。」

小さく、深いため息。
その瞬間を逃さず、今度は別方向から声が飛ぶ。

「はよ~♪何々~なんかあったの?椿くんどーしたのさ?」

遼だった。
楽しげな口調とは裏腹に、その目は妙に鋭い。
椿は眉間に皺を寄せ、観念したように口を開く。

「昨日ちょっと家で色々あったんだよ。親が留学の話を持ち出してきてさ。」

その言葉に、悠真が大きく反応する。

「ええ?!椿、留学しちゃうの?!美羽ちゃんどーすんのさ?!」

教室の数人がちらりとこちらを見る。
椿はすぐに指を立てた。

「おい、声がでけぇよ。」

遼は顎に手を当て、軽く首を傾げる。

「で?椿の親が勝手に留学って言ってるだけでしょ?本当の所どーなの?」

核心を突く問い。
椿はしばらく黙り込み、机の上に置いた指先をなぞった。

「俺は…まだ、色々決めてない。迷ってる。」

その横顔は、珍しく弱さを滲ませていた。

「ふ~ん、そうなんだ。でも、美羽ちゃんまだ知らないんでしょ?早く話した方がいいんじゃない?」

遼の言葉に、悠真が慌てて乗っかる。

「ええ?!椿まだ話してないの?!それはさすがに美羽ちゃん、怒る所じゃないでしょ~!」

椿はこめかみにぴきっと青筋を立てた。

「だからそれを話そうとしたときに…悠真が邪魔したんだろうが…!」

「えええ?!僕のせい?ってかちょっと半分八つ当たりじゃん!いやいや、ごめん椿!冗談だよ?拳おろして!!」

わちゃわちゃする悠真の横から、ぽん、と優しく肩に手が置かれる。

「なるほど!善は急げですね椿くん!美羽さんに会いにいくべきです!」

碧だった。
椿は苦笑いしながら、またため息をつく。

「いや、会いに行くっていってもだなぁ…美羽と喧嘩する羽目になったし…はぁ…」

その様子に、黒薔薇メンバーたちは顔を見合わせる。

「「「これは相当キテるな…」」」

悠真は少しだけ真面目な顔になり、にこりと笑った。

「とりあえず、僕も混ざりたいところだけど…秋人くんとの事もあるし?放課後、話してみたら?」

椿は小さく頷いた。

「あぁ、そうする。悪ぃな。」









その頃。
美羽は廊下を小走りで進みながら、箱を抱えていた。
椿に会いに行く途中、担任の先生に声をかけられ、この始末だ。

「あぁ~もう!なんで、引き受けちゃったんだろう…もう、予鈴鳴っちゃうよ~」

社会科資料室の前で立ち止まった、そのとき。

「やぁ、美羽ちゃん!重いでしょ?手伝おうか。」

振り向くと、秋人が立っていた。

「あ、ありがとう。秋人くん。」

ぎこちない声。
秋人は自然な動作で荷物を受け取り、準備室へ入る。
中は少し散らかっていた。
秋人は黙々と整理しながら、ふっと笑う。

「何?美羽ちゃん、椿と喧嘩でもした?」

「え?!なんで?」

「はは、当たりなんだ?顔に書いてあるよ。」

「もう、秋人くん…なんでわかるの?なんか心臓に悪いよ…」

美羽は資料を棚に戻しながら、視線を逸らす。

「そんなの、見てたらわかるよ。好きな子の事なら尚更ね。」

オッドアイが柔らかく細められる。
胸が、また少しだけ早くなる。

「秋人くん、ほんとそういう所、ずるいよね。」

「まぁずるいというか、素直って言って欲しいんだけどなー。」

秋人は続けて、少し寂しそうに微笑んだ。

「椿もそうだよ。美羽ちゃんしか見てない。」

その言葉に、美羽は動きを止める。

「そう…かな。私、時々椿くんが何考えてるかわからなくなるの…。だから色々聞きたいけど、いつも流れちゃってる気がして…」

「美羽ちゃん?」

「ううん、何でもない。気にしないで?」

顔を上げると、秋人は真剣な目で言った。

「そんな事ないよ。」

「え、」

「あんなにわかりやすい人、椿くらいしかいないよ。」

その言葉は、静かに、美羽の胸に落ちていった。