"アルファ"との死闘を辛うじて制した俺は、ナインが待ってる教室へと向かった。
ヨレヨレの爺さんみたいな足どりで、何とか三階まで上がる。痛覚がないおかげで、痛みはそんなにない。
でも、体にうまく力が入んないんだよな……
ようやく教室に辿り着き、バリケードをずらして足を踏み入れると────ガソリンの匂いが鼻についた。
……渡しておいたのを、ナインがうっかり溢してしまったんだろうか。
「……ナイン?」
窓から射す、半月のあえかな光。
薄暗さに目を凝らす。
開け放たれた窓を背に、少年がこっちを向いて立ってるのが見えた。
違和感を覚えて、俺は眉を寄せた。少年の服はぐっしょりと濡れて、ポタポタと雫が落ちている。
視線が交差して、白い髪の少年はかすかな笑みを浮かべた。
それが、あまりにも悲しげで……気軽に話しかけようとしてたのに何も言えず、俺はただ、立ち尽くしていた。
「……ありがとう、おにいさん」
無言になった俺に、ナインは感謝を口にした。
「テンの……"アルファ"のくるしみが、やっとおわったんだね……」
「…………ああ」
「……ずっときこえてたの。ぼくをにくむ、あの子の声が。でも、もう……きこえなくなった」
何の話だ……?
眉をひそめた俺に、少年は幼い声で「ねえ、すこし、はなしをしてもいいかな」と言う。
「……ぼくら兄弟のこととか、なぜ、このパンデミックがおこったのか。おにいさんは、しりたくない?」
「…………いきなり重そうな話ぶっこんできたな。俺なんかが聞いていーんかよ……」
「もちろん。というか、きいてほしいんだ。おにいさんに」
少年は食えない顔でニッコリ笑った。
笑顔がなんか怖い。
本能が「聞かない方がいいんじゃないか」と警告を鳴らしてるんだが。どうすりゃいいんだ。
俺みたいな一般人が、気軽に聞いていい話ではなさそうだよな。
かといって、今さら嫌とか言える雰囲気ではない。
仕方ない……と腹を括った俺に、ナインは訥々と語り始めた。
「…………そうだなぁ、まず、ぼくたちのヒミツをはなそっか。ぼくら──"番号を付与された子供"は、心でつながることができたんだ。心をとおして、みんなのキオクや、カンジョウがつたわってくるの」
……真っ先に浮かんだ感想は、んなバカなことあんのか、だった。荒唐無稽な話だ、と。
その一方で。
冷静な己の脳裏には、ナインの特殊能力の数々がよぎってもいた。
こいつは元より超常の力を持っている。
俺は、それを何度も目の当たりにしてきた。
ゾンビを操ったり、人を眠らせることが出来るなら、「心でつながる」能力があっても不思議ではない。
「ぼく、二十六年分の兄弟のキオクがあるんだよ……っていったら、しんじる?」
「……そりゃ信じるのは難しいけど、お前が作り話する理由もないよな」
素直に思ったままを答えると、ナインは目を伏せ、近くにあった机をそっと撫でた。
「……ぼくのすぐ上の兄、エイトは、すごく学校にいきたがってた。エイトとちょくせつ、はなしたことはないけど、心でつながったてたから、よくしってる……ここにつれてきてあげたかったなぁ」
「…………」
「ぼくらはそうやって、心をとおしてはげましあってた。それが、ぼくらのすべてだった」
ナインは小さくため息をつく。そして、苦しげな表情を浮かべた。
「なのに、テンは……バケモノになった"アルファ"は、ぼくの《抗体》をつかった実験でくるしんで、ぼくをうらむようになったんだ。
ほかの兄弟は、もういない。みんな、しんだ。ぼくは、さいごにのこった妹の、自分をにくむ声だけを、ずっときいてた」
それが本当なら、想像を絶する孤独と苦しみに違いなかった。
俺が絶句していると、少年はふと目を伏せた。
「────だから、ぼくは、テンをくるわせた研究所を……ぼくらをみすてたセカイを、こわしてやりたいっておもったの」
「…………それって」
「この、パンデミックをはじめたのは、ぼくなんだ」
ナインは静かに言った。
