美羽と椿が図書室から出ていく、その少し前。
書架の影から、偶然その様子を目撃してしまった人物がいた。
遼だった。
二人の間に流れる、明らかに張り詰めた空気。
椿の低い声、美羽の揺れる表情。
そして、強引に手を引いて去っていく姿。
「……うわー、まじかよ」
思わず、声が漏れた。
「とんでもないことになってんじゃん……?」
いつもは軽口ばかりの遼の顔が、珍しく引きつっている。
(こりゃ、相当こじれるやつだな……)
「面倒なことになったねぇ~」
ぶつぶつと呟きながら、遼はその場を離れ、教室へ戻ることにした。
廊下を進み、階段を上がる。
昼休みの終わりが近づき、校舎には少しずつ人が増えてきていた。
角を曲がろうとした、その瞬間。
「きゃっ!」
小さな悲鳴。
「うわっ――」
遼は反射的に前に手を伸ばした。
次の瞬間、腕の中にすっぽり収まったのは、小柄な女の子だった。
「おっと……大丈夫?」
いつもの癖で、キラキラのスマイルを向ける。
だが、その顔をよく見ると――
「……あれ?」
遼の動きが止まる。
腕の中で、顔を真っ赤にして固まっているのは、莉子だった。
「り、遼くん……?!」
目をぱちぱちさせながら、莉子は慌てて言う。
「あの、ありがとう!!」
「……莉子ちゃん?」
遼は驚きつつも、ゆっくりと腕を緩め、彼女を立たせた。
「いや、俺の方こそごめんね。大丈夫?」
優しい目でそう尋ねると、莉子は小さく頷く。
「うん、大丈夫。私の方こそごめんなさい。」
その声は少し上ずっていて、頬はまだ赤いままだ。
遼はふっと息をつき、軽く笑った。
「そういえば莉子ちゃん、急いでどうしたの?」
莉子は、ぱっと表情を明るくする。
「ちょっと、美羽が遅いから迎えにいこうとおもって!」
ニコニコと笑うその顔に、遼は一瞬、言葉に詰まった。
――さっき見た、図書室の光景が脳裏に浮かぶ。
(あー……)
「……あー、美羽ちゃんなら大丈夫だと思うよ?」
何気ないふりをして、そう言った。
「椿といるみたいだから。」
「え?」
莉子はきょとんと目を丸くする。
「そうなの?なーんだぁ。」
少し肩を落としながら、
「お兄ちゃんと一緒だと思ってたのにな~。」
と、残念そうに呟いた。
「……え?」
遼は思わず聞き返す。
「莉子ちゃんて、秋人くんと美羽ちゃん派なの?」
「え?」
莉子は一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑った。
「そんな事はないけど~」
そして、少しだけ声を潜めて。
「でも、ちょっと面白いなぁって♪」
えへっと、可愛く舌を出す。
(あー……この子、確信犯だな)
遼は口角を上げ、少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
そして、一歩近づく。
「へぇ……」
莉子の耳元に顔を寄せ、低い声で囁く。
「へぇ。莉子ちゃんて、ちょっと意地悪なんだね。」
「……っ!」
莉子の肩がびくっと跳ねる。
「でもだめだよ。」
さらに距離を詰めて、続ける。
「俺は椿を応援したいから。」
一拍、間を置いて。
「邪魔するなら……」
声が、さらに低くなる。
「俺、莉子ちゃんに意地悪しちゃうかも。」
「ひゃっ……!」
莉子は思わず声を上げ、両手で耳を塞いだ。
顔は真っ赤で、目にはうっすら涙が浮かんでいる。
(遼くんん?!!な、なにこの破壊力……!)
