危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

次の日の朝。

春の空気はやわらかく、校舎へ続く道には淡い光が満ちていた。

椿と美羽は、いつも通り並んで歩いている。

けれど、歩幅も、沈黙も、どこかぎこちない。

昨日までなら、自然に重なっていた会話が、今日は少し遠い。

美羽は、椿の横顔をちらりと盗み見た。

いつもより、少しだけ硬い表情。

(……やっぱり、昨日のこと引きずってるのかなぁ…)

意を決して、声をかける。

「椿くん…あのね!」

椿は、はっとしたように視線を戻す。
だが、どこか上の空だ。

「ん?どうした?」

美羽は一瞬言葉を選び、唇を噛んだ。

「昨日の事で、ちょっと…。」

けれど椿は、あっさりと言った。

「あぁ、気にしなくていい。俺もどうかしてた。」

その言葉に、美羽の胸が小さく跳ねる。

「え…、そうなの?」

(ええ…、私、昨日椿くんの事で色々悩んだのに…なんか軽くない??)

心の中で、もやっとしたものが広がっていく。
椿は椿で、頭の中が別のことでいっぱいだった。

(秋人はこの際どうでもいい。とにかく、美羽に色々と話さねぇと…)

だが、どう切り出すべきか分からない。
言葉が喉の奥で詰まったまま、時間だけが進んでいく。
昇降口が見えてきた頃。
椿は、足を止める。

「美羽」

呼ばれて、美羽は上靴に履き替えながら顔を上げる。

「ん?どうたの、椿くん?」

椿は一瞬、視線を泳がせたあと――。

「帰り、ちょっと話が…」

そこへ。

「美羽ちゃーん!おはよう~♪」

間の悪い、よく通る声。
悠真が、いつもの明るさで駆け寄ってきた。

「おはよう、悠真くん。今日も元気だねぇ~」

美羽は苦笑いする。

「朝から美羽ちゃんの顔見れたら、そりゃ元気でるでしょ~♪ね、椿~?」

椿は、言いかけていた言葉を飲み込み、ため息をついた。

「…あぁ、そうなんじゃねぇの?」

声音が、少し荒い。

「何々~?椿、嫉妬は見苦しいよ?」

悠真はニヤニヤしながら、美羽の肩に手を置いた。
次の瞬間。
バシッ。
椿は、悠真の手を勢いよく払った。

「朝から、うぜぇ」

眉間に皺を寄せた椿に、悠真は固まる。
美羽も目を見開いた。

「ちょっと、椿くん?!そんなに酷い言い方しなくてもいいじゃない。いつもの冗談でしょ?」

椿は、噛みつくように返してしまう。

「なんだよ。お前な、いちいち触らせすぎなんだよ。ちょっとは注意しろ。」

言った瞬間、はっとする。

「あ、悪ぃ…」

だが、その謝罪は届かなかった。
美羽の感情が、堰を切ったように溢れる。

「何それ。そんな言い方ないでしょ?!やっぱり、昨日の事気にしてるんじゃない。私が秋人くんと仲いいからって…、だって友達だよ?!話すのは当たり前じゃない。そんな事でいちいちイライラされてたら、私友達できないよ!」

「え、美羽ちゃん?秋人くんと仲いいの?!僕ショックなんだけど…」

悠真は顔を青くする。

「え?!いや、仲いいというか…いや、ちがうか!それは言葉のあやで…」

慌てて言い直すが、もう遅い。
椿の表情が、すっと冷えた。

「そうかよ。じゃぁ、仲良く友達ごっこでもすりやぁいいだろ。」

そう言い捨てて、椿はその場を離れた。

「はぁ?!何それ?!ちょっと、悠真くんきいてた?ねぇ!あれ…?」

美羽は悠真の袖を掴み、ぐらぐら揺らす。
だが悠真は、真っ青になって固まっている。

「ええ、悠真くん?!ちょっと?!」

静かな廊下に、美羽の声だけが響いた。
椿の背中は、振り返らない。

(……違う)

(こんな言い方したかったわけじゃねぇ)

けれど、立ち止まる勇気も、今はなかった。
春の朝の光は、やさしいはずなのに。
二人の間には、静かに距離が生まれていた。