青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法

 ぽつり、ぽつりとナインは語りだす。
 自分と、兄弟たちの過去を。


 ◇◇◇


 ────あの子……テンはね、すごくやさしい子だったんだよ。
 もう、だれもしんじてくれないだろうね。
 でも、ほんとなんだ。

 ……さっきもいったけど、ぼくたち兄弟には、トクベツな力があった。心でつながることができたんだ。

 兄弟たちのかなしみも、いたみも、キオクも。
 ぜんぶ、ぼくの中にのこってるの。

 どうして、それができたかって?
 さあ、なんでだろうね。ワン(最初の姉)は、ツー(二番目の兄)が生まれたときから、できたみたいだけど。

 ぼくたちは、そうして、なんとか生きてくことができたんだ。
 心をとおして、ないしょのはなしをしたり。
 つらいときは、はげましあって。

 ……このことをだれかにいうのは、はじめてだよ。
 研究所の人たちにバレたら、ぜったいヒドいことされるでしょ。だからヒミツにしてた。

 でも……九番目のぼくは、だいじな、だいじな妹ににくまれてしまった。

 妹──テンはある日、ウイルスをいれられて、"アルファ"になった。
 "アルファ"になったテンは、だんだんコトバもつうじなくなった。どんどんおかしくなってったよ

 ぼくの《抗体》をつかったジッケンは、なによりも、あの子をくるしめた。
 アルファにとっては毒なのにね。
 あの人たちは、《抗体》をつかって、"アルファ"のことをしらべたり、コントロールしようとしたんだ。

 そのせいで妹は、ぼくと研究所をうらんだの。
 ……みんなコロしたい、とねがうくらいに。

 テンからつたわってくるのは、いたみやくるしみ、にくしみだけになっちゃった。

 テンは心をたべられたんだ。
 にくしみがつよくなりすぎて、心までカイブツになったんだね。

 八番目までの兄弟は、もういない。
 ぜんいん、ジッケンでしんじゃった。

 《抗体》をもってるぼくは、すこしだけマシなあつかいだった。
 でも、《抗体》なんかないほうがよかったっておもう。

 だってね、それでたった一人の妹にさえ、きらわれてしまったんだよ。

 もう、ぼくにはなんにもない。
 からっぽだ。
 きこえるのは、ぼくをコロしたいとねがう、テンの声だけ。


 いまはもう、たすけて、とだれかにねがうこともあきらめちゃった。
 神さまなんて、いない。
 こんなセカイ、こわしてしまえ。

 ……そう、おもったの。


 ◇◇◇


 「──ぼくは、研究所の人たちをねむらせたあと、かわれてたゾンビをあばれさせて、おそわせたんだ。……やってみたら、むねがすっとしたよ。なんではやく、こうしなかったんだろうって」

 「……それなら……お前がこのパンデミックの元凶……原因だったってわけか……?」

 絞り出すような声で問いかけた俺に、ナインは皮肉げに口角を上げた。

 「研究所をでたら、よのなかが、ウイルスでぐちゃぐちゃになってた。うれしかったよ。のぞんだとおりに、なってたから。
 ……でも、警察のおじさんや、おにいさんたちがやさしくしてくれて、よくわからなくなっちゃって……」
 「………」
 「ぜんぶ、めちゃくちゃにしたかったんだ。それなのに……どうして、むねが、いたいのかな……」

 ナインの黒い瞳から、ぽとり、と涙が落ちた。
 それを皮切りに、幾筋もの透明な雫が、はたはたと零れ落ちる。

 「ナイン、聞いてくれ。俺はお前のことを嫌ってない。軽蔑もしてない」

 俺は必死にナインを説得した。
 今言ったのも嘘じゃない。
 俺がウイルスに感染した時、ナインは俺を助けようとしてくれた。それがこの子の本質なら、おそろしく過酷な状況がこいつを狂わせたんだろう。
 ナインだけの責任じゃない。

 それに、パンデミックを終わらせることができるのも……こいつだけなのだ。

 「夏川先輩や雪生さんだって、お前の話を聞いたら分かってくれると思う。お前のやったことは許されないかもしれないが……パンデミックから人を救えるのもお前だけなんだ」
 「…………」
 「一緒に行こう。約束したろ」

 手をさしのべたが、少年は力なく首を振った。

 「ごめんね、おにいさん……でも、ぼくは、」

 ナインの口元がわななく。黒い瞳からあふれた涙がポタポタと床に落ちた。

 「…………ぼくは、だれにも、ゆるされなくたっていいんだ。心のどっかで、ただしいことをしたって、おもってるんだもん。
 もし時間がまきもどっても、おんなじことをして、ああ、やってよかったっておもうんだ。それが、ぼくなんだよ。バケモノでしょ、そんなの」

 ナインは涙に濡れた目で、真っ直ぐ俺を見た。

 「のこりのぼくの血。それと、おにいさんの血をつかえば、ワクチンはつくれる」

 ナインが右手で、カチッとライターの火をつけた。

 「ぼくは、いなくてもいい」

 小さな炎が、教室に漂う闇を僅かに払う。
 少年はその炎を自分の服に近づけた。

 袖を捲った大きめのジャケットが、ボッと勢いよく燃え上がっていく。
 止める暇はなかった。服を濡らしてた液体はガソリンだったのだと、今さら気づいても遅かった。

 「やめろ!!!」

 全てを諦めたように、黒い目が閉じられる。

 「さよなら、おにいさん」

 開け放たれた窓から、ナインは後ろ向きに身を投げた。