美羽は、家に帰るなりベッドに伏せた。
制服のまま、枕に顔を埋める。
(……私、何も言えなかった)
天井を見上げると、白い蛍光灯がやけに冷たく感じる。
夕方の帰り道。
椿が問いかけたあの一言が、何度も頭の中で反芻されていた。
"秋人の事…どう思ってる?"
答えなきゃいけなかった。
曖昧にしたまま、流していい質問じゃなかった。
(私、椿くんに何も答えてあげれなかった。何か返さないといけなかったはずなのに…)
胸が、きゅっと締めつけられる。
椿は、あまり自分のことを語らない。
強くて、余裕があって、いつも一歩先を歩いているみたいで。
だから、美羽は勝手に「大丈夫な人」だと思っていた。
「……私、気付けてなかったなぁ……」
小さく呟く。
「私の前ではいつも余裕で、強気な椿くん。だけど…椿くんも不安なのかもしれない。」
そう思った瞬間、胸の奥がじん、と痛んだ。
「私…いつも椿くんに与えてもらってばかりだなぁ…」
枕をぎゅっと掴む。
「っかそんな私って、最低じゃん!…あ~どうしたらいいの?!」
思わず、枕をバタバタと叩く。
「てか!椿くんに話たいこと、あったのに!今日全然喋れなかったじゃん!!」
自分に怒って、情けなくなって、
そのまま天井を見つめるしかなかった。
一方その頃――。
椿は自宅の玄関で靴を脱いだ瞬間、違和感に気づいた。
リビングから、明かりと人の気配がする。
(……?)
珍しい。
この時間に、両親がそろっているなんて。
「おお、椿~!帰ってきたか!」
声をかけてきたのは父親だった。
ダンディな雰囲気を纏ったイケメン、北条グループ病院経営者、椿の父・北条 衛(ホウジョウ マモル)。
「何だよ、急に。母さんも珍しいな。」
椿は視線をずらし、母親を見る。
キッチンに立つのは、父の秘書でもある母・北条 時雨(ホウジョウ シグレ)。
相変わらずの美人で、余裕の笑みを浮かべている。
「ふふ、今日はビーフシチューにしたの!椿、食べるでしょ?」
「まぁ、いいけど。で?本題は?」
椿はリビングのテーブル席に腰を下ろした。
「はは、賢いのは母さん譲りだな。母さんとな、椿のこれからについて考えていたんだがな。椿、お前は将来何になりたいんだ?もう進路ら決めてるのか?」
時雨は鍋をかき混ぜながら、鼻歌を歌っている。
「なんだ、そんな事かよ。言っとくけど、家は継がねぇ。だが、医者は目指すよ。」
頭をかきながら答えた瞬間――。
「ええ!?継いでくれないのぉ?!!ものっそい期待してたのに~頼むよ椿くぅん~!!兄弟で頑張ってよぉ~」
椿の父が、泣いている。
「……」
椿は一歩引いた目で父を見る。
「はっ、あんな腹黒兄貴と一緒にすんな」
「もぅ、あなた~、だから言ったでしょ?椿は継がないわよって~。でもお医者さんになってくれるんなら、安心よねぇ♪」
「わかった!それならそうと善は急げだ。椿、お前が継がないなら、医者を目指すための留学をしろ!継ぐなら留学は無しだ!これでどうだ?」
「は?留学?なんの話だ。」
「だって、北条グループのお医者様よ?留学くらい妥当でしょ?仮手続きならもう済ませておいたわよ?」
「は!?おい、何勝手に話を進めてんだよ。留学なんてしねぇぞ?!」
椿はテーブルに身を乗り出した。
「椿、今時そのへんの医者の変わりなんでどこ行ってもごろごろいるんだ。社会でやっていくにはな、競争社会が付き物なんだぞ。周りなんて所詮、履歴書の紙っぺら1枚しか見ないんだよ。」
「まじで意味わかんねぇ、ふざけんなよ!」
「椿、お父さんの話も一理あるわ。反抗してないで、しっかり考えなさい。」
言葉をぐっと飲み込む椿。
(……おいおい)
椿の脳裏に、美羽の顔が浮かんだ。
(っていうか美羽に何も話してねぇのに……勝手に進めてんじゃねぇよ)
焦りと苛立ちが混じる。
そのとき――。
「まぁ、"可愛い彼女"も一緒に海外に連れていくのは賛成よ?」
時雨が、こっそりと椿の耳に囁いた。
「…っ!!おい、どこでそれを!」
「あら?お兄ちゃんが可愛いって大絶賛してたけど?」
「ちっ、とにかく!勝手に決めんな!」
椿は立ち上がり、リビングのドアをダン、と閉めた。
「え~でも、黒薔薇学校の先生にちらっと言っちゃったんだけどな~」
父の呑気な声が背後で響く。
何も知らないままの美羽。
伝えられていない想い。
夜は、静かに深まっていく。
それぞれの部屋で、
同じ名前を思い浮かべながら――。
美羽と椿のすれ違いは、
ゆっくりと、確実に始まっていくようだった。
制服のまま、枕に顔を埋める。
(……私、何も言えなかった)
天井を見上げると、白い蛍光灯がやけに冷たく感じる。
夕方の帰り道。
椿が問いかけたあの一言が、何度も頭の中で反芻されていた。
"秋人の事…どう思ってる?"