まるで、罪人が罪を告白するかのように。
ヨレヨレの爺さんみたいな足どりで、何とか三階まで上がる。痛覚がないおかげで、痛みはそんなにない。
でも、体にうまく力が入んないんだよな……
ようやく教室に辿り着き、バリケードをずらして足を踏み入れると────ガソリンの匂いが鼻についた。
……渡しておいたのを、ナインがうっかり溢してしまったんだろうか。
「……ナイン?」
窓から射す、半月のあえかな光。
薄暗さに目を凝らす。
開け放たれた窓を背に、少年がこっちを向いて立ってるのが見えた。
違和感を覚えて、俺は眉を寄せた。少年の服はぐっしょりと濡れて、ポタポタと雫が落ちている。
視線が交差して、白い髪の少年はかすかな笑みを浮かべた。
それが、あまりにも悲しげで……気軽に話しかけようとしてたのに何も言えず、俺はただ、立ち尽くしていた。
「……ありがとう、おにいさん」
無言になった俺に、ナインは感謝を口にした。
「テンの……"アルファ"のくるしみが、やっとおわったんだね……」
「…………ああ」
「……ずっときこえてたの。ぼくをにくむ、あの子の声が。でも、もう……きこえなくなった」
何の話だ……?
眉をひそめた俺に、少年は幼い声で「ねえ、すこし、はなしをしてもいいかな」と言う。
「……ぼくら兄弟のこととか、なぜ、このパンデミックがおこったのか。おにいさんは、しりたくない?」
「…………いきなり重そうな話ぶっこんできたな。俺なんかが聞いていーんかよ……」
「もちろん。というか、きいてほしいんだ。おにいさんに」
少年は食えない顔でニッコリ笑った。
笑顔がなんか怖い。
本能が「聞かない方がいいんじゃないか」と警告を鳴らしてるんだが。どうすりゃいいんだ。
俺みたいな一般人が、気軽に聞いていい話ではなさそうだよな。
かといって、今さら嫌とか言える雰囲気ではない。
仕方ない……と腹を括った俺に、ナインは訥々と語り始めた。
「…………そうだなぁ、まず、ぼくたちのヒミツをはなそっか。ぼくら──"番号を付与された子供"は、心でつながることができたんだ。心をとおして、みんなのキオクや、カンジョウがつたわってくるの」
……真っ先に浮かんだ感想は、んなバカなことあんのか、だった。荒唐無稽な話だ、と。
その一方で。
冷静な己の脳裏には、ナインの特殊能力の数々がよぎってもいた。
こいつは元より超常の力を持っている。
俺は、それを何度も目の当たりにしてきた。
ゾンビを操ったり、人を眠らせることが出来るなら、「心でつながる」能力があっても不思議ではない。
「ぼく、二十六年分の兄弟のキオクがあるんだよ……っていったら、しんじる?」
「……そりゃ信じるのは難しいけど、お前が作り話する理由もないよな」
素直に思ったままを答えると、ナインは目を伏せ、近くにあった机をそっと撫でた。
「……ぼくのすぐ上の兄、エイトは、すごく学校にいきたがってた。エイトとちょくせつ、はなしたことはないけど、心でつながったてたから、よくしってる……ここにつれてきてあげたかったなぁ」
「…………」
「ぼくらはそうやって、心をとおしてはげましあってた。それが、ぼくらのすべてだった」
ナインは小さくため息をつく。そして、苦しげな表情を浮かべた。
「なのに、テンは……バケモノになった"アルファ"は、ぼくの《抗体》をつかった実験でくるしんで、ぼくをうらむようになったんだ。
ほかの兄弟は、もういない。みんな、しんだ。ぼくは、さいごにのこった妹の、自分をにくむ声だけを、ずっときいてた」
それが本当なら、想像を絶する孤独と苦しみに違いなかった。
俺が絶句していると、少年はふと目を伏せた。
「────だから、ぼくは、テンをくるわせた研究所を……ぼくらをみすてたセカイを、こわしてやりたいっておもったの」
「…………それって」
「この、パンデミックをはじめたのは、ぼくなんだ」
ナインは静かに言った。
まるで、罪人が罪を告白するかのように。