遼はそんな反応が面白くて、くすっと笑った。
「じゃーね。」
軽く手を振り、そのまま歩き去っていく。
残された莉子は、しばらくその場から動けなかった。
胸がどきどきして、顔の熱がまったく引かない。
「……どうしよう、私……」
小さく呟く。
「遼くんの事、本気になっちゃうかも……」
一拍置いて、さらに。
「てか……意地悪されたいかも!?」
自分でも何を言っているのかわからなくなり、莉子は両手で顔を覆った。
春の廊下には、
誰にも気づかれないまま、
新しい恋の予感が、そっと芽吹いていた。
書架の影から、偶然その様子を目撃してしまった人物がいた。
遼だった。
二人の間に流れる、明らかに張り詰めた空気。
椿の低い声、美羽の揺れる表情。
そして、強引に手を引いて去っていく姿。
「……うわー、まじかよ」
思わず、声が漏れた。
「とんでもないことになってんじゃん……?」
いつもは軽口ばかりの遼の顔が、珍しく引きつっている。
(こりゃ、相当こじれるやつだな……)
「面倒なことになったねぇ~」
ぶつぶつと呟きながら、遼はその場を離れ、教室へ戻ることにした。
廊下を進み、階段を上がる。
昼休みの終わりが近づき、校舎には少しずつ人が増えてきていた。
角を曲がろうとした、その瞬間。
「きゃっ!」
小さな悲鳴。
「うわっ――」
遼は反射的に前に手を伸ばした。
次の瞬間、腕の中にすっぽり収まったのは、小柄な女の子だった。
「おっと……大丈夫?」
いつもの癖で、キラキラのスマイルを向ける。
だが、その顔をよく見ると――
「……あれ?」
遼の動きが止まる。
腕の中で、顔を真っ赤にして固まっているのは、莉子だった。
「り、遼くん……?!」
目をぱちぱちさせながら、莉子は慌てて言う。
「あの、ありがとう!!」
「……莉子ちゃん?」
遼は驚きつつも、ゆっくりと腕を緩め、彼女を立たせた。
「いや、俺の方こそごめんね。大丈夫?」
優しい目でそう尋ねると、莉子は小さく頷く。
「うん、大丈夫。私の方こそごめんなさい。」
その声は少し上ずっていて、頬はまだ赤いままだ。
遼はふっと息をつき、軽く笑った。
「そういえば莉子ちゃん、急いでどうしたの?」
莉子は、ぱっと表情を明るくする。
「ちょっと、美羽が遅いから迎えにいこうとおもって!」
ニコニコと笑うその顔に、遼は一瞬、言葉に詰まった。
――さっき見た、図書室の光景が脳裏に浮かぶ。
(あー……)
「……あー、美羽ちゃんなら大丈夫だと思うよ?」
何気ないふりをして、そう言った。
「椿といるみたいだから。」
「え?」
莉子はきょとんと目を丸くする。
「そうなの?なーんだぁ。」
少し肩を落としながら、
「お兄ちゃんと一緒だと思ってたのにな~。」
と、残念そうに呟いた。
「……え?」
遼は思わず聞き返す。
「莉子ちゃんて、秋人くんと美羽ちゃん派なの?」
「え?」
莉子は一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑った。
「そんな事はないけど~」
そして、少しだけ声を潜めて。
「でも、ちょっと面白いなぁって♪」
えへっと、可愛く舌を出す。
(あー……この子、確信犯だな)
遼は口角を上げ、少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
そして、一歩近づく。
「へぇ……」
莉子の耳元に顔を寄せ、低い声で囁く。
「へぇ。莉子ちゃんて、ちょっと意地悪なんだね。」
「……っ!」
莉子の肩がびくっと跳ねる。
「でもだめだよ。」
さらに距離を詰めて、続ける。
「俺は椿を応援したいから。」
一拍、間を置いて。
「邪魔するなら……」
声が、さらに低くなる。
「俺、莉子ちゃんに意地悪しちゃうかも。」
「ひゃっ……!」
莉子は思わず声を上げ、両手で耳を塞いだ。
顔は真っ赤で、目にはうっすら涙が浮かんでいる。
(遼くんん?!!な、なにこの破壊力……!)
遼はそんな反応が面白くて、くすっと笑った。
「じゃーね。」
軽く手を振り、そのまま歩き去っていく。
残された莉子は、しばらくその場から動けなかった。
胸がどきどきして、顔の熱がまったく引かない。
「……どうしよう、私……」
小さく呟く。
「遼くんの事、本気になっちゃうかも……」
一拍置いて、さらに。
「てか……意地悪されたいかも!?」
自分でも何を言っているのかわからなくなり、莉子は両手で顔を覆った。
春の廊下には、
誰にも気づかれないまま、
新しい恋の予感が、そっと芽吹いていた。