答えなきゃいけなかった。
曖昧にしたまま、流していい質問じゃなかった。
(私、椿くんに何も答えてあげれなかった。何か返さないといけなかったはずなのに…)
胸が、きゅっと締めつけられる。
椿は、あまり自分のことを語らない。
強くて、余裕があって、いつも一歩先を歩いているみたいで。
だから、美羽は勝手に「大丈夫な人」だと思っていた。
「……私、気付けてなかったなぁ……」
小さく呟く。
「私の前ではいつも余裕で、強気な椿くん。だけど…椿くんも不安なのかもしれない。」
そう思った瞬間、胸の奥がじん、と痛んだ。
「私…いつも椿くんに与えてもらってばかりだなぁ…」
枕をぎゅっと掴む。
「っかそんな私って、最低じゃん!…あ~どうしたらいいの?!」
思わず、枕をバタバタと叩く。
「てか!椿くんに話たいこと、あったのに!今日全然喋れなかったじゃん!!」
自分に怒って、情けなくなって、
そのまま天井を見つめるしかなかった。
一方その頃――。
椿は自宅の玄関で靴を脱いだ瞬間、違和感に気づいた。
リビングから、明かりと人の気配がする。
(……?)
珍しい。
この時間に、両親がそろっているなんて。
「おお、椿~!帰ってきたか!」
声をかけてきたのは父親だった。
ダンディな雰囲気を纏ったイケメン、北条グループ病院経営者、椿の父・北条 衛(ホウジョウ マモル)。
「何だよ、急に。母さんも珍しいな。」
椿は視線をずらし、母親を見る。
キッチンに立つのは、父の秘書でもある母・北条 時雨(ホウジョウ シグレ)。
相変わらずの美人で、余裕の笑みを浮かべている。
「ふふ、今日はビーフシチューにしたの!椿、食べるでしょ?」
「まぁ、いいけど。で?本題は?」
椿はリビングのテーブル席に腰を下ろした。
「はは、賢いのは母さん譲りだな。母さんとな、椿のこれからについて考えていたんだがな。椿、お前は将来何になりたいんだ?もう進路ら決めてるのか?」
時雨は鍋をかき混ぜながら、鼻歌を歌っている。
「なんだ、そんな事かよ。言っとくけど、家は継がねぇ。だが、医者は目指すよ。」
頭をかきながら答えた瞬間――。
「ええ!?継いでくれないのぉ?!!ものっそい期待してたのに~頼むよ椿くぅん~!!兄弟で頑張ってよぉ~」
椿の父が、泣いている。
「……」
椿は一歩引いた目で父を見る。
「はっ、あんな腹黒兄貴と一緒にすんな」
「もぅ、あなた~、だから言ったでしょ?椿は継がないわよって~。でもお医者さんになってくれるんなら、安心よねぇ♪」
「わかった!それならそうと善は急げだ。椿、お前が継がないなら、医者を目指すための留学をしろ!継ぐなら留学は無しだ!これでどうだ?」
「は?留学?なんの話だ。」
「だって、北条グループのお医者様よ?留学くらい妥当でしょ?仮手続きならもう済ませておいたわよ?」
「は!?おい、何勝手に話を進めてんだよ。留学なんてしねぇぞ?!」
椿はテーブルに身を乗り出した。
「椿、今時そのへんの医者の変わりなんでどこ行ってもごろごろいるんだ。社会でやっていくにはな、競争社会が付き物なんだぞ。周りなんて所詮、履歴書の紙っぺら1枚しか見ないんだよ。」
「まじで意味わかんねぇ、ふざけんなよ!」
「椿、お父さんの話も一理あるわ。反抗してないで、しっかり考えなさい。」
言葉をぐっと飲み込む椿。
(……おいおい)
椿の脳裏に、美羽の顔が浮かんだ。
(っていうか美羽に何も話してねぇのに……勝手に進めてんじゃねぇよ)
焦りと苛立ちが混じる。
そのとき――。
「まぁ、"可愛い彼女"も一緒に海外に連れていくのは賛成よ?」
時雨が、こっそりと椿の耳に囁いた。
「…っ!!おい、どこでそれを!」
「あら?お兄ちゃんが可愛いって大絶賛してたけど?」
「ちっ、とにかく!勝手に決めんな!」
椿は立ち上がり、リビングのドアをダン、と閉めた。
「え~でも、黒薔薇学校の先生にちらっと言っちゃったんだけどな~」
父の呑気な声が背後で響く。
何も知らないままの美羽。
伝えられていない想い。
夜は、静かに深まっていく。
それぞれの部屋で、
同じ名前を思い浮かべながら――。
美羽と椿のすれ違いは、
ゆっくりと、確実に始まっていくようだった。



