クリスマスイブの港町の漁師組合について

 奇跡というのは、いつだって100%丸搾りで、誰にとっても喜ばしいわけではないと思う。たとえば草野球の試合で誰かが逆転サヨナラホームランを打って勝利したとする。負けたほうにとっては、勝てた試合を落とすわけだから、草野球とはいえ多少の悲しみはあると思う。
 宇宙人が攻撃してきたのをスーパーマンが華麗に盾で跳ね返して、宇宙人に強烈なKickをくらわせた場合。これは宇宙人はスーパーマンのKickによる猛烈な痛みが加えられるわけであって、その猛烈な痛みと悔しさとを胸うちや足先きに同居させるわけだ。
 ある漁協(ぎょきょう)で起きた奇跡も同じように、その物事を「すばらしい」「喜ばしい」ととらえる人と、「悔しい」「悲しい」ととらえる人といた。浩介(こうすけ)はその中間という珍しい立ち位置だった。
 というのも浩介が漁協の奇跡を知ったのは、友人の冴木が話を持ちかけてきたからだった。春の同窓会の割り勘のときに、千円札を一万円札のように見せて自分だけ数千円も支払わなかったことを、冴木は脅しの要素につかった。聞かなかったら、それを同級生に言いふらすぞ、と。

「グループライン、消されたくないなあ……」浩介はぼんやりとそう思った。「うん。話を聞くことにしよう」

 その瞬間、冴木のねちねちとした態度はすっかりとどこかに消えてしまって、快晴の空のような屈託のない笑みを見せた。
 グループラインが消えることを、浩介がそれほどいやがっているわけではない。冴木は、浩介のそんなぼんやりとした心理を手玉に取るのが、そういう意味では得意だったのかもしれない。

 冴木は港食堂を切り盛りしている。漁協直営となったわけだから、安心度も高く、それなりのお給料ももらっている。浩介は、チョットウラヤマシイなと思った。

 それというのは事件だったが、クリスマスの夜に起きた。恋人たちが港町から眺めているのは灯台の光。あれをイルミネーションの代わりにしようという魂胆だった。

 夜の砂浜は、色々と騒がしくて、港食堂はあまり混雑していなかった。いつもなら閉店間際に来るはずの客まで、今日はビーチで焼酎でもちびちびと舐めているのかやって来なかった。

 今日も、ひっそりと閉店かな――佐伯がそう思ったときだった。


「あのう。店、まだやってますか?」古い洋館でドアがきしむようなかん高い声がして、少女が現れた。