雪生さんはスタスタと迷いなく歩く。
そんな彼女の格好はごくシンプル。
黒のパンツにスニーカー。紺のショートコートの背中には白いリュック。
涼しげな彼女の雰囲気によく似合ってる。
その手に握ってるのは、可憐な容姿とは真逆の、血のこびりついた鉄パイプだが。
「………雪生さん、つかぬことをうかがいますが」
「うん、何?」
「その鉄パイプはどこで拾ったんすか?」
雪生さんは、切れ長の目を瞬かせた。
「秋庭君、私に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。私の敬語はクセのようなものですから」
「そう?じゃあゴメン、タメ語で話すね」
「はい。で、この鉄パイプですが……今、第二校舎が改修中ですよね。そこの資材置場で拾ってきました」
「第二校舎かぁ……」
「どうかしましたか?」
雪生さんは、小首を傾げて鉄パイプをブンと一振りした。いえ、どうもしません。
「鉄パイプって武器としては使いやすそうだけど、第二校舎は遠いなーって思ってさ」
「そうですね……そこまで取りに行くより、近場で探した方がよいと思います。でも、先に食料や物資を確保しませんか」
「食料……」
「はい。この状況から脱出するのに、何日かかるか分かりませんから」
「そ、そっか。そうだよね……」
「この先に売店があるので、ひとまずそこへ」
そういえば、この校舎一階に小さな売店があった。
食料確保ってことは、店のものを無断で持ち出すことになんのかな……
気が引けるが、この緊急事態に四の五の言ってはいられない。
そこでふと疑問が湧いた。
「……ゾンビ発生の原因って何なんだろうね」
尋ねると、雪生さんは俺をちらっと見た。
「今日の未明……市内の疫学研究所からあるウイルスが漏れて、感染が広がったそうです。ゾンビ化の原因はそのウイルスだと言われています。
ニュースでは、出動した機動隊も壊滅したと。ですが、ゾンビ以外にも……」
なにか言いかけた雪生さんが、ピタッと足を止めた。
「…………話は後で」
彼女の視線の先に、看板があった。
目的の売店だ。
辺りはシンと静まり返っている。
ゾンビの気配はない。
それでも一応、周囲を警戒しながら、俺たちは静かに売店に近づいてゆく。
売店の前の廊下には、血が線を描くように続いていた。
壁には、べったりと赤い手の跡。
店員か、逃げ遅れた誰かのものだろう。
お化け屋敷かよ……もうやだ……
それらをなるべく見ないようにして、俺は雪生さんの後ろから、おそるおそる店を覗きこんだ。
店内は──幸い無人だった。
「………大丈夫みたいだね」
「はい」
雪生さんが安堵したようにそっと息を吐く。
俺たちは、店の中へ足を踏み入れた。
第三校舎は規模が小さいこともあって、この売店はあまり知られてない。
そのせいか商品が荒らされた形跡はなかった。
レジ付近に、大量の血痕がありはしたが。
「雪生さん、俺のリュックは結構ものが入るんだ。持っていきたいものはどんどん入れて構わねえから」
「助かります……私のは、あまり入らないので」
「俺、力だけはあるから重いもんは持つよ」
俺は自他共に認めるヘタレだが、体格には恵まれている。
バスケを続けていたおかげで、体力にも自信がある。
荷物運びくらいやらないと、花田から助けてくれた雪生さんに面目が立たないよな。
リュックを下ろし、履き古したスニーカーからバスケットシューズに履き替える。
こっちの方が分厚くて、比較的新しい。
多少ゾンビに齧られても耐えられそうだ。
Tシャツとジャージは着替えの予備。
教科書は諦めて、置いていくことにした。
代わりにカップ麺や菓子、ペットボトルの水を詰め込む。
さらに、ガムテープやライター等、サバイバルに必要そうなものも入れた。
服のポケットには、飴やプロテインバーなど、軽くて小さめの食料を詰めて数を稼ぐ。
雪生さんも食料やカッター等を自分のリュックに入るだけ詰めていく。
「お」
俺は店の奥で、消火器を発見した。
これは使えそうだ。
噴射して隙を作るも良し。振り回しても良し。
ガタイのいい自分なら、多少重くても持ち運びには問題なさそうだ。
「当面の武器はこれにしようかな」
「秋庭君にはよさそうですね」
消火器を持ち上げてみせると、雪生さんは小さく頷いた。
──食料と必要な物を確保して、俺たちは立ち上がった。
「これからどうする?」
「とりあえず、屋上に行きませんか」
「そこで救助を待つとか?」
「それでもいいんですが……」
雪生さんが何か言いかけた所で、「グィィオオォ」と女学生らしきゾンビが店内に侵入してきた。
空気が一瞬で凍りつく。
その直後──雪生さんが動いた。
そいつの腕をかいくぐって背後に立ち、鉄パイプを鋭く一閃させる。
ボグッと鈍い音がして、ゾンビが崩れ落ちた。
さらに頭部を追撃。
床に血が広がり、錆びた鉄のような嫌な匂いが鼻を刺す。
ゾンビは何回か痙攣し……やがて完全に動かなくなった。
軽く息を整えながら、ゾンビの様子をじっと見ていた雪生さんは、「……あまり慣れたくはないですね、こういうの」と呟く。
そして、腰を抜かして動けない俺を振り返った。
「………屋上に行こうって話でしたっけ」
──強い。強すぎる。
精神力をはじめ、あらゆるスペックが彼女は俺より上だ。
もう、屋上に行く理由は聞かなくてもいいや。
下手に考えた自分の策を実行するより、彼女に任せた方が、何倍も良い結果になるだろう。
「うん、行こっか。屋上に」
俺は一も二もなく承諾し、飼い主に忠実な大型犬のように、彼女に大人しくついていった。
……そうして俺は、自分の中のかすかな声に蓋をした。
お前はそれでいいのか──守られてばかりで、何もかも他人任せで、という声に。
