危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

笛の音が、体育館の空気を切り裂いた。

「ピーッ!」

試合開始。
ボールが高く放られ、床に弾む乾いた音が響く。
その瞬間、体育館の温度が一段上がった。

「Aチーム、ボール!」

悠真が軽やかに走り出す。

「椿!パスいくよ~!」
「……あぁ」

椿は短く答え、視線を一瞬だけコートの向こうへ向けた。
――秋人。
余裕のある立ち姿。
まるでこの空間すべてを楽しんでいるかのような、軽い笑み。

(……気に入らねぇ)

歯を食いしばり、椿はボールを受け取った。

「椿くんがボール持ったー!!」

「やばっ、オーラ強すぎ!」

「顔が本気モードなんだけど!!」

黄色い歓声が一斉に弾ける。
椿はドリブルで前に出る。
だが、次の瞬間――

「っと」

軽やかに、秋人が前に立った。
無駄のない動き。
距離感は完璧で、余裕の笑みすら浮かべている。

「そんなに睨まなくてもさ」

秋人は、ボールを見ずに椿を見ていた。

「集中しなよ?椿」

「……うるせぇ」

低く吐き捨てた、その直後。
一歩。
ほんの一歩、秋人が踏み込む。

「なっ――!」

「はい、もらい」

ボールは秋人の手の中へ。

「きゃあああ!!今の見た!?」

「うそ、奪った!?余裕すぎ!!」

「秋人くんかっこよすぎるんだけど!!」

体育館が揺れるほどの悲鳴。
秋人はそのままドリブルで前へ出る。
走りながら、ちらりと椿を振り返る。

「焦ってる?」

その一言が、完全に火をつけた。

「……っ」

椿は無言で追いかける。
足音が床を叩く。
秋人は止まらない。
むしろ――楽しそうだった。
ゴール前。

「いくよ?」

そう言って、秋人はジャンプ。
軽やかに体をひねり、ワンハンドで放つ。
――スパッ。
綺麗な音を立てて、ネットが揺れた。

「きゃああああ!!!」

「なに今の!?映画!?」

「王子様じゃん!!」

Bチームに点が入る。
碧は拍手しながら、

「さすがです!無駄がありませんね!」

「でしょ?」

秋人は笑って、軽く手を振る。
その姿は、あまりにも余裕で、あまりにも“見せつけ”だった。
椿は、拳をぎゅっと握る。

(……ふざけんな)

脳裏に浮かぶのは、美羽の顔。
図書室で、秋人に引き留められていたあの距離。

「……取られるわけねぇだろ」

低く呟き、次のプレイへ。

「悠真!」

「おっけー!」

ボールが回る。
椿は一気にスピードを上げた。

「速っ!」

「椿、顔怖いんだけど!!」

秋人がマークにつく。
二人の距離が、また縮まる。

「さっきより本気じゃん」

秋人は余裕を崩さない。

「……黙れ」

フェイント。
体を入れ替え、ゴールへ一直線。

「いけぇ!!」

――ダンッ。
踏み切り。
両手で叩き込む。
――ゴンッ、スパッ。
決まった。

「きゃあああ!!!」

「椿くんもやばい!!」

「どっちもかっこいいとか何この展開!?」

歓声が、体育館を震わせる。
着地した椿は、息を整えながら秋人を見る。

「……俺は」

低く、はっきりと。

「美羽を譲る気はねぇ」

秋人は一瞬だけ目を見開き――
すぐに、楽しそうに笑った。

「知ってるよ」

肩をすくめる。
そして、ドリブルを続けながら、静かに語る。

「美羽ちゃんはさ、どこまでも純粋で…強くて…逞しいんだよね。だけど本当は、か弱くいたいんだよね。」

その声は、挑発なのに、どこか優しい。

「そんな可愛い子、俺がほっとくと思う?」

「…っ!」

椿は反射的にボールを狙う。

「秋人に、美羽の何がわかんだよ」

視線を逸らしながら吐き捨てる。
額から汗が、ぽたりと落ちた。

「わかるよ」

秋人は、ほんの一瞬だけ寂しそうに笑う。

「俺も、同じだったから」

その言葉に、椿は目を見開く。
次の瞬間。
秋人はくるりと体勢を変え――
遠い位置から、放った。
――スパッ。
リングに吸い込まれるボール。
秋人は振り返り、リストバンドで汗を拭いながら言う。

「美羽ちゃんも言ってくれたんだ。こんな俺を綺麗だって…椿と同じだよ」

微笑みながら、まっすぐに。

「だから、俺も諦めないよ」

椿は、その場に一瞬立ち尽くした。
悔しさが、胸に刺さる。

「……っ」

「も~何やってんだよ!椿!!とられちゃったじゃんん!!」

悠真の叫びが飛ぶ。

「うるせぇ。次は外さねぇ」

イライラを隠さず、椿は言った。
笛の音。
ボールを受け取り、ドリブルしながら椿は言う。

「秋人、俺はお前を否定しねぇ。」

一歩、前へ。

「けど、美羽を好きなのは、誰にも負けねぇ」

――放つ。
遠い位置からのシュート。
――スパッ。
決まった。

「おぉぉ!!」

男子たちの歓声が響く。
二人の視線が、再びぶつかる。
恋と意地と独占欲が、
体育館の中央で火花を散らしている。