ふわりと揺れた白い髪が、月光を弾いて一瞬輝く。
それは、夜の水中で身を翻す魚のようだった。
子どもの頃見た、その銀の鱗によく似ている、と思った。
一気に服の上を燃え広がる炎と共に、少年は窓の向こうに消えた。
「……このバカッ、何やってんだよ!!」
俺は必死で窓に駆け寄って、手を伸ばす。
炎に包まれた少年が落ちていく。それがやけにゆっくりと、スローで見えた。
俺の手は──届かない。
「ナイン……!!」
空を掴んだ俺と、ナインの目が合う。
少年は微かに笑っていた。
《適合者》になって何が一番辛かったかといえば、きっとこの瞬間だった。夜目が効くようになった俺は、ナインのその顔をはっきり捉えていた。
絶望と、解放。それが入り交じった、悲しげな笑みを。
そのまま、ドサッと音がして──
燃え盛る炎と一緒に、少年はまるで壊れた人形のように動かなくなった。
地面に横たわる、"アルファ"……いや、テンのすぐそばで。
俺はひどく混乱していた。
荒れ狂う感情を抑えるために、胸のあたりの服をぎゅっと握り、窓に片手をかけたまま、ずるずると床に蹲る。
「……っ」
涙で視界が滲む。
様々な感情が押し寄せる。今はもう何も考えたくなかった。
だが俺は、暫くしてゆっくりと立ち上がった。
まだ、自分にはすべきことがあった。
────階下に降り、ナインの死を確認した後、俺は悄然とした足取りで、雪生さんと夏川先輩の待つ一軒家に戻った。
途中、行き交うゾンビは俺に目もくれなかった。
だがもう、そんなことはどうでもよかった。
カラリと引戸を開け、家に上がる。
二人はまだ眠っていた。これから彼らを起こして、ナインを失ったことを伝えなければならない。
何から話そうか……それを考えるとひどく気が重い。
「雪生さん、夏川先輩、起きてください」
肩を揺すると、二人ともすぐに目を覚ました。
「…………ん、秋庭?」
「……私、いつの間に眠ってたんですか……ナイン君は……?」
「雪生さん、先輩……俺、間違ったことをしたのかも……俺は……っ」
「どうした、秋庭」
「何があったんですか……?」
涙があふれて止まらない。
慟哭する俺に、二人が戸惑いながら声をかけてくる。
どうにか感情を落ち着かせて、今夜の出来事をすべて話し終えた頃には、かなりの時間が経っていた。
◇◇◇
どうすればよかったのか。何が正解だったのか。
いくら考えてもわからない。
だが、今すべきことは、市外に脱出し、ナインの血を政府機関に届け、ワクチン生成に協力することだ。
その後でいくらでも考えればいい、と雪生さんや夏川先輩にそう説得された。
確かに二人に言うとおりである。
この地獄みたいな状況を終わらせるのが先だ。
それから朝を待って、三人で市外へ脱出した。
その頃には、俺も多少は冷静になっていた。
《適合者》の能力を使えば、市外脱出は簡単に叶った。
最初、大学出るのもあんなに苦労したのにな……
邪魔なゾンビや障害物をポイポイ排除しながら隣町に向かう。
その途中。
俺たちは自衛隊の部隊に遭遇し、保護されて、すべての事情を話した。
シリンダーの残り一本に入ってたナインの血を彼らに渡し、俺はワクチン生成に協力することになった。
研究所に連れていかれた後のことは、正直思い出したくもない。
貴重なモルモットとして、何かと実験台をやらされそうになったもんな。
ナインがもし生きてたら、きっと同じ目に合わされてたはずだ。いや、もっとひどかったかもしれない。
疫学研究所にいた頃の状態に逆戻りするくらいなら、何がなんでも拒否ってなるよな、そりゃ。
俺の場合は、本当にラッキーだった。
友人たちが助けてくれたからだ。
夏川先輩や雪生さんがメディアに色々暴露してくれなかったら、そのまま俺は飼い殺しになってただろう。
ゾンビウイルスを作ろうとした連中は、救いようがないほどイカれてる。
二度と関わりたくねえ。
まあ、紆余曲折はあったが、どうにかウイルスのワクチンが完成し────パンデミックはとりあえず終息に向かった。
暫くすると、《適合者》用の特殊ワクチンもできて、俺は元通り普通の人間に戻れた。
ただ、その副作用は死ぬかと思うくらい辛かったが。
──そして、パンデミックから三ヶ月が経過した。
